スバル群馬製作所の関税リスク 世界生産6割集中の実態
はじめに
自動車メーカー・スバル(SUBARU)は、世界生産の約6割を群馬県太田市の群馬製作所に集中させるという、日本の自動車メーカーの中でも極めて特徴的な生産体制を維持しています。この戦略は効率的な生産を可能にする一方で、米国の関税政策という外部要因に対して大きな脆弱性を抱えることになりました。本記事では、スバルの生産体制がもたらす地域経済への影響、関税リスクの実態、そして今後の展望について詳しく解説します。
スバル群馬製作所の実態と地域経済への影響
世界生産の6割を担う群馬
スバルの群馬製作所は、本工場と大泉工場の2拠点で構成されています。本工場は太田市スバル町に位置し、敷地面積635,000平方メートル、従業員数4,521人(2022年6月時点)を擁し、レヴォーグ、インプレッサ、XV、WRX、BRZなどの主力車種を生産しています。
2024年度のスバルの世界生産台数は937,893台でしたが、このうち国内生産が約60%を占めています。つまり、群馬製作所だけで年間約56万台を生産している計算になります。これは他の日本メーカーが世界各地に生産拠点を分散させているのとは対照的な戦略です。
企業城下町・太田市の依存構造
太田市は「スバルの企業城下町」として知られています。2001年には、富士重工業(現SUBARU)群馬製作所本工場の敷地を「スバル町」という正式な町名として設定しました。これは自動車産業を基幹とする市の姿勢を明確に示すものです。
地元のタクシー運転手は「太田はスバルに依存している街。スバルがなければこんな大きな駅もなかった」と語ります。実際、駅前には関連企業のオフィスが並び、周辺には多数の部品メーカーが集積しています。
サプライチェーンと雇用への影響
群馬県には、スバル向けの部品を製造する中小企業が数多く存在します。太田商工会議所は、スバルと自動車部品を中心とした取引先の裾野が広いため、影響は「間違いなく大きい」と懸念を表明しています。
コロナ禍では太田市で製造業の廃業件数が増加し、後継者難に悩む中小企業が多く、今後は部品メーカーのM&A(合併・買収)など、サプライチェーンにも変化が起きる可能性が指摘されています。
関税リスクの実態
北米市場への高度な依存
スバルは売上高ベースで北米市場が7割以上を占める、日本メーカーの中でも特に北米依存度の高い企業です。2024年度には、全世界販売台数936,000台のうち、米国だけで662,000台(約71%)を販売しました。この比率は、ホンダやトヨタといった他の日本メーカーと比較しても著しく高い水準です。
さらに重要なのは、米国で販売されるスバル車の約半数が日本からの輸入車であるという事実です。つまり、群馬製作所で生産された車両が直接、米国の関税対象となるのです。
トランプ関税の影響試算
トランプ大統領は2025年に自動車にかかる関税を従来の2.5%に25%を上乗せした27.5%に引き上げる大統領令に署名しました。その後、2025年9月16日に関税率は15%に引き下げられましたが、「いつ税率が上げられるか分からない」という不透明感が業界に漂っています。
スバルは、関税対策を講じなければ最大25億ドル(約2,500億円)のコスト増になると試算しています。これは2024-2025年度の営業利益2,790億円を上回る規模であり、経営への打撃は計り知れません。
実際、日本の自動車関連主要42社の2026年3月期の利益は、関税影響で前期から計3.5兆円押し下げられると見込まれており、スバルは大幅な利益減少、マツダは赤字転落という厳しい予測が出ています。
1台あたりの追加負担
関税が25%上乗せされた場合、日本車1台あたりの追加関税額は約7,500米ドル(約112万円)に上ります。この負担を誰が負うのか——メーカー、販売店、サプライヤー、消費者——が大きな問題となっています。
部品メーカー138社へのアンケート調査では、回答者の55%が「影響はある」、20%が「影響は甚大だ」と答えており、サプライヤーへの価格転嫁は4割程度にとどまっているのが実情です。
スバルの対応策とリスク分散の課題
米国インディアナ工場の増強
スバルは関税リスクに対応するため、米国インディアナ州のSIA(スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ)工場の生産能力を拡大する方針を打ち出しています。
現在、SIA工場ではレガシィ、アウトバック、インプレッサ、そして北米専用の3列シートSUV「アセント」を生産しており、年産能力は約34万~35万台です。スバルは約400億円(約2.77億ドル)を投資して、新型フォレスターの生産を2025年秋から開始し、年産能力を40万台以上に引き上げる計画です。
これにより、米国で販売される車両の国内生産比率を高め、関税負担を軽減する狙いです。
限定的な海外生産体制
しかし、スバルの海外生産体制は他の日本メーカーと比較して極めて限定的です。完成車を生産する海外工場は実質的にインディアナのSIA1拠点のみです。
かつてはタイやマレーシアでもノックダウン生産を行っていましたが、スバルは2024年5月にタイの現地生産工場を閉鎖し、2025年以降は日本からの輸出に切り替えることを決定しました。年間約1万500台を生産していたマレーシア工場も、グローバル規模で見れば限定的な役割にとどまっています。
つまり、スバルは地理的リスク分散よりも、主力市場である北米と国内(群馬)に生産を集中させる戦略を取っているのです。
なぜ群馬集中を維持するのか
スバルが群馬集中型の生産体制を維持する理由には、以下のような要因があります。
第一に、生産規模の問題です。スバルの年間生産台数は約94万台で、トヨタ(約1,000万台)やホンダ(約400万台)と比較して小規模です。この規模では、世界各地に工場を分散させるよりも、国内で集中生産した方が効率的という判断があります。
第二に、品質管理とブランド価値です。スバルは「日本で作る」ことを品質の証としてブランディングしてきた経緯があります。群馬製作所での一貫生産体制は、この価値を支える基盤となっています。
第三に、サプライチェーンの集積です。群馬県周辺には長年にわたって構築されたサプライヤーネットワークが存在し、このエコシステムを活用することで高効率な生産が可能になっています。
注意点と今後の展望
マクロ経済への波及リスク
自動車産業は裾野が広く、鉄鋼、ガラス、電子部品など多くの関連産業に影響を及ぼします。経済研究所の試算によると、国内自動車生産が10%減少した場合、GDPは約5兆円減少し、約5.4万人の雇用が失われる可能性があります。
スバルの減産が続けば、群馬県の地域経済だけでなく、全国のサプライチェーンに影響が波及することになります。
USMCA見直しの影響
2026年からは、北米自由貿易協定の後継であるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直し協議が開始されます。域内で生産された部品比率のさらなる引き上げや、基準の厳格化が議論される見込みです。
これはスバルにとって、さらなる生産戦略の再定義を迫られることを意味します。
政府の支援策
日本政府も自動車産業を支援する姿勢を示しています。経済産業省は2026年度の税制改正要望で、自動車購入時にかかる環境性能割の廃止を決定しました。これは2026年3月末をもって実施される予定です。
関税によるコスト増を少しでも緩和し、国内市場での販売を下支えする狙いがあります。
企業の対応姿勢
ホンダの貝原副社長は、関税を「ニューノーマルとしてとらえている」とし、「需要のあるところで生産するという考え方で、関税影響を打ち返すようなサプライチェーンの構築を引き続き進めていく」と説明しています。
スバルも同様に、米国内生産の拡大を軸としながら、関税環境に適応した新たな生産体制を模索していく必要があります。
まとめ
スバルの「群馬集中型」生産体制は、効率性と品質管理の面でメリットをもたらしてきましたが、米国の関税政策という外部要因に対して大きな脆弱性を抱えることになりました。世界生産の6割を群馬に依存し、売上の7割を北米市場に依存するという構造は、関税リスクを増幅させています。
太田市という企業城下町の雇用と地域経済も、スバルの経営動向に大きく左右されます。米国インディアナ工場の増強により関税負担を軽減する取り組みは進んでいますが、根本的なリスク分散には至っていません。
2026年以降、USMCA見直しや関税政策の変動が予想される中で、スバルは生産戦略の再定義を迫られています。「しぶとい」と地元で評されるスバルと太田市が、この難局をどう乗り越えていくのか、注視していく必要があります。
参考資料:
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