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by nicoxz

イラン情勢で原油120ドル観測、日本企業業績を揺らす三つの回路

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はじめに

イラン情勢の悪化を受けて、原油価格が再び1バレル120ドル前後まで跳ね上がるとの警戒が強まっています。ただ、この数字を単なる相場の煽りとして片づけるのは危険です。いま市場が織り込んでいるのは、投機的なリスクプレミアムだけではなく、ホルムズ海峡を通る実物流の停滞が企業収益にどう波及するかという現実的な問題だからです。

日本企業にとって論点は三つあります。第一に、原油そのものの調達コスト上昇です。第二に、ジェット燃料やナフサ、LPGのような派生燃料・原料の供給不安です。第三に、価格転嫁の遅れが内需型企業の利益率を圧迫することです。本稿では、120ドル観測の背景と、日本企業の決算に効いてくる経路を整理します。

なぜ120ドル観測が消えないのか

ホルムズ海峡の物理的な重み

国際エネルギー機関(IEA)によると、ホルムズ海峡では2025年に平均日量2000万バレルの原油・石油製品が通過し、世界の海上石油貿易の約25%を占めました。米エネルギー情報局(EIA)も、2025年上期の通過量を日量2090万バレルと推計し、世界の石油液体消費の約2割に相当するとしています。しかもIEAは、海峡を通る石油の約8割がアジア向けだと整理しており、日本はまさに影響の正面に立つ輸入国です。

問題は、代替ルートが十分ではないことです。IEAは、サウジアラビアやUAEの代替パイプライン能力を合計で日量3.5万〜5.5百万バレル程度と見積もっていますが、海峡経由の全量を置き換えるには到底足りません。EIAも、サウジとUAEの迂回能力はおおむね日量470万バレル規模にとどまると示しています。つまり、海峡が長く詰まれば、価格高騰は心理ではなく供給不足に近づきます。

備蓄放出と増産でも埋まらない隙間

IEAの3月報告は、中東戦争によって世界の石油市場が「史上最大の供給混乱」に直面していると指摘しました。原油と石油製品の輸送は、戦前のホルムズ経由日量約2000万バレルから、足元ではごく少量に落ち込んだとしています。3月の世界供給は日量800万バレル減る見通しで、ブレントは一時120ドル目前まで上昇しました。

各国も手を打っています。IEA加盟国は3月11日、緊急備蓄から4億バレルを市場に供給することで合意しました。OPECプラスの主要8カ国も4月5日、5月から日量20万6000バレルの増産調整を決めています。ただし、この規模は、IEAが見積もる供給減少と比べると限定的です。OPEC側も同時に、海上輸送路の保全とエネルギーインフラ攻撃への懸念を表明しており、増産だけで不安を消せる局面ではありません。

日本企業の収益を圧迫する三つの経路

航空と物流に直撃する燃料コスト

もっとも分かりやすいのは、航空と物流です。日本航空とANAは、国際線の6〜7月発券分で燃油サーチャージを4〜5月分に比べ最大で2倍近く引き上げる見通しとなりました。これは2〜3月のジェット燃料市況と為替が反映されるためです。つまり、決算に表れるのは今後であり、足元の相場高騰が数カ月遅れで収益に効いてきます。

さらに深刻なのは、原油高より航空燃料高の上昇幅が大きいことです。定期航空協会の4月3日の緊急声明では、直近1カ月で原油価格が約1.8倍になったのに対し、航空燃料価格は約2.5倍に上昇し、原油と航空燃料の価格差は2月末比で最大約5倍に拡大したとしています。業界全体では、ヘッジや公的支援を踏まえても年間数千億円以上の負担増のおそれがあるとの試算です。航空各社だけでなく、荷主、旅行、空港周辺産業まで連鎖的な圧迫が広がります。

化学、素材、製造業に広がる原料ショック

次に効くのが、ナフサやLPGを通じた化学・素材産業への波及です。IEAは、2025年に湾岸諸国が日量330万バレルの石油製品と日量150万バレルのLPGを輸出していたとし、ホルムズ停滞で輸出がほぼ止まったことで、石化設備の稼働抑制やポリマー生産の減産が起きていると分析しています。とくにLPGとナフサの供給低下は、包装材、樹脂、洗剤ボトル、接着剤、塗料など幅広い中間財コストを押し上げます。

日本の化学産業は、原油を直接買う企業だけが打撃を受けるわけではありません。輸入原料が高くなると、まず樹脂やフィルム、合成繊維のコストが上がり、その先で食品、日用品、自動車部材まで押し上げられます。資源エネルギー庁が、燃料油だけでなく「石油由来の化学品・製品等」の供給情報窓口を設けているのは、石油危機がすでに化学品供給問題に変質しつつあるからです。石油高はエネルギー問題であると同時に、中間財の供給問題でもあります。

内需企業に残る価格転嫁の遅れ

第三の経路は、価格転嫁のタイムラグです。資源エネルギー庁によると、日本の原油輸入の中東依存度は2023年度で94.7%でした。2025年12月末時点で約8カ月分の石油備蓄があり、4月2日時点で合計約850万KLの放出計画も進んでいます。それでも、備蓄は供給途絶への保険であって、企業の採算悪化そのものを消してくれるわけではありません。

日本銀行の3月短観では、2026年度の経常利益計画は全規模全産業で前年度比マイナス2.4%です。大企業製造業はマイナス2.1%、大企業非製造業もマイナス1.4%となりました。同時に、全産業の1年後の販売価格見通しは2.8%から3.1%へ上昇しています。企業は値上げ余地を見込み始めていますが、それでも利益計画は減益です。これは、仕入れコスト上昇を全面的には転嫁しきれないとの前提が残っていることを示します。原油高局面では、販売価格を上げられる企業より、上げるまでに時間がかかる企業の方が多いのが実態です。

注意点・展望

注意したいのは、120ドルという数字を「必ずそうなる中心線」と誤解しないことです。IEA報告でも、ブレントは120ドル目前まで上がった後、報告執筆時点では92ドル前後に戻っていました。つまり市場は、軍事・外交・航路再開の情報次第で急落も急騰もする状態です。120ドルは固定された着地点ではなく、物流停滞が続いた場合の十分に現実的な上値リスクとみるべきです。

一方で、下がれば安心とも言い切れません。今回のように航空燃料やLPG、ナフサが先に逼迫する局面では、原油先物が落ち着いても、実需企業のコストは高止まりしやすいからです。業績を見るうえでは、原油指標そのものより、燃料サーチャージ、化学品調達、価格転嫁率、在庫評価、輸送の再開状況を確認する必要があります。決算シーズンで注目すべきなのは、原油の見通しより、企業がどの段階で痛みを吸収し、どの段階で顧客へ転嫁できるかです。

まとめ

イラン情勢を受けた原油120ドル観測は、単なる市場心理ではなく、ホルムズ海峡の輸送停滞が生む現実的な供給不安に支えられています。IEAとEIAのデータを見ても、海峡の代替能力は限られ、日本のように中東依存度が高い国は影響を受けやすい構造です。

日本企業の業績に効くのは、原油価格そのものより、航空燃料、石化原料、価格転嫁の遅れという三つの回路です。備蓄放出や増産はショック吸収には役立ちますが、企業収益の下押しをすぐに止めるほどではありません。決算発表では、各社が「原油はいくら想定か」だけでなく、「どのコストが、いつ、どこまで利益を圧迫するのか」をどう説明するかが最大の焦点になります。

参考資料:

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