南鳥島沖でレアアース試掘開始:中国依存脱却へ国産資源開発

by nicoxz

はじめに

2026年1月12日午前、静岡市の清水港から、日本の資源戦略にとって歴史的な航海が始まりました。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海掘削船「ちきゅう」が、南鳥島(小笠原諸島)沖でレアアース(希土類)を含む泥を試掘するために出航したのです。これは内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環で、水深約5,500メートルの海底からレアアース泥を採取する世界初の試みです。電気自動車(EV)や医療機器などの製造に欠かせないレアアースは、現在、日本の輸入量の約70%を中国に依存しており、経済安全保障上の重大なリスクとなっています。国産資源の開発により、2030年頃の商業採掘開始を目指すこのプロジェクトは、日本のエネルギー・資源戦略における転換点となる可能性を秘めています。

レアアースとは何か:現代産業の必須素材

レアアースの定義と種類

レアアース(希土類)は、周期表上の17種類の元素の総称で、スカンジウム、イットリウム、ランタンからルテチウムまでのランタノイド15元素を含みます。「レア(稀)」という名前ですが、実際には地殻中に比較的多く存在する元素も含まれています。問題は、経済的に採掘可能な濃度で存在する鉱床が限られていることです。

レアアースは大きく「軽希土類」と「重希土類」に分けられます。軽希土類にはランタン、セリウム、ネオジムなどが含まれ、重希土類にはディスプロシウム、テルビウム、イットリウムなどが含まれます。特に重希土類は産出量が少なく、より貴重な資源とされています。

レアアースの主要用途

電気自動車(EV): レアアースは、EVのモーターやバッテリーに不可欠です。ネオジム磁石はモーターの効率を高め、軽量化を実現します。ディスプロシウムを添加することで、高温下でも磁力が低下しにくくなり、EVの性能向上に貢献しています。EV1台あたり、約2〜3kgのレアアースが使用されます。

再生可能エネルギー: 風力発電のタービンには巨大なネオジム磁石が使用されており、大型風力タービン1基には数百kgから1トン以上のレアアースが必要です。再生可能エネルギーの普及に伴い、レアアースの需要は急増しています。

医療機器: MRIやCTスキャンなどの画像診断装置の磁石、X線管、レーザー装置、超音波検査装置などにレアアースが使用されています。診断精度や治療効果の向上に不可欠な材料です。

電子機器: スマートフォン、パソコン、デジタルカメラ、テレビなど、現代の電子機器のほとんどにレアアースが使用されています。ディスプレイの発光材料、半導体、電池など、幅広い部品に含まれています。

産業ロボット・航空機: 産業ロボットの高精度モーター、航空機部品、レーザー機器など、先端産業においてもレアアースは重要な役割を果たしています。

日本における需要は世界需要のおよそ半分を占めており、日本経済にとってレアアースは極めて重要な戦略物資です。

中国依存の現実と経済安全保障リスク

圧倒的な中国の支配力

中国はレアアースの埋蔵量と生産量で世界首位であり、精錬量のシェアは9割を超えています。日本が2024年に輸入したレアアース8品目の約70%が中国からでした。特に重希土類のディスプロシウムやテルビウムについては、日本の中国依存度はほぼ100%に達しています。

問題は、レアアースの「採掘場所」だけでなく「加工・精錬」の大部分も中国が担っているという構造的な問題です。他国で採掘されたレアアースであっても、精錬のために中国に送られるケースが多く、「採掘地を分散しても、最終的に中国を経由せざるを得ない」という脆弱性が存在します。

2010年の尖閣諸島問題と輸出制限

日本がレアアースの経済安全保障リスクを痛感したのは、2010年の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件がきっかけでした。中国は事実上、日本向けレアアース輸出を制限し、日本企業は深刻な供給不足に陥りました。この「悪夢」の経験から、日本は供給源の多様化や代替技術の開発、リサイクル技術の向上などに取り組んできました。

2025年末の新たな輸出規制

2025年末、中国は再びレアアース輸出規制を強化する動きを見せており、日本企業に緊張が走っています。野村総合研究所の試算によれば、中国がレアアース輸出規制を実施した場合、3か月間で日本は約660億円の経済損失を被る可能性があるとされています。

この経済安全保障上の脆弱性を解消するため、日本は国産レアアース開発を急ぐ必要に迫られています。

南鳥島沖のレアアース資源

2013年の発見と埋蔵量

2013年、南鳥島(小笠原諸島)近海の日本の排他的経済水域(EEZ)内で、水深5,700メートルの海底に重希土類を豊富に含むレアアース泥が発見されました。この発見は、東京大学の加藤泰浩教授らの研究グループによるものです。

推計によれば、南鳥島沖のレアアース泥には、ディスプロシウムとテルビウムについて、日本の数百年から数千年分の需要に相当する量が存在する可能性があります。これは、日本が資源大国に転じる可能性を秘めた大発見でした。

重希土類の豊富さが鍵

南鳥島沖のレアアース泥の最大の特徴は、重希土類の含有率が高いことです。EVモーターや風力発電、医療機器などに不可欠なディスプロシウムやテルビウムといった重希土類は、中国南部などの限られた地域にしか存在せず、日本の中国依存度がほぼ100%でした。

南鳥島沖のレアアース泥は、この重希土類を豊富に含んでおり、中国依存からの脱却にとって極めて重要な資源です。

2026年1月の試掘プロジェクト

探査船「ちきゅう」による世界初の試み

2026年1月12日、JAMSTECの深海掘削船「ちきゅう」が清水港を出航しました。当初は1月11日の出航予定でしたが、気象の影響で1日延期されました。航海期間は1月11日から2月14日までで、南鳥島沖での作業期間は約3週間を予定しています。

「ちきゅう」は、水深5,500メートルの海底からレアアース泥を採取するという世界初の試みに挑戦します。具体的には、深海掘削船から海中にパイプを降ろし、海底の泥をポンプで吸い上げる技術を確立することを目指します。

技術的課題と目標

深海5,500メートルからの採掘は、技術的に極めて困難です。高い水圧、海底の地形、パイプの強度、ポンプの能力など、さまざまな課題をクリアする必要があります。今回の試掘では、以下の目標が設定されています。

  1. 採掘システムの検証: 深海底からレアアース泥を採取するシステムが実際に機能するかを検証
  2. 泥の回収: 実際にレアアース泥を回収し、含有量や品質を確認
  3. 環境影響評価: 採掘が海洋環境に与える影響を調査

2027年の大規模試験に向けて

SIPの計画では、2027年2月〜3月に大規模な掘削試験を実施し、1日あたり350トンの泥を回収する能力を実証する予定です。これが成功すれば、商業採掘に向けた大きな一歩となります。

2030年の商業採掘開始に向けて

実用化へのロードマップ

内閣府とJAMSTECは、2030年頃の商業採掘開始を目指しています。そのためには、以下のステップが必要です。

  1. 2026年1月: 試掘による技術検証と環境影響評価
  2. 2027年2〜3月: 大規模掘削試験(1日350トン回収)
  3. 2028年頃: 商業採掘システムの設計と建造
  4. 2030年頃: 商業採掘開始

ただし、これらのスケジュールは技術開発の進捗や環境アセスメントの結果、経済性の評価などによって変動する可能性があります。

経済性の課題

深海5,500メートルからの採掘は、技術的に可能であっても、経済的に成立するかどうかが重要な課題です。採掘コスト、精錬コスト、輸送コストなどを考慮すると、現時点では中国から輸入する方が安価である可能性が高いとされています。

しかし、経済安全保障の観点から見れば、多少コストが高くても国産資源を確保する意義は大きいと言えます。また、技術革新や量産効果によってコストが低減する可能性もあります。

環境への配慮

深海底の採掘は、未知の生態系に影響を与える可能性があります。南鳥島沖の深海には、まだ研究が進んでいない生物が多数生息しているとされ、慎重な環境アセスメントが求められています。

持続可能な資源開発を実現するため、環境影響を最小限に抑える技術開発と、長期的なモニタリング体制の構築が不可欠です。

日本企業の中国依存軽減への取り組み

調達先の多様化

日本企業は、2010年の輸出制限以降、中国以外からのレアアース調達を模索してきました。オーストラリア、ベトナム、アメリカなどとの協力関係を強化し、供給源の多様化を図っています。

日本政府も、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じて、海外のレアアース鉱山開発に出資するなど、供給源確保を支援しています。

代替技術の開発

レアアースを使用しないモーターや磁石の開発も進められています。例えば、ネオジム磁石を使わない誘導モーターや、レアアースフリーの強力磁石の研究開発が行われています。

ただし、性能やコストの面で、完全にレアアース磁石を代替するには至っておらず、引き続き研究開発が必要です。

リサイクル技術の向上

使用済みの電子機器やEVバッテリーからレアアースを回収するリサイクル技術も重要です。「都市鉱山」とも呼ばれる廃棄電子機器には、大量のレアアースが含まれています。

日本は世界トップレベルのリサイクル技術を持っており、使用済み製品からのレアアース回収率を高めることで、輸入依存度を低減できる可能性があります。

国際的な文脈:レアアースをめぐる地政学

米中対立とサプライチェーン再構築

レアアースは、米中対立の文脈でも重要なテーマです。アメリカは、中国依存からの脱却を目指し、自国内での採掘・精錬能力の強化や、同盟国との協力によるサプライチェーン再構築を進めています。

日本、アメリカ、オーストラリア、EUなどは、レアアースのサプライチェーンにおいて中国依存を軽減するため、協力体制を構築しつつあります。南鳥島沖の開発も、こうした国際的な枠組みの中で位置づけられます。

グリーンエネルギー転換とレアアース需要

世界的な脱炭素化の流れの中で、EVや風力発電の普及が加速しており、レアアースの需要は今後さらに拡大すると予測されています。国際エネルギー機関(IEA)の試算によれば、2040年までにレアアースの需要は現在の3〜7倍に増加する可能性があります。

この需要増加に対応するため、新たな供給源の開発が世界的な課題となっています。南鳥島沖のような深海資源開発は、その解決策の一つとして期待されています。

まとめ

2026年1月12日に始まった南鳥島沖でのレアアース試掘プロジェクトは、日本の資源戦略における歴史的な一歩です。EVや医療機器などに不可欠なレアアースは、現在、日本の輸入量の約70%を中国に依存しており、経済安全保障上の重大なリスクとなっています。

南鳥島沖には、ディスプロシウムやテルビウムといった重希土類が数百年から数千年分の需要に相当する量が存在すると推計されており、水深5,500メートルの海底からこれを採取する世界初の試みが始まりました。2030年頃の商業採掘開始を目指し、2027年には大規模試験も予定されています。

技術的課題、経済性、環境への配慮など、乗り越えるべきハードルは多くありますが、成功すれば日本は資源小国から資源大国へと転じる可能性を秘めています。中国依存からの脱却、供給源の多様化、代替技術の開発、リサイクル技術の向上など、多面的なアプローチを組み合わせることで、日本のレアアース戦略はより強固なものとなるでしょう。

世界的なグリーンエネルギー転換の中で、レアアースの重要性はますます高まっています。南鳥島沖の深海資源開発は、日本だけでなく、世界のエネルギー・資源戦略においても重要な意味を持つプロジェクトです。

参考資料:

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