イラン緊迫で原油急騰、供給リスクの現実味
はじめに
米国とイランの関係緊迫が、世界のエネルギー市場に大きな波紋を広げています。2026年2月18日、米原油指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物は一時、前日比約5%高の1バレル65ドル台半ばまで急騰しました。翌19日にはさらに上昇して66ドル台前半を記録し、1月末以来の高値水準に達しています。
背景にあるのは、米国がイランの核施設への軍事攻撃を検討しているとの報道や、イラン革命防衛隊によるホルムズ海峡での実弾演習です。日本はエネルギーの約80%をホルムズ海峡経由で調達しており、この緊張は他人事ではありません。本記事では、原油価格急騰の背景と今後の見通しを解説します。
米国・イラン関係の現在地
軍事圧力と外交の並走
米国はイランに対し、軍事と外交の両面でアプローチを進めています。2月にトランプ大統領とイスラエルのネタニヤフ首相が会談し、イランへの経済的圧力を強化することで合意しました。同時に、スイスのジュネーブでは米イラン間の核協議が進行中です。
しかし、交渉の見通しは厳しい状況です。イランはウラン濃縮の権利を主張し、米国のゼロ濃縮要求を拒否しています。米国側は核問題に加え、弾道ミサイルや地域の影響力を含む包括的な交渉を求めており、双方の立場には大きな隔たりがあります。
ホルムズ海峡での軍事演習
特に市場の警戒を高めたのは、イラン革命防衛隊がジュネーブ協議の期間中にホルムズ海峡で実弾射撃訓練を実施したことです。この演習によって海峡の一部が一時的に封鎖される事態となりました。
ホルムズ海峡は世界の原油輸送量の約20%、液化天然ガス(LNG)貿易の約5分の1が通過する、エネルギー供給の要衝です。ここでの軍事的緊張は、原油供給の途絶リスクを直接的に想起させます。
原油市場の反応
WTI急騰の構図
2月18日のWTI先物は前日比約5%上昇し、65ドル台半ばを記録しました。19日にはさらに66ドル台前半まで上昇し、6カ月ぶりの高値水準に達しています。
上昇の直接的なきっかけは、米国がイランの核施設や戦略的資産への軍事攻撃を積極的に検討しているとの報道です。軍事行動が実施された場合、イランの石油生産が停止するだけでなく、ペルシャ湾全体の輸送路が影響を受ける可能性があります。
楽観論との交錯
一方で、原油市場には下押し要因も存在しています。石油輸出国機構と非加盟産油国(OPECプラス)は、2026年第1四半期まで増産を一時停止していますが、4月から増産を再開する可能性が報じられています。
また、米イランの核協議が進展すれば、イランへの制裁が緩和され、同国の原油輸出が増加するシナリオもあります。地政学的リスクと供給増加の見通しが交錯し、市場は方向感を探る展開が続いています。アナリストの間では、米イランが合意に至ればWTIは57ドル程度まで下落する一方、軍事衝突に発展すれば80〜90ドルまで急騰するとの見方もあります。
日本経済への影響
ホルムズ海峡への高い依存度
日本はエネルギー安全保障の面で、ホルムズ海峡に大きく依存しています。一次エネルギーの約85%を化石燃料に頼り、日々消費する原油とLNGの約80%がホルムズ海峡を経由しています。
国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、イランの石油生産量は2026年1月時点で日量約340万バレルです。これが停止すれば、世界の原油供給に直接的な影響が生じます。日本の石油輸入先は中東諸国が大きな割合を占めており、海峡の通行に支障が出れば深刻な供給不安に直面します。
スタグフレーションのリスク
原油価格が持続的に上昇した場合、日本経済への打撃は避けられません。日本総研の分析によると、ホルムズ海峡が封鎖され原油価格が1バレル120〜130ドルで推移した場合、日本の輸入コストは大幅に増加し、貿易赤字が拡大します。
その結果、円安圧力が一段と強まり、インフレ抑制が困難になるとの予測があります。スタグフレーション(物価上昇と景気停滞の同時進行)に陥るリスクも指摘されており、最悪のシナリオではGDPが約3%下押しされる可能性もあるとされています。
注意点・展望
現時点では、ホルムズ海峡の完全封鎖が実現する可能性は低いと見る専門家が多くいます。イランにとっても海峡封鎖は中国やインドなど自国の重要な貿易相手国からの反発を招くため、最終手段としての位置づけです。
ただし、偶発的な軍事衝突のリスクは軽視できません。ホルムズ海峡での演習中に不測の事態が起きれば、エスカレーションにつながる恐れがあります。原油価格の予想変動率(ボラティリティ)は7カ月ぶりの高水準に達しており、市場はリスクを織り込みつつある状態です。
OPECプラスの4月以降の増産判断も重要な変数です。地政学的リスクが高まる中で増産に踏み切れば、供給過剰懸念から価格が抑えられる可能性があります。逆に増産が見送られれば、原油価格の高止まりが長期化する恐れがあります。
まとめ
米国とイランの緊迫は、原油市場に大きな不確実性をもたらしています。WTIは66ドル台まで急騰し、ホルムズ海峡の封鎖リスクが意識される状況です。日本にとっては、エネルギー供給の約80%を同海峡に依存するだけに、事態の推移を注視する必要があります。
当面は軍事衝突の回避と核協議の進展が焦点です。投資家やエネルギー関連事業者は、地政学リスクの高まりに備えたリスク管理を改めて見直すべきタイミングといえます。市場の楽観と悲観が交錯する中、冷静な情報収集と判断が求められています。
参考資料:
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