日経新聞社長に飯田展久氏、デジタル時代の経営刷新へ
はじめに
日本経済新聞社は2026年2月10日、飯田展久(いいだ・のぶひさ)専務(62)が社長に昇格する人事を内定したと発表しました。長谷部剛社長(68)は代表権のある会長に就き、岡田直敏会長(72)は顧問となります。正式決定は3月26日の株主総会後の取締役会で行われます。
日本を代表する経済メディアのトップ交代は、新聞業界全体の転換期と重なります。紙の発行部数が急減する中、日経は電子版の有料会員100万人突破という成果を上げてきました。新社長のもとでデジタル戦略がどう進化するのか、業界の注目が集まっています。
新旧経営陣の実績と布陣
長谷部体制の5年間
長谷部剛氏は2021年3月に社長に就任し、約5年にわたって日経の経営を率いてきました。長谷部体制の最大の成果の一つが、グループパーパス(存在意義)の策定とクオリティージャーナリズムの追求です。
デジタル事業においても着実な成果を残しました。日経電子版の有料会員数は2024年12月に100万人を突破し、国内有料デジタルニュース媒体として初の快挙を達成しました。法人向けサービス「日経電子版 FOR OFFICE」の導入企業数も3万社を超えるなど、個人だけでなく法人・教育分野へと利用者層が拡大しています。
さらに、2015年に買収した英フィナンシャル・タイムズ(FT)とのシナジーも深化させ、日経とFTを合わせた有料デジタル購読数は世界3位の水準に成長しました。
飯田展久新社長の経歴
新社長となる飯田展久氏は1963年生まれで、中央大学法学部法律学科を卒業後、1987年に日本経済新聞社に入社しました。大阪での事件記者からキャリアをスタートし、流通・サービス業界の取材や1999年から2002年までジャカルタ支局長を務めるなど、現場記者としての豊富な経験を持ちます。
帰国後は企業取材のキャップやマクロ経済のデスク、消費産業部長、企業報道部長などの要職を歴任しました。2015年から2017年には日経ビジネス(日経BP社)の編集長を務め、ビジネスメディアの運営経験も積んでいます。直近では専務として情報サービスやインデックス事業を統括しており、デジタルメディア事業への深い理解を持つ人物です。
新体制の狙い
今回の人事は、編集と事業の両方に精通した人物をトップに据えることで、デジタル化をさらに加速させる意図があると読み取れます。飯田氏はかつてのインタビューで「タダの情報をプラットフォームに提供するのは時代遅れ」と発言しており、コンテンツの価値を重視する姿勢を明確にしています。
長谷部氏が代表権のある会長として残ることで、経営の継続性を確保しつつ、新社長のもとでの事業革新を進める体制となります。
新聞業界の構造変化と日経の立ち位置
加速する紙の部数減少
日本の新聞業界は急速な構造変化に直面しています。2024年10月時点での新聞発行部数は2661万部で、前年比6.9%減となりました。2000年には約5370万部あった発行部数が、20年余りで半数以下にまで縮小しています。
この減少は「緩やかな衰退」ではなく、全国一律の戸別配達というビジネスモデルそのものの存続が問われる段階に入っています。高齢層では新聞購読率が比較的高い一方、若年層ではニュースをスマートフォンやSNSで消費する傾向が主流となっており、世代交代とともに紙の購読者は加速度的に減少していく構造です。
日経の優位性
こうした業界全体の厳しい状況の中で、日経は突出したデジタル化の成功を収めています。有料デジタル会員100万人は印刷部数の約8割に相当し、デジタルへの移行が最も進んだ国内新聞社といえます。
他の全国紙と比較すると、その差は歴然としています。朝日新聞の有料デジタル会員は約30万人にとどまり、依然として紙への依存度が高い状態です。多くの新聞社では、デジタル収益が紙の減収を補えていないのが実情です。
日経が成功できた背景には、経済・ビジネス情報という専門性の高いコンテンツを持ち、有料でも読みたいと思わせる価値を提供できていることがあります。FTの買収で得たデジタル化のノウハウも大きく貢献しています。
新社長に求められる課題
デジタル収益のさらなる拡大
電子版100万人突破は大きなマイルストーンですが、紙の広告収入や購読収入の減少を完全に補うためには、デジタル収益のさらなる拡大が不可欠です。法人向けサービスの深化、データ分析やAIを活用した新サービスの開発など、収益源の多様化が求められます。
若年層の取り込み
新聞の読者層は依然として高齢者に偏っています。若年層に経済メディアの価値を届けるためには、コンテンツのフォーマットや届け方を抜本的に見直す必要があります。動画コンテンツやSNS連携、パーソナライズされた情報配信など、若い世代のメディア消費行動に合わせたアプローチが重要です。
グローバル展開の深化
FTとの協業をさらに深め、アジアを中心としたグローバルな経済メディアとしてのプレゼンスを高めることも課題です。飯田氏のジャカルタ支局長としての海外経験は、グローバル戦略を推進する上での強みとなるでしょう。
注意点・今後の展望
メディアの信頼性という普遍的価値
デジタル化やAIの進展により、情報の流通速度は飛躍的に高まっています。一方で、フェイクニュースや情報の信頼性に対する社会的な懸念も増大しています。長谷部体制で掲げた「クオリティージャーナリズム」の理念を維持・発展させることは、新体制においても最優先の課題です。
信頼性の高い報道は日経ブランドの根幹であり、デジタル化を進めるうえでもこの軸がぶれることは許されません。速報性と正確性を両立させながら、AIをジャーナリズムにどう活用するかという新たなテーマにも向き合う必要があります。
新聞社から情報サービス企業への転換
新社長のもとで日経は、従来の「新聞社」から「総合情報サービス企業」への転換をさらに進めると予想されます。飯田氏が情報サービス事業を統括してきた経験は、まさにこの方向性を体現するものです。経済データ、インデックス(指数)事業、イベント事業など、ジャーナリズム以外の収益源をいかに育てるかが、長期的な成長の鍵を握ります。
まとめ
日本経済新聞社の社長に飯田展久氏が就任する人事は、デジタル化の加速と事業多角化の深化を見据えた布陣といえます。長谷部体制で電子版100万人、FTとの協業による世界3位のデジタル購読数という実績を築いた上で、新社長にはさらなるデジタル収益の拡大と新規事業の創出が期待されます。
新聞業界全体が紙からデジタルへの本格移行を迫られる中、日経は国内で最も成功したモデルケースです。その経営トップの交代は、日本のメディア業界全体の変革の方向性を占う上でも重要な人事です。飯田新社長がどのような戦略を打ち出すか、今後の展開に注目が集まります。
参考資料:
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