久光製薬が3900億円MBOで非上場化へ、その狙いと背景

by nicoxz

はじめに

貼り薬「サロンパス」で知られる久光製薬が、MBO(マネジメント・バイアウト)による株式非公開化を発表しました。創業家出身の中冨一栄社長の資産管理会社がTOB(株式公開買い付け)を実施し、買い付け総額は約3900億円に上ります。

この動きは2024年に約7100億円で非上場化した大正製薬ホールディングスに続くもので、日本の製薬業界における大型MBOの流れを象徴しています。なぜ久光製薬は上場を維持せず、非公開化の道を選んだのでしょうか。

本記事では、久光製薬のMBOの詳細と背景、製薬業界全体のトレンド、そして今後の展望について解説します。

久光製薬MBOの詳細

TOBの概要

久光製薬は2026年1月6日、MBOによる株式非公開化を正式に発表しました。具体的な条件は以下の通りです。

  • TOB価格: 1株6082円
  • TOB期間: 2026年1月7日~2月19日
  • 買付総額: 約3900億円(一部報道では4500億円規模とも)
  • 買付主体: 中冨一栄社長の資産管理会社「大洋興産」

ブルームバーグによると、同社の企業価値は約29億ドル(約4500億円)と算出されています。発表前の時価総額約3400億円に対し、相応のプレミアムが上乗せされた形です。

株式売買の一時停止

東京証券取引所は1月6日午前10時34分より久光製薬の株式売買を停止しました。理由は「公開買付に関する報道の真偽などの確認のため」とされています。その後、同日13時11分に売買が再開され、株価は買い気配のまま急騰しました。

配当の取り扱い

久光製薬は、TOBの成立を条件として2026年2月期の期末配当を無配とすることを発表しています。また、同期の業績予想も取り下げました。

非公開化の背景と狙い

国内市場の逆風

久光製薬が非公開化を決断した背景には、国内市場における厳しい事業環境があります。

政府は医療費抑制策の一環として、OTC(市販薬)類似薬の保険適用除外を検討してきました。湿布薬や解熱鎮痛剤など約7000品目が対象として議論されており、日本維新の会は実現すれば医療費を1兆円削減できると試算していました。

2025年12月時点では見送りとなりましたが、この政策が将来的に実現した場合、貼り薬を主力とする久光製薬にとっては大きな逆風となります。保険適用で処方される湿布薬の需要が減少し、収益構造に影響を与える可能性があるためです。

海外市場への注力

久光製薬は非公開化後、海外市場の開拓に経営資源を集中させる方針です。

サロンパスは世界100カ国以上で販売されており、OTC消炎鎮痛貼付剤の世界トップシェアブランドとして6年連続で認定されています。特に米国市場では、サロンパスの売上が日本を上回る規模に成長しています。

米国では麻薬性鎮痛剤(オピオイド)の乱用が社会問題となっており、常用性が低いとされる貼り薬への需要が高まっています。久光製薬はこの追い風を捉え、海外売上高比率を50%以上に引き上げることを目標としています(2021年度時点で34%)。

株式市場からの解放

非公開化のもう一つの狙いは、短期的な株主からの圧力を回避し、長期的な成長投資に集中することです。

上場企業には四半期ごとの業績開示義務があり、短期的な利益確保への圧力がかかります。しかし、海外市場の開拓や新規事業の立ち上げには長期的な投資と時間が必要です。非公開化することで、経営の自由度を高め、思い切った戦略転換を図る狙いがあります。

製薬業界に広がるMBOの潮流

大正製薬の先行事例

日本の製薬業界では、2024年に大正製薬ホールディングスが約7100億円という過去最大規模のMBOで上場廃止となりました。

大正製薬は「既存事業をこれまで同様に発展させていくだけでは持続的な成長は困難」とし、セルフメディケーション事業の抜本的見直し、海外の有望OTCブランド買収、外部提携を通じた新薬開発などに取り組む方針を示しています。

この事例は久光製薬にとっても一つのモデルとなったと考えられます。

MBO増加の背景

2023年の日本企業のMBOは17件となり、前年の12件を上回りました。総額も1兆4000億円を超え、過去最大を記録しています。

この背景には以下の要因があります。

  1. 東証の改革圧力: PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業への改善要求
  2. 株主還元圧力の高まり: アクティビスト(物言う株主)の増加
  3. 上場維持コストの増大: 開示義務やガバナンス対応の負担
  4. 創業家による経営権維持: 長期的な企業価値向上への意思

少数株主への配慮

ただし、MBOには批判もあります。大正製薬のケースでは、PBRが長期間にわたって1倍を下回る中でのTOB価格設定に対し、「少数株主の利益を損なう」というファンドからの批判が集まりました。

久光製薬のTOB価格についても、既存株主にとって適正なプレミアムが付与されているかどうか、今後議論となる可能性があります。

創業家と久光製薬の歴史

190年の歴史

久光製薬は1834年に久光仁平によって佐賀県鳥栖市で創業されました。190年以上の歴史を持つ老舗企業です。

創業以来、貼り薬を中心とした外用薬に特化し、「手当ての文化」を世界に広める企業理念を掲げてきました。現在も創業家の中冨家が経営の中心を担っており、今回のMBOも創業家主導で進められています。

グローバル企業への転換

久光製薬は近年、グローバル企業への転換を加速させています。2024年4月にはアフリカ市場へ初めて本格参入し、ナイジェリアでサロンパスのローンチ式典を開催しました。

非公開化によって経営の自由度を高め、新興国市場を含むグローバル展開をさらに加速させる意向です。

注意点・展望

投資家への影響

現在久光製薬の株式を保有している投資家は、TOBに応じるかどうかの判断を迫られます。TOB価格が適正かどうか、自身で見極める必要があります。TOB期間は2026年2月19日までですので、それまでに判断が必要です。

非公開化後の課題

非公開化後の久光製薬には以下の課題が残ります。

  • 海外事業の収益化: 投資を回収し、安定的な収益基盤を構築できるか
  • 国内事業の立て直し: OTC類似薬の保険適用除外議論が再燃した場合の対応
  • 経営の透明性: 非公開企業となることで情報開示が減少する中、ステークホルダーとの信頼関係をどう維持するか

業界全体への波及

久光製薬のMBOは、製薬業界全体に波及効果をもたらす可能性があります。特に国内市場の縮小に直面するOTC医薬品メーカーにとって、非公開化は選択肢の一つとして認識されるでしょう。

まとめ

久光製薬のMBOによる非公開化は、国内市場の逆風と海外成長機会を見据えた戦略的判断です。約3900億円規模のTOBを通じて創業家が経営権を完全に掌握し、株式市場からの短期的圧力を回避して長期的な成長投資に注力する方針です。

大正製薬に続く製薬業界の大型MBOは、日本企業の経営のあり方を考える上で重要な事例となります。サロンパスという世界的なブランドを持つ久光製薬が、非公開企業としてどのようなグローバル戦略を展開するのか、今後の動向が注目されます。

参考資料:

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