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by nicoxz

初任給アップでも重い物価高と変わる賃金カーブの現在地を読む視点

by nicoxz
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はじめに

日本企業の初任給は、ここ数年ではっきり上がっています。大手企業が30万円前後の初任給を打ち出す例も増え、就職市場では「初任給インフレ」ともいえる状況が起きています。数字だけ見ると、新社会人の待遇は大きく改善しているように見えます。しかし、生活実感はそれほど軽くありません。物価が上がり、手取りの負担感が強く、さらに将来の賃金カーブも過去ほど右肩上がりではなくなっているからです。

初任給を考えるうえで重要なのは、額面の増額だけを追わないことです。いま問われているのは、最初の一歩でどれだけもらえるかだけでなく、そのお金でどれだけ暮らせるか、そして数年後にどれだけ伸びるかです。本稿では、最新の公表データと調査を基に、初任給の「見かけ」と「実感」の差を整理します。

名目の初任給は確かに上がっている

大卒初任給の上昇と企業の賃上げ競争

JILPTが厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を基に整理した最新データによると、2025年の新規学卒者の所定内給与額は、大学卒で男性26万4900円、女性25万9700円でした。2024年はそれぞれ25万1300円、24万4900円であり、1年で1万円超の上昇です。2023年の男性24万0300円、女性23万4300円と比べると、上昇ペースはさらに鮮明です。新卒人材の獲得競争が、初任給を押し上げていることがわかります。

企業全体の賃上げ姿勢も強まっています。帝国データバンクの2026年度調査では、企業の63.5%が賃金改善を見込み、58.3%がベースアップを予定していました。理由の首位は「労働力の定着・確保」で74.3%です。つまり、初任給アップは景気の勢いだけでなく、人手不足に対応する採用・定着戦略として進んでいる面が強いです。

ただし統計上の初任給と体感は別物

ここで注意したいのは、統計の初任給は「新規学卒者の所定内給与額」であり、通勤手当を含む一方、手取り額そのものではない点です。社会保険料や税金が引かれた後の金額とは異なります。マイナビ転職の2025年調査では、2025年入社の新入社員の平均月収は23.4万円でした。こちらは企業横断の実態感に近い指標ですが、所定内給与と単純比較はできません。

それでも共通しているのは、初任給の上昇が確かに進んでいることです。マイナビニュースが報じたWeCapital調査でも、新卒入社3年以内の社会人の初任給帯は「18万〜21万円未満」が33.1%で最多でしたが、「21万〜24万円未満」も23.0%に達していました。数年前と比べれば、20万円台前半が珍しくない水準になっています。

物価高と賃金カーブの変化が重くのしかかる現実

実質賃金が示す見かけと実感の差

名目賃金が上がっても、生活が楽になるとは限りません。厚労省の2025年分毎月勤労統計を基にした報道では、年間の現金給与総額は前年比2.3%増えた一方、実質賃金は1.3%減で4年連続のマイナスでした。消費者物価指数は3.7%上昇しており、賃上げより物価の伸びが上回っています。初任給の増額ニュースに比べ、体感が冷めやすいのは当然です。

WeCapital調査でも、この感覚ははっきり出ています。現在の手取り額に「満足していない」と答えた人は52.3%で、生活が「ギリギリ足りている」または「不足している」とした人は35%程度でした。さらに、総務省統計局の単身世帯の月間消費支出平均16万9547円を踏まえると、家賃や光熱費、通信費がかさむ都市部では、初任給の多くが生活基盤の維持で消えやすい構造です。額面アップが、そのまま自由に使えるお金の増加にはつながりにくいのです。

右肩上がりが弱まる賃金カーブ

もう一つの変化は、将来の伸び方です。JILPTの長期統計やリクルートワークス研究所の分析では、日本の賃金カーブはフラット化しています。ワークス研究所は、かつての日本企業には、若いうちは実際のパフォーマンスより低く、中高年で高く払う「後払い賃金」の色合いが強かったと説明しています。しかし、25〜29歳を100とした賃金指数でみると、ピークだった45〜49歳の賃金水準は、2003年の157.8から2023年には138.8まで縮小しました。

これは重要な意味を持ちます。かつては初任給が多少低くても、年齢と勤続で回収できるという発想がありました。いまはその前提が弱まっています。だから企業は初任給を上げて若手を引きつける一方、社員側は「最初からある程度もらえないと将来も不安」と考えるようになります。初任給競争が激しくなるのは、入り口の魅力が相対的に重くなった裏返しでもあります。

注意点・展望

このテーマで誤解しやすいのは、「初任給が上がったのだから若手は恵まれている」と見ることです。確かに上昇は事実ですが、初任給の統計値と手取り、生活実感、将来賃金は別の話です。僕と私と社の2026年卒調査では、6割以上が「心身を壊さず働ける環境」を期待していました。若手が見ているのは額面だけではなく、暮らしの安定と働き続けられる環境です。

今後は、企業間で初任給の引き上げ競争が続く一方、既存社員との逆転や賃金体系全体の歪みも課題になります。入り口だけを上げても、中堅層の処遇や成長機会が伴わなければ組織の納得感は損なわれます。初任給の上昇が一時的な採用対策で終わるのか、賃金制度全体の見直しにつながるのかが次の焦点です。

まとめ

いまの初任給事情は、「額面アップ」と「生活の重さ」が同時に進む時代の縮図です。大学卒の初任給は確かに上がり、企業の賃上げ意欲も高まっています。しかし、物価上昇で実質賃金はなお弱く、単身生活のコストや税・社会保険料の負担が、手取り感覚を押し下げています。さらに賃金カーブのフラット化で、将来の回収期待も以前ほど強くありません。

初任給を評価するときは、何万円上がったかだけでなく、何が差し引かれ、何が買え、数年後にどう伸びるのかを見る必要があります。名目の上昇は明るい材料ですが、若手の安心感を左右するのは、実質の購買力とキャリア全体での賃金の見通しです。

参考資料:

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