相続手続き一括化「みらいたすく」始動、金融7社連携の利点と課題
はじめに
SMBC日興証券や大和証券グループ本社、野村ホールディングス、三井住友信託銀行、三井住友フィナンシャルグループ、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、NTTデータなどが2026年4月8日、相続手続きを一元化するプラットフォーム「みらいたすく」の構築に向けて基本合意したと公表しました。構想の中心は、相続人が金融機関ごとに同じ説明や書類提出を繰り返す現状を変えることにあります。
相続の煩雑さは、金融商品の高度化でむしろ増しています。預金だけでなく、証券口座、投資信託、NISA、信託商品、保険、特別口座などが分散していると、遺族は死亡後の短期間に複数社へ連絡し、本人確認や相続人確認を何度もやり直さなければなりません。各社の公式案内を見ても、まず取引店への連絡、必要書類の郵送、個別審査、残高証明や口座振替といった流れが並び、横断的な窓口はほぼ存在していません。
今回の発表が注目されるのは、単なる便利サービスではなく、高齢化と相続件数の増加、相続登記義務化、戸籍証明の広域交付、口座へのマイナンバー付番といった制度変化が重なる中で、金融実務のボトルネックを業界共通基盤で解消しようとする初期段階だからです。本記事では、「みらいたすく」の仕組み、必要性、実現の難所、普及に向けた論点を整理します。
「みらいたすく」が変える相続実務の構造
一度の入力で複数金融機関へ連携する発想
NTTデータなどの発表によると、「みらいたすく」は、相続人が各金融機関へ個別に連絡するのではなく、オンラインで相続手続きに必要な情報を連携することで、提携金融機関に対する相続手続きを一括で進められる枠組みを目指します。ポイントは、単に問い合わせ窓口をまとめるのではなく、業界横断で共通化・標準化された手続きの基盤を作ろうとしている点です。
現在の相続実務では、被相続人が証券、信託、銀行にまたがって口座を持っていた場合、遺族は戸籍謄本や除籍、印鑑証明、遺産分割協議書、遺言書、本人確認書類などを複数社へ個別提出するのが一般的です。野村證券の案内では、まず取引店に連絡して資料を取り寄せ、必要書類を確認し、郵送で提出する流れです。三菱UFJモルガン・スタンレー証券も、相続事務センターとのやり取りを原則郵送とし、被相続人口座の取引店確認や相続人側口座の準備を求めています。
SMBC日興証券はネット手続きにも対応していますが、それでも「同行内で完結する」範囲の利便性にとどまります。大和証券も相続コンサルタントによるワンストップ支援を掲げていますが、当然ながら他社口座まで一緒に処理してくれるわけではありません。つまり、各社は自社内の手続き改善には取り組んできた一方、遺族にとって最も重い「多機関連絡の重複」は残ったままでした。
導入スケジュールと参加主体の意味
今回の公表では、2026年秋ごろに新会社設立、2027年夏ごろに一部地域で試験導入、2028年秋ごろに全国提供開始という工程が示されました。まだサービス開始前であり、名称も変更の可能性がありますが、証券・信託・銀行の主要プレーヤーが早い段階で横断基盤の必要性を共有した意味は大きいです。
特に相続実務では、顧客接点を握る証券会社、相続関連ノウハウの厚い信託銀行、口座数が多い銀行系グループがそろわないと実効性が出ません。今回の連携は、個社ごとのデジタル化競争では越えにくい壁を、標準化と共同運営で超えようとする発想です。IT基盤を担うNTTデータが加わっているのも、各社の基幹システムが異なる中で、本人確認、権限確認、進捗管理、文書連携の共通レイヤーを作る必要があるためでしょう。
なぜ今、一括化ニーズが強まるのか
高齢化と死亡数増加が押し上げる需要
内閣府の2025年版高齢社会白書によると、2024年10月1日時点の65歳以上人口は3624万人で、高齢化率は29.3%でした。75歳以上人口は2078万人と、65〜74歳人口を上回っています。相続実務の負荷は、単に高齢者が多いから増えるのではなく、資産を持つ層の比重が高まり、金融取引も複線化しているために増えます。
厚生労働省の2024年人口動態統計月報年計概数では、死亡数は160万5298人で過去最多でした。相続はこの死亡件数の分だけ必ず発生し、税申告が必要かどうかに関係なく、口座凍結、名義変更、払戻し、株式移管などの実務が走ります。NTTデータの発表が「年間数百万世帯で相続が発生している」と説明したのは、こうした行政統計と実務感覚を踏まえた表現とみられます。
内閣府白書は、世帯主が65歳以上の世帯の貯蓄現在高の中央値が全世帯の約1.4倍と紹介しています。高齢層に金融資産が厚く偏る構造の中で、相続件数の増加は、そのまま金融機関の事務量増加にも直結します。少子化で働き手が減る一方、事務負担は増えるため、金融機関側にも個社対応の限界が見え始めています。
相続財産の中で大きい現金・預貯金と有価証券
国税庁が公表した2024年分相続税申告事績では、課税対象となった被相続人は16万6730人、課税価格総額は23兆3846億円、申告税額総額は3兆2446億円でした。相続財産の内訳では、現金・預貯金等が8兆5602億円で34.9%を占め、有価証券は4兆3676億円で17.8%、前年からの増加率は有価証券が最も高いとされています。
この数字が示すのは、金融機関が扱う資産の比重が非常に大きいことです。不動産相続が目立ちやすい一方、実際の遺族対応では、預金の払い戻しや証券の移管、残高証明の取得、NISAや特定口座の整理など、金融商品の手続きが長い時間を占めます。しかも複数の金融機関に分散しているほど、書類提出の重複と確認の遅れが生じやすくなります。
ここで重要なのは、相続税申告が必要なケースは全相続の一部にすぎないことです。課税対象外でも、口座解約や名義変更は必要です。そのため「みらいたすく」が狙う市場は富裕層限定ではなく、金融資産を複数社に持つ一般世帯まで含む裾野の広い実務領域といえます。
なぜ横断化が難しかったのか
本人確認と相続人確認の個別主義
相続手続きが面倒なのは、単に各社が紙文化だからではありません。各金融機関は、本人確認、相続人確認、遺言や遺産分割の有効性確認、残高証明、凍結解除、資産受取人の確認などを、自らの責任で行わなければなりません。誤った払戻しは重大事故につながるため、確認は慎重になり、どうしても機関ごとの個別主義が残ります。
その象徴が戸籍です。法務省は2024年3月1日施行の戸籍法改正で、戸籍証明書の広域交付や、一定の戸籍添付省略を可能にしました。これは遺族の移動負担や書類収集負担を軽減する重要な改正ですが、金融機関ごとの内部審査まで自動でそろうわけではありません。結局、取得しやすくなった戸籍情報を、どの形式で、どこまで、どの相続人の同意の下で共有するのかという実務設計は、なお金融側に残ります。
野村證券の手続案内にあるように、今でも「被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本等」や印鑑証明書を求める場面は多くあります。法定相続情報一覧図の活用は広がってきたものの、各社で受理条件や追加確認の範囲が微妙に異なります。一括化プラットフォームが本当に機能するには、この細かな差を実務上どこまで共通化できるかが鍵になります。
制度改正が進んでも残る最後の分断
この数年、行政側の環境整備は進んでいます。法務省は2024年4月1日から相続登記の申請義務化を始め、相続したことを知った日から3年以内の登記申請を求めるようになりました。デジタル庁の預貯金口座付番制度も、マイナンバーが付番された口座について、相続時や災害時に一つの金融機関窓口で口座所在を確認できるようにする制度です。
ただし、これらは「相続全体の一本化」ではありません。相続登記義務化は不動産側の制度であり、預貯金口座付番も一つの金融機関窓口での所在確認を可能にする仕組みにとどまります。遺族にとって実際につらいのは、行政制度が少しずつ整っても、銀行、証券、信託をまたいだ連絡と進捗管理が依然として分断されていることです。「みらいたすく」は、この最後の分断に民間連携で切り込む構想といえます。
注意点・展望
期待が大きい一方で、過度な期待は禁物です。まず、プラットフォームが一括化できるのは、主に定型的な事務手続きの部分です。相続人間で争いがあるケース、遺言の有効性に争点があるケース、相続放棄や特別受益の論点が絡むケースでは、個別対応や専門家関与が不可欠で、プラットフォームだけでは完結しません。
次に、参加金融機関の広がりが成否を左右します。主要大手だけで始まっても、実際の資産は地銀、信用金庫、ネット証券、保険、JAなどに分散しています。NTTデータの発表は、新会社に出資しない金融機関でも利用可能とする想定を示していますが、標準化コストと費用負担をどう設計するかは難題です。地方金融機関まで波及しなければ、遺族の重複負担は半分しか減りません。
さらに、情報漏えいと不正請求リスクへの備えも重くなります。死亡情報、親族関係、資産情報、住所、本人確認書類が一カ所に集まれば、利便性は高まる一方で、事故時の影響も大きくなります。本人確認の厳格さを維持しつつ、遺族にとって使いやすいUIと処理速度を両立できるかが実務上の核心です。
まとめ
「みらいたすく」は、金融相続の最も面倒な部分である「同じ確認を何度も繰り返す」構造を変えようとする試みです。高齢化率29.3%、死亡数160万超という社会では、相続手続きは一部富裕層の問題ではなく、広い家計が直面する生活インフラ上の課題になっています。
制度面では戸籍広域交付、相続登記義務化、口座付番などの環境整備が進みましたが、金融機関横断の最後の分断は残っていました。今回の連携は、その空白を民間の標準化で埋めようとする動きです。今後の焦点は、どこまで参加機関を広げ、どこまで書類と本人確認を共通化し、どこまで争いのない案件を短く終えられるかにあります。相続DXの成否は、便利さだけでなく、標準化の深さと信頼設計の強さで決まります。
参考資料:
- 金融業界横断の相続手続き一元化プラットフォーム「みらいたすく」構築に向けた基本合意について
- 相続・贈与 | SMBC日興証券
- 相続・贈与 | 大和証券
- 相続のお手続き | 野村證券
- 相続対策・終活 | 三井住友信託銀行
- 相続手続のご案内 | 三菱UFJモルガン・スタンレー証券
- 令和6年分 相続税の申告事績の概要 | 国税庁
- 令和6年分相続税申告状況 課税割合が初の1割超え 申告税額は3兆2446億円 | 日税ジャーナルオンライン
- 相続財産は24.5兆円、その3分の1が現金・預貯金、次いで土地・有価証券 | 株式会社SA
- 令和7年版高齢社会白書(全体版) | 内閣府
- 高齢化率は29.3% | 令和7年版高齢社会白書
- 世帯主が65歳以上の世帯の貯蓄現在高の中央値は全世帯の1.4倍 | 令和6年版高齢社会白書
- 令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況 | 厚生労働省
- 預貯金口座付番制度 | デジタル庁
- 戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行) | 法務省
- 相続登記の申請義務化について | 法務省
- 相続登記の申請義務化特設ページ | 法務省
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