エヌビディアが描く100兆ドル市場:フィジカルAIの衝撃

by nicoxz

はじめに

「100兆ドル(1京5800兆円)のコンピューティング産業すべてが今後も再発明され続ける」。2026年1月、米ラスベガスで開催されたテック見本市「CES」で、エヌビディアのジェンスン・ファンCEOはこう宣言しました。まるで予言者のように未来を語るその姿は、AI時代の新たな産業構造を示すものでした。

生成AIブームの火付け役となったChatGPTの登場から3年。エヌビディアは単なる半導体メーカーから、AI時代のインフラを担う巨大企業へと進化しました。本記事では、ファン氏の発言の意味と、エヌビディアが見据える「フィジカルAI」という新たなフロンティアについて解説します。

「予言者」ジェンスン・ファンの軌跡

10年前の賭けが生んだ覇権

エヌビディアの成功は、一人の経営者の先見性に負うところが大きいと言われています。ジェンスン・ファン氏は10年以上前、まだ生成AIという言葉すらなかった時代に、わずかな研究成果を根拠に会社の将来をAIに賭けました。

その決断は正しかったことが証明されています。2024年6月、エヌビディアは時価総額で世界一の座に就きました。1993年にデニーズのレストランで創業してから31年。ビデオゲーム用グラフィックスカードのメーカーは、世界で最も求められるマイクロチップを作る企業へと変貌を遂げました。

『シンキング・マシン』が描く成功の軌跡

米ジャーナリスト、スティーブン・ウィット氏の著作『シンキング・マシン:ジェンスン・ファン、エヌビディア、そして世界で最も切望されるマイクロチップ』は、この成功物語を詳細に描いています。2025年のFT Schrodersビジネスブック・オブ・ザ・イヤーを受賞したこの作品は、移民の皿洗いから世界最高価値企業のCEOへと上り詰めたファン氏の半生を追っています。

ウィット氏は、エヌビディアがいかにしてAIハードウェア市場を制覇し、その過程でコンピュータそのものを再発明したかを記録しています。ファン氏本人、友人、投資家、従業員への前例のないアクセスを得て執筆されたこの作品は、テクノロジー史における重要な記録となっています。

CES 2026で示された未来像

「フィジカルAI」のチャットGPTモーメント

CES 2026の基調講演で、ファン氏は約2時間にわたってエヌビディアのビジョンを語りました。その核心は「フィジカルAI」という概念です。クラウド上で動作する「ビット」の世界が、物理的な「アトム」の世界と融合し始めたことで、すべての産業が即時の変革を迫られているというのがファン氏の主張です。

「チャットGPTモーメントがフィジカルAIにもやってくる。もうすぐだ」とファン氏は宣言しました。ちょうど1年前のCESで「ロボット工学のビッグバンが始まる」と予告していた彼は、その言葉を裏付ける具体的な成果を携えてステージに立っていました。

Rubinプラットフォームの発表

講演では、新世代AIプラットフォーム「Rubin」が発表されました。6つのチップを極限まで統合設計したこのプラットフォームは、すでに量産段階に入っています。エヌビディアはRubinによって「AIを次のフロンティアへ押し上げる」と同時に、トークン生成コストを従来の約10分の1に削減することを目指しています。

新型GPU「Vera Rubin」は、前世代のBlackwellと比較して5倍の処理能力を持ち、次世代AIデータセンターの中核を担います。パートナー企業への提供は2026年後半に開始される予定です。

50兆ドル規模のフィジカルAI市場

製造業とロボティクスの変革

エヌビディアが見据える市場規模は桁違いです。2025年3月の年次イベント「GTC 2025」でファン氏は、産業向けAIとロボット分野が今後50兆ドル(約7,500兆円)規模の市場になると強調しました。さらに、AIファクトリーを含む全体市場は100兆ドル(約1京5,000兆円)に達するとエヌビディアは予測しています。

この巨大市場の中核を担うのがヒューマノイドロボットです。テスラのイーロン・マスク氏は、2040年には100億台以上の人型ロボットが普及すると予測しています。ゴールドマン・サックスの試算では、人型ロボット市場は2035年までに380億ドル(約5.5兆円)に達する可能性があります。

Cosmos AIとAlpamayo

CES 2026では、自動運転車向けAIモデル「Alpamayo」も発表されました。Cosmos AIモデルを搭載したこのシステムは、あらゆる行動を推論できます。取るべきアクション、その判断理由、そして走行軌道の策定まで、すべてをAIが処理します。人間の運転データとCosmos AIが生成する合成データを組み合わせて学習させているのが特徴です。

ファン氏は講演で2体のロボットとともに登壇しました。これらはCosmos AIによって自律的に動作しており、Uber Eats、LG、Caterpillar、Boston Dynamicsなどの企業向けに同様のインフラが提供される予定です。

エヌビディアの投資攻勢

米国内への大規模投資

エヌビディアは今後4年間で最大5,000億ドル(約72兆円)を米国内での生産に投じる計画を発表しています。最新のAI半導体「Blackwell」とAIサーバーの生産が対象です。AI覇権をめぐる国家間競争が激化する中、サプライチェーンの確保は戦略的な意味を持っています。

OpenAIへの巨額出資

2025年9月には、OpenAIへの最大1,000億ドルの段階的出資も発表されました。総電力容量10ギガワットに及ぶ複数のデータセンターを建設する計画で、2026年後半には「Vera Rubin」チップを搭載した最初の施設が稼働する見通しです。

製薬分野への進出

AI活用の範囲は半導体やロボットにとどまりません。エヌビディアはイーライリリーと共同で、シリコンバレーに製薬向けAI研究施設を建設することを発表しました。創薬プロセスへのAI活用を加速させる狙いがあります。

ゲーミング分野も進化

DLSS 4.5の発表

CESでは一般消費者向けの発表もありました。DLSS 4.5は、ダイナミック・マルチフレーム生成、新しい6倍マルチフレーム生成モード、第2世代トランスフォーマーモデルを導入しています。すでに250以上のゲームとアプリがNVIDIA DLSS 4技術をサポートしています。

エヌビディアの強みは、エンタープライズ向けAIで得た収益をゲーミング技術にも還元し、両分野の相乗効果を生み出している点にあります。

日本が直面する課題

ヒューマノイド開発で後れをとる日本

CES 2025でファン氏が14台のヒューマノイドロボットとともに登壇した際、その中に日本企業のロボットは含まれていませんでした。ヒューマノイド開発の創業国は中国と米国が2強となっており、かつて「ロボット大国」と呼ばれた日本は存在感を失いつつあります。

民間調査によれば、ヒューマノイドを含む多用途ロボット市場は2030年頃を境に急拡大し、現状のトレンドが続けば中国が市場規模の半分以上を獲得すると予測されています。

製造業の参入機会

一方で、日本の製造業にも参入機会はあります。7,500兆円規模のフィジカルAI市場に参入するには「ヒューマノイド量産」が最も速いルートだという指摘もあります。日本が培ってきた製造技術とAI技術を組み合わせることで、新たな競争力を獲得できる可能性があります。

まとめ

ジェンスン・ファン氏がCES 2026で語った「100兆ドルのコンピューティング産業の再発明」は、単なる誇大広告ではありません。エヌビディアは数年前からこの未来を予測し、着実に布石を打ってきました。フィジカルAI、ヒューマノイドロボット、自動運転、製薬AI。これらすべてがエヌビディアのプラットフォーム上で動作する世界が、現実のものとなりつつあります。

AI時代の覇権争いは、チップメーカーの戦いから産業構造そのものを再定義する戦いへと移行しています。エヌビディアの動向は、今後数十年の産業構造を左右する重要な指標となるでしょう。

参考資料:

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