IEEPA関税違憲判決で企業の提訴が急増する理由と法的対応
はじめに
2026年2月20日、米連邦最高裁判所は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件において、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づくトランプ大統領の相互関税を6対3で違憲と判断しました。この判決は、大統領が「緊急事態」を根拠に一方的に関税を課す権限を否定するもので、トランプ政権にとって最大級の法的敗北となりました。
判決を受け、世界中の輸入業者が一斉に還付請求に動き出しています。米国税関・国境警備局(CBP)がこれまでに徴収したIEEPA関税は約1,335億ドル(約20兆円)に達しており、この巨額の還付をめぐる法的闘争が本格化しつつあります。本記事では、専門家の分析を中心に、企業がとるべき法的対応と今後の見通しを詳しく解説します。
最高裁判決の法的ポイント:なぜ違憲と判断されたのか
判決の核心
最高裁は、IEEPAが大統領に付与した「輸入を規制する」権限には、関税を賦課する権限は含まれないと判断しました。ロバーツ首席判事が多数意見を執筆し、ゴーサッチ判事とバレット判事がこれに全面的に賛同しています。ソトマイヨール判事、ケーガン判事、ジャクソン判事は結論に賛同しつつ、一部の法的推論において異なる立場をとりました。
判決の根拠として、合衆国憲法第1条が関税賦課権を議会に明確に付与していることが重視されました。ロバーツ首席判事は「関税を課す権限は課税権の一部であり、極めて明確に議会に帰属する」と述べています。
「重大問題法理」をめぐる分裂
判決で注目すべきは、いわゆる「重大問題法理(Major Questions Doctrine)」の適用をめぐる判事間の見解の相違です。ロバーツ首席判事、ゴーサッチ判事、バレット判事の3名は、緊急事態法であっても重大問題法理の例外にはならないと主張しました。「重大問題法理に例外はない」とロバーツ首席判事は明言しています。
一方、ケーガン判事は賛同意見の中で、通常の法解釈の手法で十分にIEEPAの権限外であると判断できるため、重大問題法理の援用は不要と述べました。反対意見を執筆したカバノー判事は、外交分野における重大問題法理の適用に例外を設けるべきだと主張しています。
この法理をめぐる分裂は、今後の行政権限訴訟にも影響を及ぼす重要な論点です。
企業の提訴ラッシュ:還付をめぐる攻防
1,000社超が訴訟に参戦
最高裁判決の前から、多くの企業はすでに提訴に動いていました。2026年1月時点で1,000社以上が米国際貿易裁判所(CIT:Court of International Trade)に還付請求訴訟を提起しています。コストコ、レブロン、プラダといった世界的企業から中小の輸入業者まで、幅広い企業がこの動きに参加しています。
専門家は「判決前に提訴した企業の判断は正しかった」と評価しています。これは、最高裁が還付の具体的な手続きや遡及適用の範囲を明示しなかったためです。事前に訴訟を起こしていた企業は、還付の権利を確保するうえで有利な立場にあります。
日系企業の動向
日本企業も積極的に対応しています。住友化学、豊田通商、リコーなど日系9社が現地法人を通じてCITに還付請求訴訟を提起しています。TMI総合法律事務所や西村あさひ法律事務所といった日本の大手法律事務所が、IEEPA関税還付に関する専門的な情報提供やアドバイスを行っており、日本企業の法的対応を支援しています。
専門家は日本企業に対し、「まずは自社が支払ったIEEPA関税の全体像を正確に把握し、情報を整理することが急務だ」と指摘しています。特に日本向けIEEPA相互関税は15%(日米合意ベース)でしたが、判決により全額が無効となったため、潜在的な還付額は相当な規模になります。
還付手続きの実務:企業がいま取るべき3つのアクション
1. エントリーの状態を確認する
還付の手続きは、輸入申告(エントリー)が「未確定(unliquidated)」か「確定済(liquidated)」かによって大きく異なります。
未確定エントリーの場合: 輸入日から300日以内、または確定予定日の15日前までに「事後修正申告(Post Summary Correction:PSC)」を提出することで関税の還付を請求できます。この方法が最も迅速かつ確実な還付ルートです。
確定済エントリーの場合: 確定日から180日以内に行政異議申立(Protest)をCBPに提出する必要があります。2025年12月や2026年1月に確定されたエントリーについては、2026年6月から7月にかけてこの期限が到来するため、早急な対応が求められます。
2. CITへの訴訟提起を検討する
複数の通商弁護士が指摘するように、還付権を確実に保全するための最も堅実な方法は、CITに直接訴訟を提起することです。最高裁判決は還付の具体的メカニズムを規定しておらず、行政的な手続きだけでは権利が保全されないリスクがあります。
CITに訴訟を提起しておけば、今後どのような還付スキームが策定されても、確実に対象となる可能性が高まります。特に還付額が大きい企業にとっては、訴訟費用に見合う投資と考えられています。
3. サプライチェーン全体の契約関係を見直す
還付金の帰属をめぐる紛争にも備える必要があります。関税を直接支払ったのは輸入者ですが、その負担が価格転嫁によってサプライヤーや最終消費者に分散されている場合、還付金の配分が問題になります。
専門家は、取引先との契約における関税負担条項を改めて精査し、還付金の取り扱いについて早期に協議を始めることを推奨しています。
還付の見通しと課題:なぜ時間がかかるのか
1,335億ドルの行方
ペンシルベニア大学ウォートンスクール予算モデルの試算によると、IEEPA関税としてCBPが徴収した総額は約1,335億ドルに達します。一方、財務省のベッセント長官は最高裁への意見書で、仮に違憲判決が出た場合の還付総額は7,500億ドルから1兆ドルに達する可能性があると述べていました。これはIEEPA関税が経済全体に波及した影響を含む数字とみられます。
エコノミストの推計では、実際の還付規模は最大1,750億ドル程度になるとされ、TD証券は還付の完了までに12か月から18か月を要すると予測しています。
還付が困難な理由
専門家は還付プロセスが「非常に煩雑になる」と警告しています。その理由は以下のとおりです。
第一に、米国の税関当局にとって、数千の輸入業者を対象に数百億ドル規模の還付を同時に処理した前例がないことです。Snell & Wilmer法律事務所は「裁判所もCBPも、これほどの規模の還付を一度に処理した経験がない」と指摘しています。
第二に、最高裁判決が還付の具体的手続きを示さなかったため、CIT(国際貿易裁判所)での個別の訴訟やCBPの行政手続きを通じて、案件ごとに処理される可能性が高いことです。
第三に、政権側の対応次第では、還付手続きの遅延や抵抗が予想されることです。実際、最高裁判決後もCBPは一部のIEEPA関税の徴収を続けているとの報道があり、行政の対応には不透明な部分が残っています。
トランプ政権の対抗措置:Section 122の新たな関税
即座に発動された代替関税
最高裁判決の直後、トランプ大統領は1974年通商法第122条に基づく新たな「一時的輸入課徴金」を発動しました。当初10%で設定された税率は翌日には法定上限の15%に引き上げられ、2026年2月24日から発効しています。
第122条は大統領に対し、米国の国際収支赤字が「大規模かつ深刻」な場合に最大15%の一時的課徴金を課す権限を認めています。ただし、適用期間は150日間に限定されており、議会が延長を決議しない限り2026年7月24日に失効します。
新たな法的挑戦の可能性
複数の法律専門家は、第122条に基づく関税もまた法的挑戦を受ける可能性が高いと指摘しています。同条項は約半世紀の歴史を持ちながら、一度も大統領によって発動されたことがなく、その適用要件を満たしているかどうかは未検証です。特に、現在の米国の経済状況が「大規模かつ深刻な国際収支赤字」に該当するかどうかは、法廷で争われる可能性があります。
ピーターソン国際経済研究所(PIIE)の分析では、第122条の15%上限は以前のIEEPA関税の税率を大幅に下回るうえ、150日間という時限措置であるため、通商政策の長期的手段としては限界があると評価されています。
注意点と今後の展望
企業が留意すべきリスク
還付請求にあたっては、いくつかのリスクに注意が必要です。まず、行政異議申立(Protest)には期限があるため、確定済エントリーについては早急に対応する必要があります。2025年12月から2026年1月に確定されたエントリーの異議申立期限は2026年6月から7月に到来します。
また、第122条に基づく新たな関税が発効しているため、IEEPA関税の還付を受けても、別途新関税の負担が生じる点に留意が必要です。
今後の注目ポイント
今後の焦点は以下の3点です。第一に、CITが還付手続きの統一的なガイドラインを示すかどうか。第二に、CBPが還付の行政的処理をどの程度迅速に進めるか。第三に、第122条に基づく新関税に対する法的挑戦がいつ始まるかです。
通商法の専門家は「今後数年間にわたって複数の管轄で訴訟が継続する」と予測しており、企業は中長期的な視野で法的戦略を立てる必要があります。
まとめ
米最高裁によるIEEPA関税の違憲判決は、企業にとって還付請求という大きな機会をもたらしました。しかし、還付の実現には複雑な法的手続きが伴い、迅速かつ的確な対応が求められます。
企業がいま取るべき最優先の行動は、自社が支払ったIEEPA関税の全容を把握し、エントリーの確定状況に応じた適切な還付手続きを開始することです。CITへの訴訟提起は還付権を保全する最も確実な方法であり、専門の通商弁護士への相談が強く推奨されます。
一方で、トランプ政権が第122条による代替関税を即座に発動したことは、米国の通商政策が依然として流動的であることを示しています。関税をめぐる法的闘争は今後も続くことが予想され、企業には継続的な情報収集と柔軟な対応が求められます。
参考資料
- Supreme Court Opinion: Learning Resources, Inc. v. Trump (02/20/2026)
- Supreme Court Strikes Down IEEPA Tariffs: What Importers Need to Know Now - Holland & Knight
- Supreme Court Strikes Down IEEPA Tariffs: What Now? - WilmerHale
- After the Supreme Court’s ruling on tariffs, companies line up for refunds - NPR
- Supreme Court Tariff Ruling: IEEPA Revenue and Potential Refunds - Penn Wharton Budget Model
- Supreme Court tariff ruling opens the door to IEEPA refund readiness - Baker Tilly
- Update on IEEPA Tariff Refund Litigation - Clark Hill
- IEEPA関税還付をめぐる訴訟の現在地 - TMI総合法律事務所
- 米国への輸入業者によるIEEPA関税の還付請求 - 西村あさひ法律事務所
- How will Trump’s new 15 percent tariff fare in court? - PIIE
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