南鳥島レアアース泥採取成功、精錬が次の壁
はじめに
内閣府と海洋研究開発機構(JAMSTEC)が、南鳥島沖の水深約6000メートルの海底からレアアース(希土類)を含む泥の引き揚げに成功しました。2026年1月に開始された試掘は、探査船「ちきゅう」を用いた世界初の深海レアアース泥採取という歴史的な成果です。
小野田紀美経済安全保障相は2月3日の会見で、この成功を報告するとともに「採取から精錬してレアアースを取り出すための一連のプロセスの確立も重要」と強調しました。中国による対日レアアース輸出規制が現実化する中、日本の経済安全保障にとって精錬技術の確立がカギを握ります。
世界初の深海レアアース泥採取
探査船「ちきゅう」による採掘作業
今回の採取は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として実施されました。地球深部探査船「ちきゅう」を南鳥島沖の海上に静止させ、長さ10メートルのパイプを約600本接続して海底6000メートルまで到達させています。
パイプの先端部でレアアース泥を撹拌し、送り込んだ水とともに泥を船上に吸い上げる方式で採取に成功しました。この「閉鎖型循環方式」は、採鉱時に発生する懸濁物の漏洩・拡散を抑止できる点が特徴で、海洋環境への影響を最小限に抑えることができます。
「ちきゅう」は2月15日に清水港(静岡市)に帰港し、採取した泥の成分分析が進められています。この分析結果が、今後の産業化に向けた重要な基礎データとなります。
なぜ南鳥島なのか
南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)には、推定1600万トン以上のレアアースが海底泥に含まれているとされています。この量は、日本の現在の消費量の数百年分に相当します。
2012年に東京大学の加藤泰浩教授らのグループが発見して以来、世界的にも注目される海洋資源です。陸上の鉱山と異なり、放射性物質の含有量が少なく、環境負荷の面でも有利とされています。日本のEEZ内に位置するため、他国の許可を得ずに開発できる点も大きな利点です。
精錬プロセスという「本当の壁」
採取と精錬は別の技術
小野田大臣が強調した「精錬プロセスの確立」は、今回のプロジェクトで最も重要な課題の一つです。海底から泥を引き揚げることに成功しても、その泥からレアアースを分離・精製して工業利用できる形にするには、全く異なる技術が必要です。
レアアース泥には、ネオジムやジスプロシウムなど複数のレアアース元素が混在しています。これらを個別に分離し、高純度の金属として取り出すには、複雑な化学的プロセスが求められます。現在、この精錬技術で圧倒的な優位性を持つのが中国です。
中国の精錬支配
レアアースのサプライチェーンにおける最大の課題は、採掘段階だけでなく精錬・加工段階でも中国への依存度が極めて高い点にあります。世界のレアアース精錬の約90%は中国で行われており、採掘地点がどこであっても、中間加工で中国を経由せざるを得ない構造が存在します。
つまり、南鳥島で泥を採取できても、精錬技術が確立されなければ中国依存からは脱却できません。小野田大臣の発言は、この構造的な脆弱性を正確に認識した上でのものと言えます。
精錬施設の整備計画
内閣府は、南鳥島にレアアース泥の処理施設を2027年までに設置する計画を進めています。2027年度には、数十〜数百トン規模の試験採鉱と陸上での分離・精製プロセスの検証を行い、採取から精錬までの一貫した生産システムの確立を目指します。
東京大学の岡部徹教授は「レアアース国内生産にはこれから10年以上かかる可能性がある」と指摘しており、プラント化には相当の時間が必要だとの見方を示しています。
中国のレアアース輸出規制と日本の危機
2026年1月の輸出規制発動
2026年1月6日、中国商務部は軍民両用品目の対日輸出を即日禁止する措置を発表しました。この中にはレアアース関連品目も含まれ、日本の産業界に大きな衝撃を与えています。
野村総合研究所などの試算によれば、レアアース輸入が3カ月間停止した場合の経済損失は約6600億円、1年間では2.6兆円に達するとされています。特に自動車産業、電子部品、風力発電、医療機器(MRI)、航空宇宙の5分野への影響が深刻です。
脱中国依存の難しさ
日本のレアアース調達における対中依存度は、2010年の89.8%から2024年には62.9%まで低下しました。しかし、EV用モーターに使用されるネオジム磁石の補助材料であるジスプロシウムやテルビウムなどの重希土類は、ほぼ100%を中国に依存しています。
調達先の多角化には時間がかかり、オーストラリアやカナダなどからの調達を増やしていますが、精錬工程の中国依存という構造的問題が残ります。南鳥島プロジェクトは、この状況を根本的に変える可能性を秘めた取り組みです。
注意点・展望
採算性の大きな壁
南鳥島プロジェクトの最大の課題は採算性です。SIP事業での探査船「ちきゅう」の運用には年間で百数十億円、1日あたり数千万円のコストがかかります。現状では中国産レアアースとの価格競争で太刀打ちできません。
小野田大臣は採算性について「国家を守るための視点を持った行動をしていくべきだ」と述べ、高コストをある程度許容する姿勢を示しています。経済合理性だけでなく、経済安全保障の観点からの投資判断が求められる局面です。
今後のスケジュール
現在の計画では、2027年度に約350トン/日規模の採鉱試験と陸上精製試験を実施し、早ければ2028〜2030年頃の本格採掘・民間利用開始を見込んでいます。ただし、精錬技術の確立やコスト削減が計画通りに進むかは不透明です。
日米間でもレアアース開発における協力深化が進んでおり、高市首相は米国との連携強化を訴えています。国際的なパートナーシップと国内技術の両面から、サプライチェーンの強靭化を図る必要があります。
まとめ
南鳥島沖でのレアアース泥採取成功は、日本の資源戦略にとって大きな一歩です。しかし、小野田経済安保相が指摘する通り、採取から精錬までの一連のプロセスを確立できなければ、真の脱中国依存は実現しません。
中国による輸出規制が現実となった今、精錬技術の国産化は待ったなしの課題です。2027年度の実証試験、そして2028年以降の産業化に向けて、技術開発と採算性確保の両面で着実な前進が求められます。レアアースの「国産化元年」とも言われる2026年、日本の経済安全保障の行方を左右する重要な局面が続きます。
参考資料:
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