パウエルFRB議長、刑事捜査でトランプ政権と全面対決
はじめに
米連邦準備理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長が、自身への刑事捜査に対してビデオメッセージでトランプ米大統領を批判する異例の対応をとりました。従来、政治への言及を避けてきた姿勢から一変した強硬な態度です。
2026年1月11日、パウエル議長はFRB本部の改修工事をめぐる議会証言に関連して、司法省から大陪審への召喚状を受け取ったと公表しました。しかし同議長は、この捜査は実際には利下げを求めるトランプ政権からの「威嚇」だと断じています。
パウエル議長の任期は5月に満了を迎えます。トランプ大統領によるFRB支配が現実味を帯びる中、中央銀行の独立性をめぐる攻防が激化しています。
刑事捜査の概要
捜査の内容
ワシントンD.C.連邦検事局は、FRBとパウエル議長に対する刑事捜査を開始しました。捜査の表向きの理由は、FRB本部の約25億ドル(約4,000億円)規模の改修工事と、それに関するパウエル議長の2025年6月の議会証言です。
司法省はFRBに対し、刑事訴追の可能性を示唆する大陪審への召喚状を送付しました。パウエル議長が改修工事の規模について偽証したかどうかも捜査対象とされています。
ニューヨーク・タイムズの報道によれば、この捜査は連邦検事が2025年11月に承認したとのことです。
トランプ大統領の反応
トランプ大統領はNBCニュースのインタビューで、捜査への関与を否定しました。「私は何も知らない。ただ彼(パウエル)はFRBではあまり優秀ではないし、建物を建てることも得意ではない」と述べています。
パウエル議長の異例の声明
ビデオメッセージの内容
パウエル議長は1月11日夜、FRBの公式Xアカウントを通じて約2分間のビデオメッセージを公開しました。硬い表情で「刑事訴追の脅しは、FRBが大統領の好みではなく、公益に最善と判断した金利を設定した結果だ」と述べました。
さらに「これはFRBが引き続き証拠と経済状況に基づいて金利を設定できるか、あるいは金融政策が政治的圧力や威嚇に左右されるかの問題だ」と強調しています。
従来の姿勢からの転換
パウエル議長はこれまで、FRB議長として政治的発言を極力控えてきました。今回のビデオ声明でトランプ大統領を名指しで批判したことは、異例中の異例です。
この姿勢の転換は、中央銀行の独立性が深刻な脅威にさらされているという危機感の表れと見られています。
トランプ政権との対立の背景
継続的な利下げ圧力
トランプ大統領は2025年2月の就任以来、FRBに対して繰り返し利下げを要求してきました。パウエル議長を「頑固者」「間抜け」「大敗者」などと公に批判し、解任をちらつかせてきました。
2025年12月、FRBが0.25ポイントの利下げを決定した際も、トランプ大統領は「少なくとも2倍にすべきだった」と不満を表明しました。さらに「1年後には金利を1%、あるいはそれ以下にしたい」との希望を述べています。
「トランプ・ルール」の宣言
トランプ大統領はSNSに「THE TRUMP RULE(トランプ・ルール)」と題する投稿を行い、「市場が好調なら金利を下げ、理由もなく市場を破壊しない」FRB議長を望むと宣言しました。
「私に同意しない者は絶対にFRB議長にならない」とも明言し、次期議長人事を通じてFRBをコントロールする意図を隠していません。
次期議長候補
パウエル議長の任期は2026年5月に満了します。後任候補としては、元FRB理事のケビン・ウォーシュ氏や国家経済会議(NEC)ディレクターのケビン・ハセット氏の名前が挙がっています。
いずれもトランプ大統領の低金利志向に親和的とされ、次期議長がFRBの政策方針を大きく変える可能性が指摘されています。
中央銀行の独立性とは
独立性が必要な理由
中央銀行の政府からの独立性は、長い歴史の中で生み出された「人類の英知の産物」とされています。政府が金融政策に強く関与すれば、緩和的な政策に偏りやすく、それが通貨価値の下落やインフレを招いて国民生活を損なうリスクがあるためです。
トルコでは大統領が中央銀行に利下げを強いた結果、通貨が暴落して経済が混乱した例があります。
FRBの独立性の歴史
FRBの金融政策の独立性は発足当初から確立されていたわけではありません。第二次世界大戦後、1951年のFRBと財務省の協定により、金融政策の独自性が認められるようになりました。
1970年代にはリンドン・ジョンソン、リチャード・ニクソン両大統領がFRBに低金利を要求しました。その後、ポール・ボルカー議長が政策金利を過去最高の20%まで引き上げてインフレを抑制し、中央銀行の独立性の重要性を実証しました。
歴代議長による警告
2019年、ボルカー、グリーンスパン、バーナンキ、イエレンの歴代FRB議長4氏が連名で、FRBの政治からの独立の重要性を説く論説をウォールストリート・ジャーナルに寄稿しました。
「FRBとその議長は独立して行動し、経済の利益に最大限かなうために活動することを認められ、短期的な政治圧力を受けるべきではない」と表明しています。
市場と経済への影響
金融政策の見通し
JPモルガンのアナリストは「FRBは2026年中、金利を据え置く可能性が高い」と予測しています。皮肉なことに、これはトランプ政権の利下げ目標に逆行する結果となりかねません。
パウエル議長への刑事捜査が、むしろFRBの態度を硬化させ、利下げを遠ざける可能性があるとの見方もあります。
市場の反応
パウエル議長の刑事捜査報道を受けて、米国債利回りが上昇しました。中央銀行の独立性への懸念から、投資家がリスク回避的になっている様子がうかがえます。
長期的には、FRBの独立性が損なわれれば、インフレ期待の上昇や通貨価値の下落につながりかねないとの懸念が専門家から示されています。
今後の展望と注意点
政治と経済の分岐点
今回のパウエル議長への刑事捜査は、単なる建物改修の問題ではなく、民主主義国家における中央銀行の独立性という根本的な問題を突きつけています。
上院銀行委員会のトム・ティリス議員(共和党)は、この法的問題が完全に解決されるまで、トランプ大統領が指名するパウエル後任候補やFRB理事候補に反対すると表明しています。
FRB理事解任の動きも
トランプ政権はクック理事の解任も検討しているとされています。これに対し、ノーベル賞受賞者を含む約600名の著名な経済学者が、中央銀行の独立性という原則を脅かすものだとして反対の公開書簡を発表しました。
パウエル議長の今後
パウエル議長の議長としての任期は5月に終了しますが、FRB理事としての任期は2028年1月まで続きます。次期議長が就任しても、理事として残留する可能性があります。
パウエル議長は声明で「職務を継続する」と明言しており、刑事捜査を理由に辞任する意思はないことを示しています。
まとめ
FRBパウエル議長への刑事捜査は、表面上はFRB本部の改修工事をめぐる問題ですが、本質的にはトランプ政権による中央銀行への政治介入の一環と見られています。
パウエル議長が異例のビデオ声明で大統領を批判したことは、FRBの独立性が深刻な脅威にさらされていることの表れです。5月の議長任期満了を前に、次期議長人事を含めた攻防がさらに激化する可能性があります。
中央銀行の独立性は、健全な経済運営の基盤です。今回の事態が米国経済、ひいては世界経済にどのような影響を及ぼすか、注視が必要です。
参考資料:
- FRBに司法省が召喚状、訴追も示唆―パウエル議長は断固たる姿勢表明 | Bloomberg
- Fed Chair Powell says he’s under criminal investigation, won’t bow to Trump intimidation | CNBC
- 米政権、FRB議長を刑事捜査 独立性維持、重大局面に | 時事ドットコム
- Greenspan, Bernanke, Yellen and other past officials say Trump using ‘prosecutorial attacks’ to undermine Fed | CNBC
- 揺らぐ中央銀行の独立性:FRBと日本銀行の経験 | 野村総合研究所
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