多重債務者が12年ぶり高水準、物価高とネット借入の落とし穴
はじめに
多重債務者の増加が静かに、しかし確実に進んでいます。個人の債務情報を管理する日本信用情報機構(JICC)のデータによると、2026年1月末時点で貸金業者からの無担保・無保証での借り入れが3件以上ある人は151万人に達しました。これは2014年以来12年ぶりの高水準です。
背景には物価高による生活コストの上昇と、スマートフォンで手軽に借り入れができるネット金融サービスの普及があります。本記事では、多重債務者増加の実態と要因、そして注意すべきリスクについて解説します。
多重債務者増加の実態
12年ぶりの高水準に到達
多重債務者(貸金業者から3件以上の借り入れがある人)の数は、2010年の改正貸金業法の完全施行以降、長期にわたって減少傾向が続いていました。総量規制(借入総額を年収の3分の1までに制限)の導入により、過剰な貸し付けに歯止めがかかったためです。
しかし、2020年代後半に入り傾向が反転しています。2025年3月時点では147万人と急増が報道され、2026年1月にはさらに151万人まで増加しました。かつて社会問題化した「多重債務問題」が、形を変えて再び浮上してきた格好です。
金融庁も調査に乗り出す
この事態を受け、金融庁は2025年12月に多重債務者増加の原因分析に着手しました。総量規制の「すり抜け」が横行している可能性も指摘されています。複数の貸金業者に同時に申し込むことで、各社の審査をすり抜けるケースがあり、金融庁はモニタリング・ガイドラインの強化を検討しています。
増加の要因:物価高と手軽な借入環境
物価高が家計を直撃
多重債務者増加の最大の要因は、物価高による生活コストの上昇です。食料品、光熱費、家賃など、日常的な支出が継続的に上昇する中、賃金の伸びが追いつかない世帯が生活費の不足分を借り入れで補うケースが増えています。
特に影響を受けているのは、非正規雇用者やひとり親世帯など、収入が不安定な層です。物価上昇率が実質賃金を上回る状況が続いたことで、「一時的なつなぎ」として始めた借り入れが常態化し、複数の貸金業者に手を広げるパターンが目立っています。
スマホ完結のネット借入が敷居を下げる
もう一つの要因は、借り入れの「手軽さ」の飛躍的な向上です。従来の消費者金融は店舗窓口や無人契約機での手続きが必要でしたが、現在はスマートフォンだけで申し込みから借り入れまでが完結するサービスが急増しています。
LINE、au、メルカリなど、日常的に利用するサービスのブランドで消費者金融事業が展開されるようになり、心理的なハードルが大幅に下がっています。馴染みのあるアプリから数タップで借りられる環境が、若年層を中心に安易な借り入れを助長しているとの指摘があります。
金利リスクと法的な保護
上限金利は年15〜20%
貸金業法では、貸付金額に応じて上限金利が定められています。10万円未満は年20%、10万円以上100万円未満は年18%、100万円以上は年15%です。銀行の住宅ローン金利が1%台であることを考えると、消費者金融の金利は極めて高い水準です。
例えば、3社からそれぞれ50万円を年18%で借りた場合、150万円の借入に対して年間の利息は27万円に上ります。元本の返済が進まなければ、利息だけで生活を圧迫する悪循環に陥ります。
総量規制の限界
総量規制により借入総額は年収の3分の1までに制限されていますが、クレジットカードのショッピング枠(分割払い・リボ払い)は総量規制の対象外です。そのため、貸金業者からの借り入れは規制内に収まっていても、カードの分割払いやリボ払いを含めると実質的な債務が年収の半分近くに達しているケースも少なくありません。
注意点・展望
多重債務に陥った場合、早期の相談が最も重要です。各都道府県の多重債務相談窓口、法テラス(日本司法支援センター)、日本貸金業協会の相談ダイヤルなど、無料で利用できる相談先が用意されています。
債務整理の方法としては、任意整理、個人再生、自己破産の3つがあり、状況に応じた対応が可能です。「借金は恥ずかしい」という思いから相談をためらう人が多いですが、専門家に早く相談するほど選択肢は広がります。
今後の見通しとしては、日銀の利上げに伴い消費者金融の貸出金利もさらに上昇する可能性があり、既存の借り入れの返済負担が増大するリスクがあります。金融庁の規制強化の行方とともに注視が必要です。
まとめ
多重債務者が151万人に達し12年ぶりの高水準を記録した背景には、物価高による生活苦と、スマホで手軽に借りられる環境の2つの構造要因があります。高金利の借り入れは一時的に生活を支えても、長期的には家計を一層厳しくする危険性があります。
「手軽に借りられる」ことと「返済できる」ことは別の問題です。借り入れを検討する際は、返済計画を明確にし、困った場合は早めに専門機関に相談することが大切です。
参考資料:
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