訪日ロシア人が過去最多、欧州より容易なビザが後押し
はじめに
日本政府観光局(JNTO)の統計によると、2025年1月〜11月のロシアからの訪日客数は18万6,700人となり、年間総数で過去最多を記録しました。ウクライナ侵攻を受けて日ロ関係が悪化するなか、なぜロシア人観光客は増加しているのでしょうか。
背景には、欧州連合(EU)がロシア人へのビザ取得を厳格化する一方で、日本では比較的容易にビザが取得できることがあります。加えて、日本のアニメやポップカルチャーへの関心、円安による割安感も追い風となっています。
本記事では、訪日ロシア人が急増している理由と、その背景にある日ロ関係の現状について解説します。
訪日ロシア人が倍増
2025年は過去最多のペース
2025年に日本を訪れたロシア人は、前年から倍増のペースで推移しています。1月〜8月の累計で約10万8,000人に達し、11月までの累計では18万6,700人を記録しました。ロシア観光産業組合のディミトリ・ゴリン副会長は、2025年通年では2024年の約10万人から倍増すると見通しを示しています。
モスクワの在ロシア日本大使館前では、観光ビザを求めるロシア人の長蛇の列ができています。12月のある平日には、氷点下10度の寒空の下、早朝から多くの人が並んでいました。
消費額も高水準
2025年4〜6月期の訪日ロシア人の1人当たり消費額は32万9,977円で、全市場の平均(23万8,693円)を約9万円上回りました。内訳を見ると、宿泊費が13万297円と最も大きく、買物代が8万4,482円、飲食費が6万9,457円と続いています。
滞在日数が比較的長く、日本各地を周遊する傾向があるため、1人当たりの消費額が高くなっています。
なぜ日本なのか
欧州より容易なビザ取得
訪日ロシア人が急増している最大の理由は、日本のビザ取得が欧州に比べて容易なことです。在ロシア日本大使館によると、ロシア人の観光ビザは手数料無料で、最短4日間で取得できます。
一方、欧州連合(EU)は2022年のウクライナ侵攻後、ロシア人へのビザ優遇措置を廃止しました。申請料金は従来の倍以上に引き上げられ、提出書類も増えています。ビザ取得までに1カ月以上かかることも珍しくありません。
ある会社員の女性(24歳)は「欧州に行くためのビザは1カ月以上待つこともあるが、日本の場合は数日で手に入る」と話し、2026年3月に桜を見に日本を訪れる予定だといいます。
反ロシア感情の薄さ
もう一つの理由として、日本国内の反ロシア感情が欧州に比べて希薄であることが挙げられます。30代のロシア人男性は「政府は日本を『非友好国』というが、欧州で感じるロシア人差別が日本にはない」と話しています。
ウクライナと国境を接する欧州諸国では、ロシアへの反発が根強く、ロシア人観光客が歓迎されないケースもあります。地理的に離れた日本では、そうした緊張感が薄いことが訪日の心理的ハードルを下げています。
円安とルーブル高の追い風
経済的な要因も大きいです。2025年はロシアの通貨ルーブルが対ドルで上昇し、同時に円安が進行しました。この結果、ロシア人にとって日本旅行の費用に割安感が生まれています。
ロシア国内では景気回復により実質賃金が上昇しており、海外旅行に出かける余裕のある層が増えています。従来人気だった欧州への渡航が難しくなるなか、日本が新たな旅行先として選ばれるようになりました。
アニメと日本文化への関心
「幼い頃からアニメを見ていた」
ロシア人の間では、日本のアニメやポップカルチャーへの関心が高いことも訪日増加の一因です。あるロシア人観光客は「幼い頃から日本のアニメを見ていて、絶対に行こうと思っていた。ようやく本場に来られてうれしい」と話しています。
JNTOの調査によると、ロシア人が関心を持つ日本文化として「アニメ」が30%でトップ、「コンピュータゲーム」が25%、「J-Popを含むポップ音楽」が23%、「漫画」が21%となっています。
ロシア国内でも日本文化人気
ロシア国内でも日本のコンテンツは人気を集めています。ファストフードチェーンの「バーガーキング」はアニメ『進撃の巨人』とのコラボキャンペーンを実施し、マクドナルドの後継店は2025年7月にハローキティ・バーガーを発売して話題になりました。
こうした日本文化への日常的な接触が、「いつか日本に行きたい」という憧れを生み、実際の訪日につながっています。
複雑な日ロ関係の現実
ロシアの「非友好国」指定
一見矛盾するようですが、ロシア政府は日本を「非友好国」に指定しています。2022年3月に公表された「非友好的な国と地域のリスト」には、G7全加盟国とEU全加盟国(27カ国)を含む48の国・地域が掲載されています。
日本は、ウクライナ侵攻を受けてロシアに対する厳しい経済制裁を科しています。資産凍結、輸出規制、SWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア銀行排除など、G7と連携した対応を取ってきました。
平和条約交渉の中断
ロシア側も対抗措置を取っています。2022年3月には平和条約交渉を継続しないと表明し、北方四島をめぐる交流事業「ビザなし交流」の合意を一方的に破棄しました。岸田前総理大臣を含む日本の政治家に対する入国禁止措置も発動されています。
日本の外務省も「政府間での日露の文化・人的交流を基本的に見送る」方針を示しています。日本センターの閉鎖も決定されるなど、公式な交流は冷え込んだ状態が続いています。
民間レベルでは継続
しかし、政府間関係の悪化と、民間レベルの観光交流は別の動きを見せています。日本政府はロシア人観光客に対するビザ発給を継続しており、厳格化措置も取っていません。これが結果的に、欧州への渡航が難しくなったロシア人を日本に引き寄せる要因となっています。
過去には、2012年に日露査証簡素化協定が署名され(2013年発効)、2017年には両国で査証緩和措置が開始されていました。こうした制度的な基盤がウクライナ侵攻後も維持されていることが、訪日ロシア人増加の背景にあります。
注意点と今後の展望
直行便の運休という課題
欧州の多くの国がロシアとの直行便を禁止するなか、日本も同様の状況にあります。現在、ロシアから日本への直行便は運休しており、ロシア人観光客は中国や中東経由で訪日しています。
移動の不便さにもかかわらず訪日客が増加していることは、日本への関心の高さを示しています。ただし、今後の日ロ関係の推移によっては、ビザ政策が変更される可能性も否定できません。
インバウンド全体の好調
訪日ロシア人の増加は、日本のインバウンド市場全体の好調を反映しています。2025年上半期の訪日外国人数は2,151万8,100人と過去最多を記録し、前年同期比21%増となりました。
ロシア市場は全体に占める割合は小さいものの、1人当たり消費額の高さから、インバウンド収入への貢献は無視できません。今後も円安が続けば、ロシアを含む海外からの観光需要は堅調に推移すると見られています。
まとめ
2025年の訪日ロシア人数は過去最多を記録しました。その背景には、欧州より容易なビザ取得、日本国内の反ロシア感情の薄さ、円安による割安感、そしてアニメをはじめとする日本文化への根強い関心があります。
ウクライナ侵攻を受けて日ロの政府間関係は悪化していますが、民間レベルの観光交流は活発化するという「ねじれ」が生じています。この現象は、外交と民間交流が必ずしも連動しないことを示す興味深い事例といえるでしょう。
参考資料:
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