新NISA、地方普及15%に留まる東京32%との格差拡大
はじめに
2024年1月にスタートした新NISA(少額投資非課税制度)が2年目を迎えました。2025年6月末時点で全国のNISA口座数は2,696万口座に達し、国民の5人に1人が口座を開設した計算になります。一見すると順調に見える普及状況ですが、金融庁が2025年11月に初めて公表した都道府県別データからは、深刻な地域間格差が浮き彫りになりました。東京都の開設率32%に対して青森県は15%と、実に2倍以上の開きがあります。この格差を埋めるべく、ネット証券と地方銀行による新たな顧客獲得競争が本格化しています。
深刻化する地域間格差の実態
口座開設率の地域分布
2025年6月末時点のデータによると、口座開設率が最も高いのは東京都の31.9%で、神奈川県(29.4%)、奈良県(28.2%)、兵庫県(27.5%)、滋賀県(26.6%)が続いています。口座開設率が25%を超える14都府県は、三大都市圏及びその周辺に集中しています。
一方、最も低いのは青森県の15.0%で、岩手県(15.8%)、北海道(16.8%)と続きます。20%を下回る12道県のうち7道県が東北・北海道に位置しており、地理的な偏在が顕著です。全国平均は24.7%ですが、最高と最低の間には約17ポイント、率にして2倍以上の極めて大きな開きがあります。
年代別でも見られる地域差
20代から30代の金融スキマ世代を対象にした調査では、NISA/つみたてNISAの経験者は最多が東京都の61.2%、最少が大分県の30.6%という結果が出ています。若年層においても地域による格差は明確で、都市部と地方では投資への参加率が大きく異なることがわかります。
格差を生む複合的な要因
認知度と理解度の差
三大都市圏と他地域を比較すると、NISAを知らない人の割合が他地域では15.8ポイント高く、「NISAは投資に関する制度だと知らない」人の割合も20.2ポイント高い状況です。制度の存在自体は知っていても、それが投資に関する制度であることを理解していない層が地方には多く存在します。
また、他地域では「手続きが簡単になったら利用する」という回答が23.4%で、三大都市圏より18.1ポイント高い結果となっており、手続きの煩雑さが障壁となっている可能性があります。
投資への実感の欠如
地方には上場企業やベンチャー企業が大都市圏に比べて少なく、成長企業に投資をして資産を増やすという実感が持ちづらいことが指摘されています。日常生活において投資や株式市場を身近に感じる機会が少ないため、NISAを活用した資産形成が自分事として捉えられにくい環境があります。
高齢化と情報アクセスの制約
地方では高齢化率が高く、デジタルデバイスを活用した情報収集が苦手な層が多い傾向があります。ネット証券の情報は主にオンラインで提供されるため、インターネット利用に不慣れな層にとってはアクセスのハードルが高くなります。
金融リテラシーの地域間ギャップ
金融広報中央委員会の2022年調査によると、「金融教育を受ける機会があり、自分は受けた」と回答した人の割合は全国平均でわずか7.1%に過ぎません。地域や職場によって学びの機会に偏りがあり、金融リテラシーの格差が資産形成の格差を促進してしまう可能性が懸念されています。
ネット証券と地方銀行の口座獲得競争
ネット証券の優位性と戦略
ネット証券は手数料の安さ、取扱商品数の多さ、ポイント還元などで圧倒的な優位性を持っています。取扱商品数は銀行が11〜36本であるのに対して、ネット証券は250本前後と大きな差があります。また、最低積立金額も100円からと低く、クレジットカード決済によるポイント還元サービスも充実しています。
これまで都市部を中心に顧客を獲得してきたネット証券各社は、地方を新たな開拓先として注目し始めています。オンラインセミナーやSNSを活用した情報発信を強化し、地理的制約を超えた顧客獲得を目指しています。
地方銀行の反撃:対面サポートとデジタル化の両立
地方銀行は商品数や手数料面ではネット証券に劣りますが、対面での相談という強みを活かした戦略を展開しています。栃木銀行では2025年末の夜、営業終了後の支店でセミナーを開催し、会社員や地元の夫婦らが集まりました。「年齢性別問わず良い制度だ。今からでも遅くない」という訴求で、地元住民との信頼関係を活かした口座獲得を進めています。
福岡銀行では新NISA開始後、20〜40代の口座開設が2割弱増え、全体の半分を占めるようになりました。京都銀行でも20〜50代が7割を占めるなど、地方銀行も若年層の取り込みに成功し始めています。
また、地方銀行各行はデジタル化も推進しており、窓口だけでなくWEBでも気軽にNISA口座開設の手続きができるようになっています。来店の手間なく口座開設できる利便性と、必要なときには対面で相談できる安心感を両立させることで、地方における競争力を高めています。
顧客特性に応じた戦略の違い
若年層はネット証券、シルバー層は銀行を選ぶ傾向があります。地方銀行で投資信託を始める人は、投資信託に関する知識をあまり持っておらず、口座開設前に購入するファンドの検討をしていない傾向があります。口座開設後、窓口相談でおすすめされた商品で運用を始めるという特徴があり、この「寄り添い型」のサービスが地方銀行の差別化要素となっています。
政府目標達成への課題と展望
目標とのギャップ
政府は2022年に、2027年12月までにNISA口座数を3,400万口座に拡大する目標を設定しました。しかし、2025年6月末時点で2,696万口座と、残り約700万口座の開設が必要です。また、口座数は増加しているものの、2024年以降は増加ペースが鈍化しており、月次データでは2024年1月の73万件から4月には27万件と3分の1にまで急減しています。
買付額については、2025年3月末でNISA買付額が累計59兆円となり、政府目標の56兆円を前倒しで達成しました。しかし、口座数の伸び悩みは、実際に投資を始める人の裾野が広がっていない可能性を示唆しています。
地域格差解消に向けた取り組み
金融リテラシーの格差を解消するため、学校や地域のコミュニティー、中小企業等の活動との連携が求められています。地域における金融業務の経験者などに対するリカレント研修等により、各地域で「J-FLEC認定アドバイザー」などの担い手の裾野を広げることが重要です。
地方銀行も、イラストを使った視覚的な訴求や業界用語を最小限に抑えた訴求など、簡潔に情報を伝える工夫を進めています。また、店舗への来店が難しい人でも安心して相談できるよう、コールセンターでの相談体制も整備しています。
注意点と今後の展望
口座開設だけでは不十分
口座開設数の増加は重要な指標ですが、実際に投資を行い、継続的に資産形成に取り組むことがより重要です。口座を開設しても利用していない「休眠口座」が増えれば、真の資産形成には繋がりません。金融機関には、口座開設後のフォローアップやアフターサポートの充実が求められます。
地域特性に応じたアプローチの必要性
一律のアプローチでは地域間格差は解消されません。都市部と地方では情報へのアクセス環境、金融機関の営業体制、住民の金融リテラシーなど、様々な要因が異なります。各地域の特性を踏まえた、きめ細かい施策が必要です。
金融教育の重要性
2022年から高校での金融教育が義務化されましたが、現在の成人層に対する金融教育の機会は依然として限られています。世代や地域、職場等に偏らず学びの機会を提供し、教育の担い手も地域格差なく確保していくことが、長期的な格差解消の鍵となります。
まとめ
新NISA開始から2年が経過し、全国で2,696万口座が開設されましたが、東京都32%と青森県15%という2倍以上の地域間格差が明らかになりました。この格差の背景には、認知度・理解度の差、投資への実感の欠如、高齢化、金融リテラシーのギャップなど、複合的な要因があります。
ネット証券は商品数や手数料の優位性を活かして地方市場への進出を図り、地方銀行は対面サポートとデジタル化を両立させた戦略で対抗しています。政府目標の3,400万口座達成には、地域格差の解消が不可欠です。金融教育の充実、地域特性に応じたきめ細かいアプローチ、そして金融機関による継続的なサポート体制の構築が求められています。
投資による資産形成の機会が、居住地域によって大きく左右される現状は、是正されるべき課題です。今後、官民一体となった取り組みによって、全国どこに住んでいても等しく資産形成の機会にアクセスできる環境が整備されることが期待されます。
参考資料:
関連記事
NISAと課税口座の違い 損益通算と配当受取の実務整理ポイント
年間360万円、生涯1800万円まで使えるNISAは売却益や配当金が非課税になる一方、課税口座のような損益通算や3年の繰越控除は使えません。配当金も株式数比例配分方式を選ばないと20.315%課税されます。金融庁、国税庁、日本証券業協会の公開情報を基に、課税口座との賢い使い分けと実務上の注意点を解説。
iDeCo大改正で50代の老後資金準備が変わる
2027年1月からiDeCoの掛け金上限が大幅引き上げ、加入年齢も70歳未満に拡大されます。50代からでも間に合う老後資金準備の具体的な活用法とNISAとの使い分けを解説します。
企業型DC制度拡充で変わる老後資金の備え方
2026年4月以降に施行される確定拠出年金(DC)の制度改正を解説。企業型DCの拠出限度額引き上げやマッチング拠出の要件緩和など、老後資金準備の最新情報をお届けします。
こどもNISA創設へ、2027年から未成年も投資可能に
2026年度税制改正大綱で「こどもNISA」の創設が決定。2027年から0歳〜17歳も年間60万円まで非課税投資が可能に。ジュニアNISAの課題を解決し、子育て世帯の資産形成を後押しします。
株高でも利益伸びず、信託銀行の資産運用デフレの深層
日経平均が5万円を超える株高でも、信託銀行の収益は伸び悩んでいます。1800兆円もの資産を預かりながら利益は約4000億円に留まる背景と、資産運用立国への課題を解説します。
最新ニュース
ブラジルがBYD「奴隷労働」認定を撤回した背景と波紋
ブラジル政府が中国EV大手BYDを「奴隷労働」企業に認定後わずか2日で撤回し、認定を主導した労働監督局長を解任した。カマサリ工場建設現場で163人の中国人労働者がパスポート没収・賃金搾取の被害に遭った事件の経緯と、中国との外交関係を優先する政治判断が労働者保護を揺るがす構造的問題を読み解く。
AI半導体株高が再点火した理由 世界株高を支える成長と危うさの正体
日経平均は4月14日に5万7877円へ反発し、米ナスダックも戦争ショック後の下げをほぼ吸収しました。なぜAI・半導体株に資金が戻るのか。TSMC、ASML、Broadcom、半導体ETF、原油高との綱引きを手掛かりに、世界株高の持続条件と崩れやすさを解説します。
Amazonのグローバルスター買収 通信衛星戦略と競争環境整理
Amazonは2026年4月14日、Globalstarを総額115.7億ドルで買収すると発表しました。狙いは衛星通信網、Band n53の周波数、Apple向けサービス、そしてDirect-to-Device市場です。Starlink先行の構図の中で、Amazon Leoが何を得て何が課題として残るのかを整理します。
ANA人事騒動は何だったのか 1997年対立と統治改革の起点
1997年のANA人事騒動は、若狭得治名誉会長、杉浦喬也会長、普勝清治社長の対立が表面化し、社長候補の差し替えまで起きた統治危機でした。背景には規制緩和下での旧運輸官僚主導と生え抜き経営のねじれがありました。1999年の無配、取締役31人から19人への削減、スターアライアンス参加へつながる改革の意味を読み解きます。
ANAとJALの上級座席競争を需要回復と機材更新戦略から読む
ANAは2026年8月受領の787-9に個室型ビジネスクラス「THE Room FX」を載せ、JALは2027年度から737-8で国内線ファーストクラスを全国展開します。訪日客4268万人、訪日消費9兆4559億円、国内旅行消費26兆7746億円の時代に、航空会社が座席を上質化する収益戦略を読み解きます。