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by nicoxz

人口1300人の村から1個100円の卵がミシュラン店へ届く理由

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はじめに

岡山県の北東端、鳥取県との県境に位置する西粟倉村は、人口約1,300人の小さな村です。面積の95%以上を森林が占め、典型的な中山間地域に分類されます。その村のなかでも、わずか20世帯40人ほどの集落に移住した起業家が、1億円規模の事業を目指して奮闘しています。

耕作放棄地でニワトリを平飼いし、1個100円の有精卵を生産。その卵はミシュランガイド掲載店にも供給されています。過疎地の「ないもの」ではなく「あるもの」に着目した、資源循環型ビジネスの挑戦を追いました。

自販機もない集落で始まった養鶏事業

住友林業からの転身と移住の決断

合同会社セリフの代表・羽田知弘氏は1989年生まれ、愛知県津島市の出身です。三重大学を卒業後、住友林業フォレストサービス株式会社に入社しました。その後、2015年に西粟倉村へ移住しています。移住のきっかけは、村が推進する「百年の森林構想」に共感したことでした。

移住後は林業関連の仕事に携わりながら、2020年に自宅でニワトリの飼育を開始しました。4年間にわたり複数の鶏種を試験飼育し、飼料の配合や飼育環境を研究した末、2022年に合同会社セリフを設立。本格的な養鶏事業へと舵を切りました。

耕作放棄地を養鶏場へ転換

西粟倉村に限らず、日本各地で耕作放棄地の増加は深刻な問題です。農林水産省の定義では、過去1年以上作物を作付けせず、今後も作付けの意思がない農地を指します。羽田氏はこの遊休農地に注目し、平飼い養鶏の場として活用することにしました。

2024年11月、約400平方メートルの木造鶏舎が完成しました。鶏舎には村内から伐り出した間伐材を使用し、床材には木材工場から出るおが粉や落ち葉を敷いています。建材から敷料まで、すべて地域資源で賄うという徹底ぶりです。ここで純国産鶏「後藤もみじ」の雄と雌を合わせて640羽飼育し、2024年12月から有精卵の生産が始まりました。

地域資源を循環させる仕組み

輸入飼料に頼らない自家配合発酵飼料

セリフの養鶏事業で最も特徴的なのは、飼料の調達方法です。一般的な養鶏では、輸入トウモロコシや大豆粕を主原料とした配合飼料が使われています。しかしセリフでは、地域で利用されていない資源を飼料化する独自のアプローチを採用しています。

具体的には、規格外の米や麦、草刈り時に発生する青草、米ぬかなどを収集し、自家配合の発酵飼料を製造しています。国産由来の原料のみを使用することで、輸入飼料への依存から脱却し、飼料自給率の向上にも貢献しています。発酵飼料はニワトリの腸内環境を整える効果があり、健康な鶏が質の高い卵を産むという好循環が生まれています。

鶏糞から米へ、循環する資源の輪

資源循環はニワトリの排泄物にまで及びます。鶏糞は堆肥化され、田畑の肥料として活用されます。その田畑で育った米はニワトリの飼料となり、再び卵の生産につながります。セリフでは卵だけでなく米の生産販売も手がけており、養鶏と稲作を組み合わせた複合的な循環モデルを構築しています。

飼育密度を低く保つ平飼い方式により、ニワトリはストレスの少ない環境で育ちます。雄と雌を一緒に飼育する有精卵生産は、受精率を維持するための適切な飼育管理が求められますが、その分だけ卵の品質に対する信頼性が高まります。

1個100円の卵が評価される理由

ミシュラン掲載店への供給実績

セリフが生産する有精卵は1個100円という価格設定です。スーパーで販売される一般的な卵が1個あたり20円から30円前後であることを考えると、3倍から5倍の高価格帯に位置します。それでも引き合いは強く、ミシュランガイド掲載店をはじめとする高級飲食店から注文が入っています。

高級料理店が求めるのは、安定した品質と明確なストーリーです。地域の未利用資源を飼料化し、耕作放棄地で平飼いするという生産過程は、食材の背景を重視するシェフたちの共感を呼んでいます。2025年1月から全国販売を開始し、オンラインストアを中心に鶏卵のほか、マヨネーズやスモークチキンなどの加工品も展開しています。

1億円事業を目指す成長戦略

羽田氏が掲げる目標は、この小さな集落で1億円規模の事業を育てることです。卵と加工品の販売に加え、養鶏場での体験ワークショップなど、複数の収益源を組み合わせた事業モデルを構想しています。西粟倉村では過去15年間で50社以上の企業が誕生し、合計売上は23億円を超えています。セリフの養鶏事業は、この「起業の村」の最新事例として注目を集めています。

注意点・展望

高級卵ビジネスには課題もあります。平飼いは飼育密度が低いため、ケージ飼いと比較して同じ面積あたりの生産量が少なくなります。1個100円という価格を維持するには、品質とブランド力の継続的な向上が求められます。飼料の安定確保も重要で、地域の未利用資源は季節や年によって供給量が変動する可能性があります。

西粟倉村は2008年に「百年の森林構想」を掲げ、林業を軸とした地域再生に取り組んできました。この構想をきっかけに移住者が増加し、村の人口に占める移住者とその子どもの割合は約2割に達しています。養鶏事業のような農業分野への展開は、林業中心だった村の産業構造に新たな層を加えるものです。

過疎地の未利用資源を活かした循環型ビジネスモデルは、同様の課題を抱える全国の中山間地域にとっても参考になる取り組みといえます。

まとめ

人口1,300人の西粟倉村、そのなかでもわずか20世帯40人の集落から、ミシュラン掲載店に届く1個100円の卵が生まれています。耕作放棄地の活用、地域の未利用資源を飼料化する資源循環、平飼いによる高品質な有精卵の生産という一連の仕組みは、過疎地だからこそ実現できるビジネスモデルです。

「起業の村」として知られる西粟倉村の挑戦は、地方の可能性を再定義する試みでもあります。限界集落の「限界」を、新たな価値創造の「起点」に変える取り組みは今後も広がっていくでしょう。

参考資料:

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