南鳥島レアアース泥、世界初の深海6000m掘削へ
はじめに
2026年1月11日、日本の海洋資源開発において歴史的な一歩が踏み出されます。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船「ちきゅう」が、南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)で、水深約6000メートルの海底に眠るレアアース泥の試験掘削を開始します。
この深さでのレアアース泥採掘は世界初の試みです。成功すれば、電気自動車(EV)や風力発電機に欠かせないレアアース(希土類)の安定供給に向けた大きな前進となります。現在、世界のレアアース生産の約7割を中国が占めており、日本にとって中国依存からの脱却は経済安全保障上の重要課題です。
本記事では、南鳥島レアアース泥掘削プロジェクトの概要、採用される革新的な採掘技術、そして日本の資源戦略における意義を詳しく解説します。
南鳥島レアアース泥とは何か
発見の経緯と埋蔵量
2013年、東京大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)の共同調査により、南鳥島周辺の深海底でレアアースを高濃度に含む泥が発見されました。これは「レアアース泥」と呼ばれ、通常の陸上鉱山に比べて約20倍もの高濃度でレアアースを含んでいます。
埋蔵量は推定約1600万トンで、世界第3位の規模です。特に注目すべきは、ジスプロシウムやテルビウムといった「重希土類」が豊富に含まれている点です。これらは中国以外でほとんど産出されない希少元素であり、日本の年間需要の数百年分に相当する量が眠っているとされています。
なぜ南鳥島に集積したのか
南鳥島周辺の海底にレアアースが高濃度で集積した理由は、魚の骨や歯に含まれるリン酸カルシウムがレアアースを吸着しやすい性質を持つためです。数千万年にわたり、海底に沈んだ魚の遺骸がレアアースを濃縮し続けた結果、世界最高品位の「超高濃度レアアース泥」が形成されました。
陸上のレアアース鉱山と異なり、放射性元素を含む廃棄物の心配がほぼないことも大きな利点です。
世界初の深海採掘技術
閉鎖型循環方式の仕組み
今回の試験で使用される採掘システムは、「閉鎖型循環方式」と呼ばれる革新的な技術です。これは石油・天然ガス掘削で用いられる「泥水循環方式」を改良したもので、JAMSTECが独自に開発しました。
具体的には、探査船「ちきゅう」から海底まで約6000メートルの揚泥管を降ろし、海底のレアアース泥を海水と混ぜてスラリー状にして船上まで汲み上げます。閉鎖系で稼働するため、採掘時に発生する懸濁物が海中に拡散することを防げます。
国際協力による機器開発
この壮大なプロジェクトには、国際的な技術協力が不可欠でした。水深6000メートルの水圧に耐える軽量の特製パイプは欧州で、パイプ重量を軽減する浮力体はオーストラリアで製作されました。レアアース泥を採取するための解泥・採鉱機は日本で設計しシンガポールで製作、遠隔無人潜水機(ROV)はノルウェーで製作されています。
技術的な挑戦
水深6000メートルという超深海での作業には、想像を超える困難が伴います。この深さでは600気圧もの水圧がかかり、機器の信頼性が極めて重要になります。また、南鳥島は東京から約1950キロメートル離れた絶海の孤島であり、物資の輸送やメンテナンスにも大きなコストがかかります。
開発スケジュールと今後の展望
2026年の試験内容
2026年1月11日から2月14日にかけて実施される「採鉱システム接続試験」では、揚泥管や機器等を接続しながら海底まで降下させ、採鉱機を海底に貫入させる一連の作動を検証します。これは本格的な採掘に向けた最初のステップです。
2027年以降の計画
2027年1月には、約350トン/日の本格的な採鉱試験を実施予定です。採掘したレアアース泥は陸上に運ばれ、分離・精製プロセスの検証が行われます。順調に進めば、2028年から2030年頃に本格採掘と民間利用が開始される見通しです。
経済安全保障における意義
中国依存の現状
現在、日本が輸入するレアアースの約7割は中国からです。2010年の「レアアースショック」では、尖閣諸島沖での漁船衝突事件を機に中国がレアアースの対日輸出を制限し、日本の産業界に大きな衝撃を与えました。
2025年4月には、中国が軍用品への転用防止を名目に7種のレアアースの輸出管理を厳格化しました。このように、レアアースの安定供給は常に政治的リスクにさらされています。
国産化の戦略的価値
南鳥島のレアアース泥開発が実現すれば、たとえ国内需要の10%程度の供給にとどまるとしても、国際情勢の変化に対する耐久力が大幅に向上します。特に、重希土類の国産化は中国の独占状態に「くさび」を打ち込む戦略的価値があります。
経済安全保障の観点から、サプライチェーンの強靭化は国家的優先課題となっており、本プロジェクトはその中核を担うものです。
課題と注意点
採算性の壁
最大の課題は採算性の確保です。深海採掘には莫大なコストがかかり、現時点では中国産のレアアースと価格競争力で勝負することは困難です。商業ベースでの採算を取るには、採掘効率のさらなる向上や、国による一定の支援が必要になる可能性があります。
環境への配慮
深海生態系への影響も慎重に検討すべき課題です。閉鎖型循環方式により懸濁物の拡散は抑えられますが、長期的な影響については継続的なモニタリングが必要です。
製錬技術の確立
採掘したレアアース泥から実際にレアアースを分離・精製する技術も重要です。現在、世界の製錬能力の91%を中国が占めており、国内での製錬技術の確立も並行して進める必要があります。
まとめ
2026年1月に始まる南鳥島沖レアアース泥掘削は、日本のエネルギー・資源安全保障において画期的な一歩です。世界初となる水深6000メートルからの採掘技術の実証が成功すれば、「国産レアアース元年」の幕開けとなります。
課題は多いものの、中国依存からの脱却という国家的目標に向けて、着実に歩みを進めています。今後の試験結果と商業化への道のりを注視していく必要があります。
参考資料:
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