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by nicoxz

坂本花織が現役引退へ、銀メダルから指導者の道を歩む決意

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はじめに

2026年2月19日(現地時間)、ミラノ・コルティナ冬季五輪のフィギュアスケート女子シングルで、坂本花織選手が合計224.90点で銀メダルを獲得しました。北京五輪の銅メダルを上回る成績で、3度目にして最後の五輪を締めくくった坂本選手は、今季限りでの現役引退を正式に表明しています。

引退後は指導者の道を歩む意向を明かしており、「大技がなかなかできない子がいたら、私を参考にしてほしい」という言葉は、トリプルアクセルや4回転ジャンプなしで世界女王に3度輝いた自身の経験に裏打ちされたものです。本記事では、坂本選手のミラノ五輪での活躍、大技なしで世界の頂点に立ち続けた強さの秘密、そして師匠・中野園子コーチから受け継ぐ指導者としての未来について詳しく解説します。

ミラノ五輪での集大成の演技

ショートプログラムからフリーへ

坂本選手はショートプログラムで77.23点を記録し、2位で発進しました。「満足度高い。すごく楽しんで滑り切れた」と笑顔で語った坂本選手は、最後の五輪を存分に楽しむ姿勢を見せていました。

続くフリースケーティングでは、エディット・ピアフの名曲「愛の讃歌」に乗せて演技を披露しました。冒頭のダブルアクセル、トリプルフリップ、トリプルルッツ+ダブルトゥループのコンビネーションを次々と成功させ、後半でも3連続ジャンプやトリプルループを着氷。終盤にコンビネーションが単独のトリプルフリップになるミスこそありましたが、大きな崩れなく演技をまとめ上げました。フリーの得点は147.67点、演技構成点では74.84点という高評価を獲得しています。

銀メダルの価値と日本勢ダブル表彰台

最終結果は、金メダルがアリサ・リュウ選手(アメリカ)の226.79点、銀メダルが坂本選手の224.90点、銅メダルが17歳の中井亜美選手の219.16点でした。わずか1.89点差の惜敗でしたが、坂本選手は「目標にしてた団体個人銀以上は、なんとかギリギリできたので、まあそこは目標達成として自分をほめたいかなと思います」とコメントしています。

特筆すべきは、日本女子フィギュアスケート史上初のダブル表彰台を実現したことです。また、坂本選手は個人と団体の両方で銀メダルを獲得し、2大会連続で両種目のメダルを手にした日本女子初の快挙も達成しました。演技を終えた坂本選手が中野園子コーチと抱き合い、涙を流す姿は多くの視聴者の心を打ちました。

エキシビションでのラストダンス

2月21日(現地時間)に行われたエキシビションでは、新プログラム「ア・ミリオン・ドリームス」を披露しました。このプログラムには、「アメリ」「WOMAN」「Baby, God Bless YOU」など、これまでのキャリアで滑ってきた演目の振付が随所に取り入れられており、まさに集大成の舞でした。「ここでやってきたっていうのを見せたいと思った」と語った坂本選手は、演技の最後に目元を拭う場面もあり、万感の思いで五輪のリンクに別れを告げました。

大技なしで世界を制した唯一無二のスケーター

トリプルアクセルも4回転もない構成で戦い続けた理由

坂本選手の最大の特徴は、トリプルアクセルや4回転ジャンプといった「大技」を持たずに世界のトップに君臨し続けたことです。ミラノ五輪の上位5選手の中で、トリプルアクセルを跳ばなかったのは坂本選手だけでした。

実は坂本選手は今季に入るまでトリプルアクセルの習得に挑戦しており、9月の木下杯の直前まで練習を重ねていたことを明かしています。「今までで一番惜しいところまではいっていた」と語っており、技術的には成功の一歩手前まで到達していました。しかし、最終的にはリスクを取るよりも、自身の強みを最大限に活かす選択をしました。

「これが自分のやり方」という坂本選手の言葉には、大技を求める一部の声との葛藤を乗り越えた覚悟が込められています。トリプルアクセルや4回転がなくても勝てることを証明し続けた坂本選手の存在は、フィギュアスケートにおける「勝ち方」の多様性を示すものでした。

スケーティングの質と表現力という武器

では、大技なしで坂本選手はなぜ世界と戦えたのでしょうか。その秘密は3つあります。

第一に、圧倒的なスケーティング技術です。リンクのフェンスギリギリまで迫るほどダイナミックな滑走で、大きく弧を描きながらリンク全体を使い切るスケーティングは、審判に「雄大さ」を強く印象付けました。スケーティングスキルの評価では、大技を持つライバルたちを上回り、世界ナンバーワンの評価を得ています。

第二に、ジャンプの質の高さです。坂本選手のジャンプは高さ、幅(飛距離)、着氷の流れが揃った「教科書のような美しさ」が特徴です。踏切のプレローテーションを抑え、空中姿勢の軸ブレが少なく、着氷では膝と足首の連動でショックを吸収しながら前方向への伸びを確保します。この質の高さが、出来栄え点(GOE)での大きな加点につながりました。

第三に、音楽との一体感から生まれる表現力です。スピードに乗った大きな滑り、無理のない流れで決まるジャンプ、音楽を体で語る表現力。この3つが噛み合うことで、世界大会でも安定して高得点を重ねられたのです。世界選手権3連覇(2022年〜2024年)という偉業は、まさにこの総合力の結晶でした。

指導者としての新たな挑戦

21年間の師弟関係から受け継ぐバトン

坂本選手が指導者を目指す背景には、4歳から21年間にわたって師事してきた中野園子コーチとの深い絆があります。坂本選手は4歳の時にNHK連続テレビ小説「てるてる家族」のフィギュアスケートシーンを見てスケートに憧れ、神戸でスケートを始めました。以来、中野コーチとグレアム充子コーチの指導のもとで技術を磨き続けてきました。

中野コーチは「何でそんな簡単なジャンプが跳べへんの!」と厳しい檄を飛ばすこともあった一方、試合で良い演技をすれば惜しみなく褒める指導者でした。坂本選手は「普段厳しい分、試合で良かったら褒めてもらえるギャップがめっちゃ大好きだった」と振り返っています。小学生の時に将来の夢を聞かれ「中野先生」と答えたというエピソードからも、幼い頃から指導者への憧れがあったことがうかがえます。

ミラノ五輪後、中野コーチは坂本選手に「今度はあなたが金メダリストを育てなさい」と涙ながらに語りかけました。また、「今度は技術を教えることを教えていかないと」とエールを送り、長年の師弟関係で培われたバトンを引き渡す姿は感動を呼びました。

「令和版の中野先生」を目指して

坂本選手は2025年6月に引退を表明した際、セカンドキャリアとしてインストラクターを目指すことを明かしています。エキシビション後のインタビューでは、「令和版の中野先生でいきたいなと思います。愛もあって、厳しくできるコーチになれたらいいなと思います」と具体的な目標を語りました。

「大技がなかなかできない子がいたら、私を参考にしてほしい」という言葉は、単なる謙遜ではありません。トリプルアクセルや4回転を跳べなくても、スケーティングの質と表現力を磨けば世界のトップに立てるという実証済みのメソッドを、次世代に伝えたいという強い意志の表れです。指導者として教え子を五輪に連れていくという目標も掲げており、地元・神戸を拠点に後進の育成に携わる意向を示しています。

今後の展望と注目点

坂本選手の指導者転身が注目される理由は、その独自のスケーティングスタイルを体系的に伝承できるかどうかにあります。4回転ジャンプを武器にする選手が増える女子フィギュアスケート界において、「大技に頼らない勝ち方」を指導できるコーチの存在は貴重です。

ただし、選手として優れた実績を持つことと、指導者として成功することは必ずしもイコールではありません。坂本選手自身も「技術を教えること」を新たに学ぶ必要があると認識しており、中野コーチからの助言も受けながら指導者としてのスキルを身につけていく方針です。

今後は日本スケート連盟のコーチ資格取得に向けた動きや、実際にどの拠点で指導を始めるのかにも注目が集まります。神戸を拠点にする可能性が高いとみられますが、中野コーチが築いてきた指導体制をどのように引き継ぎ、発展させていくのかが今後の焦点となるでしょう。

2030年のソルトレークシティ冬季五輪まであと4年。坂本選手が語った「教え子を五輪に連れていく」という夢が実現するかどうか、長いスパンで見守りたいところです。

まとめ

坂本花織選手は、ミラノ・コルティナ五輪で銀メダルを獲得し、3度の世界女王という華々しいキャリアに幕を閉じました。トリプルアクセルや4回転ジャンプなしで世界のトップに立ち続けた唯一無二の存在として、フィギュアスケート史にその名を刻んでいます。

引退後は、21年間の師弟関係で中野園子コーチから受け継いだ指導哲学を胸に、「令和版の中野先生」として次世代の育成に取り組みます。「大技がなくても勝てる」ことを自ら証明した坂本選手だからこそ伝えられるメッセージがあり、その指導者としての歩みは、日本フィギュアスケート界の未来を左右する重要な一歩となるでしょう。

参考資料:

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