小泉防衛相、太平洋島嶼国にASEAN初参加で防衛連携拡大
はじめに
2026年2月23日、東京都内で第3回「日・太平洋島嶼国国防大臣会合(JPIDD:Japan-Pacific Islands Defense Dialogue)」が開催されました。小泉進次郎防衛大臣が議長を務めた今回の会合には、フィジー、パプアニューギニア、トンガの国防大臣をはじめ太平洋島嶼国14か国が参加。さらに、インドネシアやフィリピンなどASEAN(東南アジア諸国連合)7か国がオブザーバーとして初めて加わり、パートナー国を含め計28か国と1機関が一堂に会しました。中国の太平洋地域における影響力拡大と、米国トランプ政権下での同地域への関与低下という二重の構造変化を背景に、日本が「自律的で強靭な地域」の構築を主導する姿勢を鮮明にした会合となりました。
JPIDDの概要と今回の拡大
2021年創設からの発展
JPIDDは2021年に日本の防衛省が創設した多国間対話の枠組みです。太平洋島嶼国の多くは正規の軍事力を持たないため、従来の防衛対話の枠組みからは除外されがちでした。JPIDDはこの点を補い、軍事力の有無にかかわらず、海洋安全保障や災害対処といった共通課題について議論する場として設計されています。第1回は2021年にオンラインで開催され、第2回は2024年4月にフィジーで実施。そして第3回となる今回は、東京で2月22日から24日までの3日間にわたり開催されました。
参加国の大幅拡大
今回の最大の特徴は、参加規模の大幅な拡大です。太平洋島嶼国からはフィジー、パプアニューギニア、トンガの3か国が国防大臣級で参加したほか、クック諸島、キリバス、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦、ナウル、ニウエ、パラオ、サモア、ソロモン諸島、ツバル、バヌアツの11か国と太平洋諸島フォーラム事務局が出席しました。パートナー国としては、米国、英国、オーストラリア、カナダ、チリ、ニュージーランド、フランスの7か国が参加しています。そして注目すべきは、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、シンガポール、タイ、ブルネイのASEAN7か国がオブザーバーとして初参加した点です。これにより、太平洋と東南アジアを包括する広域的な安全保障対話の枠組みへと発展しました。
小泉防衛相の基調講演と主要メッセージ
「力による現状変更は許されない」
小泉防衛大臣は英語で行った基調講演において、「力による現状変更は決して許されないという意思を共有する場としたい」と各国に呼びかけました。名指しこそ避けたものの、南シナ海での実効支配の拡大や太平洋島嶼国への安全保障協定の締結を進める中国を念頭に置いた発言であることは明白です。
小泉大臣はまた、日本と太平洋島嶼国をつなぐ太平洋を「平和の海」として共に守り抜くことを訴え、結びつきと連結を強化して「自律的で強靭な地域」を東南アジアも含めて共に築き上げていくことの重要性を強調しました。この「自律的で強靭な地域」という表現は、特定の大国に依存しない多国間協力体制の構築を示唆しており、米中両国の動向に左右されにくい地域秩序を目指す日本の戦略的意図を反映しています。
安保人材の招聘事業を発表
具体的な施策として、小泉大臣は2026年度から太平洋島嶼国の若手・中堅の安全保障政策担当者を日本に招聘する新たな事業を開始することを発表しました。まずフィジーなど3か国から受け入れを開始し、約1週間の滞在期間中に意見交換や部隊視察を行う予定です。島嶼国における安全保障政策の立案能力を強化し、長期的な協力関係の基盤を築く狙いがあります。
会合の主要議題と成果
海洋安全保障の強化
会合では、シーレーン(海上交通路)の安全確保を含む海洋安全保障が中心議題となりました。太平洋島嶼国は広大な排他的経済水域(EEZ)を有しており、違法漁業の取り締まりや海上交通の安全確保は国家の存続に直結する課題です。参加各国は、航行の自由の確保や海洋状況把握(MDA)能力の向上に向けた協力を確認しました。
気候変動・災害対処
太平洋島嶼国にとって気候変動は安全保障上の最大の脅威の一つです。海面上昇による国土消失のリスクに直面する島嶼国に対し、日本は自衛隊の災害対処能力を活かした人道支援・災害救援(HA/DR)分野での協力を推進する方針を示しました。
サイバーセキュリティ分野の協力
小泉大臣は、サイバーセキュリティの強化を含む幅広い分野での協力の必要性にも言及しました。実際、日本の総務省とJICAは2026年2月初旬にフィジーで太平洋島嶼国向けのサイバーセキュリティ能力構築演習を実施しており、10か国から20名が参加しています。デジタルインフラの整備が進む島嶼国において、サイバー脅威への対処能力の構築は急務となっています。
背景:中国の太平洋進出と米国の関与低下
拡大する中国のプレゼンス
今回のJPIDD拡大の背景には、太平洋地域における中国の急速な影響力拡大があります。2022年には中国がソロモン諸島と安全保障協定を締結し、キリバスなど他の島嶼国とも同様の協定交渉を進めています。2024年には中国が米国を抜いて太平洋島嶼国に対する第2位の二国間援助供与国となりました。さらに、2025年には中国海軍の空母「遼寧」と「山東」が同時に太平洋上で活動し、オーストラリアやニュージーランド沿岸でも艦隊による演習を実施するなど、軍事的プレゼンスも拡大しています。インフラ融資やカジノ投資を通じた経済的影響力の浸透も進み、台湾を承認するパラオやマーシャル諸島には外交的圧力がかけられています。
米国の後退が生む「空白」
一方、米国のトランプ政権は太平洋島嶼国への関与を実質的に後退させています。2025年11月に発表された国家安全保障戦略では、インド太平洋の戦略的重要性に関する記述が大幅に縮小されました。パリ協定からの離脱、在フィジーUSAID事務所の閉鎖、開発プログラムの終了、そしてフィジーに32%、ナウルに30%などの高関税の賦課は、過去数年間にわたって積み上げてきた信頼関係を損なう結果となっています。この「空白」を中国が埋めるリスクが高まる中、日本がJPIDDを通じて地域の結束を強化する意義はこれまで以上に大きくなっています。
注意点・展望
今回のJPIDDはASEAN諸国の初参加により、太平洋から東南アジアにまたがる広域安全保障対話へと進化しました。しかし、課題も残されています。太平洋島嶼国の多くは軍隊を持たず、限られた行政資源の中で安全保障政策を運営しています。日本からの支援が持続的かつ島嶼国の実情に即したものであるかが問われます。また、中国との関係を完全に断つことは島嶼国にとって現実的ではなく、経済的依存を考慮した柔軟なアプローチが求められます。
JPIDDが「対中包囲網」ではなく、島嶼国自身の主体性を尊重した「共創」の枠組みとして機能するかどうかが、今後の持続的発展の鍵となるでしょう。防衛省は今後もJPIDDを定期開催し、安保人材の招聘事業を段階的に拡大する方針であり、2026年度以降の具体的な取り組みが注目されます。
まとめ
第3回JPIDDは、28か国と1機関が参加する過去最大規模の会合となり、太平洋島嶼国の防衛対話にASEAN諸国を加えた新たな地域安全保障の枠組みが形づくられました。小泉進次郎防衛大臣が提唱した「自律的で強靭な地域」の構築は、中国の影響力拡大と米国の関与低下という地政学的変動の中で、日本が地域のリーダーシップを発揮していく意思の表れです。海洋安全保障、災害対処、サイバーセキュリティ、人材育成といった多角的な協力を通じて、太平洋と東南アジアを結ぶ安全保障ネットワークがどのように発展していくのか、今後の動向から目が離せません。
参考資料:
- 日本と太平洋島しょ国 国防相らの国際会議 海洋安保など連携を - NHK
- 防衛省「第3回 日・太平洋島嶼国国防大臣会合(JPIDD)」の開催について
- Japan seeks cooperation with Pacific island nations over free, open seas - Japan Today
- 3rd Japan Pacific Islands Defence Dialogue (JPIDD) - Pacific Islands Forum Secretariat
- Why Japan Must Help Counter China’s Presence in the Pacific - The Diplomat
- Trump Is Abandoning the United States’ Indo-Pacific Partners - Council on Foreign Relations
- Shifting Tides: The National Security Implications of the United States’ Pacific Drawdown - CSIS
- Pacific Perspectives on Trump’s Second Term: Uncertainty and Adaptation - CSIS
- Tracking China’s Increased Military Activities in the Indo-Pacific in 2025 - ChinaPower CSIS
- 防衛省・自衛隊:日・太平洋島嶼国国防大臣会合
関連記事
小泉防衛相とヘグセス国防長官が合同トレーニング|日米同盟の新たな形
訪米中の小泉進次郎防衛相がヘグセス米国防長官と米軍基地で体力トレーニングに参加。異例の「汗をかく外交」の背景と、日米同盟強化に向けた両国の思惑を解説します。
東南アジアのロシア産石油接近と備蓄難が映すエネルギー安全保障
インドネシアがロシアに原油とLPGを打診した背景には、ASEANの中東依存と、インドネシアの在庫21〜28日という薄い備蓄があります。フィリピンの約50日との差、ロシアの長期供給と貯蔵支援、EU価格上限制裁が生む金融・輸出面の制約を整理し、東南アジアの石油危機が突きつけたエネルギー安全保障の弱点を解説します。
ASEAN識者が再び中国選好 米国不信と東南アジア外交の現実
ISEAS調査でASEAN識者の中国選好が52%に回復し、米国の48%を再び逆転した。トランプ政権の関税・制裁措置への不信感が対米離れを加速させる一方、南シナ海情勢など対中警戒も根強く残り続ける。国別データの大きなばらつきから浮かぶ「どちらも選ばない外交」の限界と東南アジア地政学の現在地を解説する。
ホルムズ海峡登録制構想の実現性を読むイラン主導秩序と航行自由
イランとオマーンが水面下で秘密裏に協議するホルムズ海峡「登録制」構想は、国連海洋法条約が保障する国際航行権と真正面から鋭く衝突する問題だ。UNCLOSが認める通航管理の法的限界、湾岸諸国・主要海運国の反発構造、保険・海運会社が通航可と判断するための条件まで、構想の実現性と障壁を多角的な視点で解説する。
日本製鋼所株反発の背景 防衛拡大と原子力期待の再評価局面とは
SMBC日興の目標株価引き上げを手掛かりに防衛需要と原子力需要が重なる収益基盤の検証
最新ニュース
ブラジルがBYD「奴隷労働」認定を撤回した背景と波紋
ブラジル政府が中国EV大手BYDを「奴隷労働」企業に認定後わずか2日で撤回し、認定を主導した労働監督局長を解任した。カマサリ工場建設現場で163人の中国人労働者がパスポート没収・賃金搾取の被害に遭った事件の経緯と、中国との外交関係を優先する政治判断が労働者保護を揺るがす構造的問題を読み解く。
AI半導体株高が再点火した理由 世界株高を支える成長と危うさの正体
日経平均は4月14日に5万7877円へ反発し、米ナスダックも戦争ショック後の下げをほぼ吸収しました。なぜAI・半導体株に資金が戻るのか。TSMC、ASML、Broadcom、半導体ETF、原油高との綱引きを手掛かりに、世界株高の持続条件と崩れやすさを解説します。
Amazonのグローバルスター買収 通信衛星戦略と競争環境整理
Amazonは2026年4月14日、Globalstarを総額115.7億ドルで買収すると発表しました。狙いは衛星通信網、Band n53の周波数、Apple向けサービス、そしてDirect-to-Device市場です。Starlink先行の構図の中で、Amazon Leoが何を得て何が課題として残るのかを整理します。
ANA人事騒動は何だったのか 1997年対立と統治改革の起点
1997年のANA人事騒動は、若狭得治名誉会長、杉浦喬也会長、普勝清治社長の対立が表面化し、社長候補の差し替えまで起きた統治危機でした。背景には規制緩和下での旧運輸官僚主導と生え抜き経営のねじれがありました。1999年の無配、取締役31人から19人への削減、スターアライアンス参加へつながる改革の意味を読み解きます。
ANAとJALの上級座席競争を需要回復と機材更新戦略から読む
ANAは2026年8月受領の787-9に個室型ビジネスクラス「THE Room FX」を載せ、JALは2027年度から737-8で国内線ファーストクラスを全国展開します。訪日客4268万人、訪日消費9兆4559億円、国内旅行消費26兆7746億円の時代に、航空会社が座席を上質化する収益戦略を読み解きます。