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by nicoxz

日立がフィジカルAIで挑む製造現場の知能化戦略

by nicoxz
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はじめに

日立製作所がAIで現実世界のロボットや産業機器を制御する「フィジカルAI」の開発を本格化させています。ChatGPTに代表される生成AIが言語や画像を扱う「デジタル領域」で革新を起こしてきたのに対し、フィジカルAIは工場の製造ラインやロボットの動作など「物理的な世界」をAIで制御する技術です。

日立の強みは、長年にわたり蓄積してきた製造現場の「熟練知」にあります。設計データ、仮想空間でのシミュレーション、そして現場作業者の暗黙知を学習データとして活用し、巨大テック企業にはない独自のポジションを確立しようとしています。フィジカルAI市場は2030年までに19兆円規模に成長すると見込まれており、日立の戦略は製造大国・日本の競争力を左右する重要な取り組みです。

日立のフィジカルAI戦略

オープンモデルの組み合わせアプローチ

日立のフィジカルAI開発は、独自の巨大モデルを一から構築するのではなく、技術仕様が公開された「オープン型」の複数モデルを組み合わせるアプローチを採用しています。これにより、膨大な開発コストを抑えつつ、最新の技術を迅速に取り込むことが可能になります。

この戦略を主導しているのは、先端AIイノベーションセンタの柳井孝介副センタ長です。単一の大規模モデルに依存するのではなく、制御工学、AI、ソフトウェア工学を統合することで、実際の産業現場で使えるシステムの構築を目指しています。

「熟練知」という独自の学習データ

日立がGoogleやNVIDIAといった巨大テック企業と差別化できる最大の武器は、製造現場で蓄積してきた「熟練知」のデータです。具体的には以下のようなデータが含まれます。

  • 設計データ: 産業機器の設計図面や仕様書
  • シミュレーションデータ: 仮想空間(デジタルツイン)での模擬実験結果
  • 運用データ: 実際の製造ラインから収集された稼働情報
  • 暗黙知: 熟練作業者へのインタビューや行動観察から構造化したノウハウ

社員へのインタビューや行動観察を通じて業務プロセスを構造化し、制御機器に不具合が生じた際に対応策を回答するAIを開発した実績もあります。30年以上にわたって蓄積された製造業のデータは、他社が簡単に模倣できない日立の競争優位性です。

IWIMとHMAX——2つのプラットフォーム

日立は2025年11月に「IWIM(アイウィム:Integrated World Infrastructure Model)」を発表しました。IWIMは以下の2つの要素で構成されています。

  1. 世界基盤モデル: AIの認識・推論・制御を高度化し、物理モデルとデジタルツインシミュレータを強化したもの
  2. 拡張LLM: 熟練者のノウハウと現場データで追加学習した大規模言語モデル

さらに、2026年1月のCES 2026では、NVIDIAやGoogle Cloudとの連携を発表し、AIソリューションスイート「HMAX」を展開しています。HMAXは物理的・デジタル資産から得られるデータにAIを適用し、社会インフラの課題解決を目指すものです。

フィジカルAI市場の急成長

19兆円規模の巨大市場

調査会社の米グランド・ビュー・リサーチによると、フィジカルAI市場は2030年までに約19兆円規模にまで拡大する見通しです。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOはさらに大きな展望を示しており、将来的に50兆ドル(約7,000兆円)規模になると予測しています。

特にヒューマノイドロボット分野は年平均成長率39.2%という驚異的な成長が見込まれており、10年間で14倍の市場拡大が予測されています。製造業、物流、インフラ管理など幅広い産業での活用が期待されています。

NVIDIAが主導するエコシステム

フィジカルAIの発展を強力に推進しているのがNVIDIAです。2026年1月にはフィジカルAI向けの新たなオープンモデル群やフレームワークを発表しました。主な技術は以下の通りです。

  • NVIDIA Cosmos: 物理世界のシミュレーションモデル
  • GR00T: ヒューマノイドロボット向けの基盤モデル
  • Isaac Lab-Arena: ロボット学習のためのシミュレーション環境
  • OSMO: ロボティクスワークフロー管理

Boston Dynamics、Caterpillar、LG Electronicsなど世界的な企業がNVIDIAのロボティクススタックを活用しており、日立もこのエコシステムに参画しています。

日本の製造業にとっての勝機

世界シェア46%のハードウェア力

日本は産業用ロボット生産で世界の46%を占めており、ハードウェア製造においては圧倒的な競争力を持っています。ファナック、安川電機、デンソーといった企業が世界をリードしてきました。

しかし、競争軸が変わりつつあります。「いかに精密なハードウェアを作るか」から「いかに少ないデータで多様なタスクを学習できるか」へのシフトが進んでおり、ソフトウェアとAIの重要性が増しています。日立のフィジカルAI戦略は、ハードウェアの強みにAIのインテリジェンスを掛け合わせることで、この変化に対応するものです。

常設展示コーナーの新設

日立は2026年春に、東京・丸の内のLumada Innovation Hub Tokyo内に「フィジカルAI常設展示コーナー」を新設する計画を発表しています。HMAXをはじめとするフィジカルAIのユースケースを体験できる場を設け、顧客企業への浸透を加速させる狙いです。

注意点・展望

フィジカルAIの実用化にはいくつかの課題が残っています。まず、安全性の確保です。AIが物理的な機械を制御する以上、誤動作は人命に関わるリスクがあります。日立が制御工学とAIの統合を重視している背景には、この安全性への配慮があります。

また、オープンモデルの組み合わせアプローチは柔軟性がある反面、モデル間の整合性や統合テストの負荷が大きくなる可能性があります。製造現場ごとに異なる条件への適応も、実用化の鍵を握ります。

市場全体の見通しとしては、2026年がフィジカルAIの「実用化元年」になるとの見方が強まっています。CES 2026でもフィジカルAIは最大のテーマの一つとなりました。日立がNVIDIAとの連携を軸にどこまで市場を開拓できるかが注目されます。

まとめ

日立のフィジカルAI戦略は、製造現場で蓄積された「熟練知」を最大の武器にしています。オープンモデルの組み合わせ、NVIDIAとの連携、IWIMやHMAXといったプラットフォームの展開により、巨大テック企業とは異なるアプローチでフィジカルAI市場に挑んでいます。

2030年に19兆円規模に達すると予測されるフィジカルAI市場において、日本の製造業が持つハードウェアの強みとAIを融合させることは、国際競争力を維持するための重要な戦略です。日立の取り組みは、日本のものづくりの未来を占う試金石と言えるでしょう。

参考資料:

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