トランプ氏がUSMCA離脱を検討、日本企業への影響は
はじめに
トランプ米大統領が、自らの第1期政権で署名した北米の自由貿易協定「USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)」からの離脱を検討していることが明らかになりました。米ブルームバーグ通信の報道によると、トランプ氏は側近に対し「USMCAから離脱すべきでない理由は何か」と問いかけているとされます。
2026年7月には協定の見直し期限が控えており、メキシコやカナダから譲歩を引き出すための交渉カードとして離脱をちらつかせているとの見方が強まっています。しかし、実際に離脱すれば北米でサプライチェーンを構築してきた日本企業にも大きな影響が及びます。
本記事では、USMCA離脱検討の背景と、日本企業を含む関係者への影響を解説します。
USMCAの仕組みと見直しの期限
USMCAとは何か
USMCA(United States-Mexico-Canada Agreement)は、旧NAFTA(北米自由貿易協定)に代わる貿易協定として、トランプ氏の第1期政権下の2018年に署名され、2020年7月に発効しました。米国・メキシコ・カナダの3カ国間での関税撤廃や貿易ルールを定めた枠組みです。
特に自動車分野では厳格な原産地規則が導入され、北米域内で一定割合の部品を調達し、一定水準以上の賃金で生産された自動車のみが関税免除の対象となります。この規則は北米のサプライチェーン構造に大きな影響を与えてきました。
2026年7月の見直し期限
USMCAには発効から6年目(2026年7月)に3カ国が協定の存続を確認する見直し条項が設けられています。3カ国が合意すれば協定は16年間延長され、2042年7月まで有効となります。合意に至らない場合、協定は2036年7月に失効する仕組みです。
また、いずれの締約国も6カ月前の通告により協定から離脱する権利を有しています。トランプ大統領がこの離脱条項を意識していることが、今回の報道で改めて浮き彫りになりました。
トランプ氏の交渉戦略
離脱カードの狙い
トランプ氏は1月にフォード・モーターのディアボーン工場を訪問した際、USMCAを「無関係だ(irrelevant)」と評しましたが、離脱を明言するまでには至りませんでした。ジェミソン・グリア米通商代表部(USTR)代表も「2019年の条件をそのまま自動承認することは米国の利益にならない」と述べており、見直しに向けた強硬姿勢を鮮明にしています。
アナリストの多くは、離脱の脅しは交渉上の戦術であると分析しています。原産地規則の厳格化、労働保護の強化、移民問題への対処など、メキシコとカナダから追加の譲歩を引き出す狙いがあるとみられます。
2国間協定への移行も示唆
トランプ氏はメキシコ、カナダそれぞれとの2国間協定の締結も示唆しています。3カ国一体の枠組みではなく、各国と個別に交渉することで、米国にとってより有利な条件を勝ち取ろうとする意図が読み取れます。
一方で、カナダとの関係は特に緊張しています。メキシコとは正式な協議が始まっているものの、カナダとは対立が続いており、7月の見直し期限までに3カ国が合意に達するのは困難との見方が大勢を占めています。
日本企業への影響
北米サプライチェーンの見直しリスク
USMCAの離脱や大幅な変更は、北米に生産拠点を持つ日本の自動車メーカーをはじめとする製造業に大きな影響を及ぼします。トヨタ、日産、ホンダなどの日本の自動車メーカーはメキシコやカナダに複数の工場を有し、USMCAの原産地規則を満たすことで関税免除の恩恵を受けてきました。
現在、メキシコとカナダからの米国向け輸入におけるUSMCA利用割合は急増しており、2025年7月時点でそれぞれ86.3%、85.3%に達しています。追加関税が課されている環境下では、USMCAの活用がコスト削減の生命線となっているのです。
原産地規則の厳格化リスク
見直しにおいて特に懸念されるのは、原産地規則の改定です。米国政府はFEOC(Foreign Entity of Concern:懸念される外国事業体)要件の追加を検討しているとされます。これは中国など米国が懸念する国の事業体が生産した部品を一定程度使用している場合、USMCA原産として認めないという制度です。
この要件が導入されれば、中国で生産された部材をメキシコで組み立てて米国に輸出するサプライチェーンが打撃を受けます。中国に拠点を持つ日系部品メーカーが生産した部材も対象となる可能性があり、サプライチェーン全体の再構築を迫られるケースが出てくるかもしれません。
注意点・展望
離脱が実現する可能性
現時点では、USMCA離脱はあくまで交渉上のカードであるとの見方が有力です。米国にとってもUSMCAは北米のサプライチェーンを維持し、自国の製造業を支える重要な枠組みです。農業分野では米国の農業団体がUSMCA維持を求めるキャンペーンを展開しており、離脱への反対圧力も存在します。
ただし、トランプ政権の通商政策は予測困難な展開をみせてきた経緯があります。離脱はないと楽観視するのではなく、複数のシナリオを想定した備えが重要です。
日本企業が取るべき対応
日本企業にとっては、USMCA見直しの行方を注視しつつ、サプライチェーンの多元化やリスク分散を進めることが求められます。特にFEOC要件が導入された場合の影響を事前に精査し、部品調達先の見直しや代替調達ルートの確保を検討する必要があります。
2026年7月の見直し期限まで残り約5カ月。交渉の進展次第で、北米における事業環境は大きく変わる可能性があります。
まとめ
トランプ大統領によるUSMCA離脱の検討は、7月の見直し期限を前にした交渉戦術と見られています。しかし、実際に離脱や協定の大幅変更が実現すれば、北米サプライチェーンに依存する日本企業への影響は甚大です。
原産地規則の厳格化やFEOC要件の導入など、見直しの具体的な論点にも注意が必要です。日本企業は楽観も悲観もせず、複数のシナリオに備えた柔軟な対応策を準備しておくことが重要です。
参考資料:
関連記事
トランプ新関税発動、150日のつなぎ策の全容
米最高裁が相互関税を無効とした直後、トランプ大統領は通商法122条に基づく15%の新関税を発動。150日限定の措置の仕組みと、その後の301条移行計画を詳しく解説します。
トランプ新関税発動、150日のつなぎ策の全貌
最高裁がIEEPA関税を違法と判断した直後、トランプ大統領が通商法122条に基づく15%の新関税を発動。150日限定の措置と301条への移行計画を詳しく解説します。
トランプ氏が新関税15%に引き上げ、発動前の方針転換
トランプ大統領が世界一律10%の新関税を発動前に15%へ引き上げると表明。通商法122条の上限を使い切る判断の背景、150日間の時限措置の意味、世界各国の反応を詳しく解説します。
米最高裁がトランプ関税に違憲判決、日本への影響は
米連邦最高裁がトランプ大統領の相互関税を違憲と判断。過去の徴収分の返還問題や日本の対米投融資5500億ドル合意への影響、新たな代替関税の動向を解説します。
米関税に違憲判決、企業に求められる還付への3つの備え
米最高裁がトランプ関税を違憲と判断。徴収済み約21兆円の還付は未確定で、企業は税関への異議申し立て・訴訟・情報整理の3つの対策が急務です。
最新ニュース
中国全人代を前に習近平の軍粛清が止まらない理由
3月の全人代開催を控え、習近平政権による軍高官の粛清が加速しています。張又侠の失脚、100人超の将校排除の背景と、人民解放軍への深刻な影響を解説します。
「ECの死」到来か、AIショッピングエージェントの破壊力
「SaaSの死」に続き「ECの死」が叫ばれています。AIショッピングエージェントがECビジネスをどう変えるのか、AmazonとWalmartの異なる戦略から読み解きます。
ハイアット東京を1260億円で取得、REIT最大規模
ジャパン・ホテル・リートがハイアットリージェンシー東京を国内REIT史上最大の1260億円で取得。好調なインバウンド需要を背景に、ホテル投資市場が過去最高を更新する中での大型案件を解説します。
メキシコが週40時間労働へ憲法改正、残業超過で3倍賃金の衝撃
メキシコが週40時間労働への憲法改正を承認。残業超過で3倍賃金の義務化が日本企業の製造拠点に与える影響と対応策を、段階的スケジュールとともに解説します。
楽天グループが金融3社統合へ、10月めど再編の全容
楽天グループが楽天銀行・楽天カード・楽天証券の金融3社を2026年10月をめどに統合する再編計画を発表。金利上昇時代の競争激化を背景に、エコシステム強化とコスト削減を狙う大型再編の詳細と課題を解説します。