最高裁国民審査で2人信任も不信任率1割超の背景
はじめに
2026年2月9日、総務省は8日投開票の衆議院議員総選挙と同時に実施された最高裁判所裁判官の国民審査の結果を発表しました。今回の対象は、弁護士出身の高須順一氏と学者出身の沖野真已氏の2名で、いずれも信任されています。
しかし注目すべきは、罷免を求める「×」印の割合が高須氏で14.15%、沖野氏で13.73%と、2人とも10%を超えた点です。前回2024年10月の国民審査でも6人中4人が10%を超えており、2回連続で高水準の不信任率が記録されたことになります。
この記事では、国民審査の結果を分析するとともに、審査対象となった2人の裁判官の経歴や注目判決、そして制度そのものの課題について解説します。
国民審査の結果と投票動向
投票率は前回とほぼ同水準
今回の国民審査の投票者数は約5,546万人で、投票率は53.74%でした。前回2024年10月の53.64%と比べてわずか0.1ポイント上昇しています。衆院選と同時に行われるため投票率自体は衆院選に連動しますが、国民審査の認知度や関心が大きく変化していないことが読み取れます。
不信任率が2回連続で高水準に
高須氏の不信任率14.15%、沖野氏の13.73%はいずれも10%を超えています。国民審査の不信任率は、2000年代から2021年までおおむね6〜9%台で推移していました。しかし2024年の審査では全体の不信任率が10.46%に達し、1990年以来34年ぶりの高水準を記録しています。
今回はさらにそれを上回る数値が出ており、有権者の最高裁に対する意識が変化しつつある可能性を示しています。
2人とも罷免には至らず
国民審査で罷免されるためには、「×」印が有効投票の過半数を超える必要があります。制度創設以来、実際に罷免された裁判官は1人もおらず、今回も信任という結果になりました。ただし、不信任率が上昇傾向にある点は制度運用のあり方を考える上で重要な指標です。
審査対象の2人の裁判官
高須順一氏:弁護士出身の「街弁」
高須順一氏は1959年生まれで、法政大学法学部を卒業後、京都大学大学院で法政理論を学びました。1988年に弁護士登録し、主に一般市民を依頼者とするいわゆる「マチ弁(街の弁護士)」として長年活動してきた経歴を持ちます。2025年3月に最高裁判所裁判官に任命され、第二小法廷に所属しています。
高須氏が注目を集めたのは、2024年10月の衆院選における「1票の格差」訴訟です。最大格差が2.06倍だったこの選挙について、多数意見が合憲と判断した中で、高須氏は「違憲状態」とする個別意見を付けました。2倍以上の格差がほぼ確実な区割りで行われた選挙は「違憲状態と考える」と指摘しつつも、国会に是正のための十分な期間がなかったとして、違憲とまでは踏み込みませんでした。
この立場は、選挙の平等を重視しながらも現実的な判断を行うという姿勢を示しています。
沖野真已氏:女性初の東大法学部長
沖野真已(おきの まさみ)氏は1964年生まれの法学者で、専門は民法・消費者法・信託法です。東京大学法学部を卒業後、学習院大学や一橋大学大学院での教授職を経て、2010年に東京大学大学院教授に就任しました。2025年4月には女性として初めて東京大学法学部長を務めています。
2025年7月に最高裁判所裁判官に任命され、沖野氏の就任により最高裁判事15人中の女性が4人となり、過去最多の女性比率を記録しました。
沖野氏は学者としての経歴が際立っています。契約法を中心に消費者トラブルや家族関係を巡る立法議論にも携わってきました。最高裁では、LPガス契約を中途解約した場合に家主に設備費を支払わせる条項の有効性が争われた訴訟で、「無効」との結論に賛成する判断を示しています。
国民審査制度の課題と論点
世界でも珍しい制度
最高裁判所裁判官の国民審査は、日本国憲法第79条に基づく制度です。裁判官が任命後、初めて行われる衆院選の際に国民審査を受け、その後10年を経過した後の衆院選でも再度審査を受けます。裁判官を国民が直接審査できる仕組みは世界的にも珍しく、司法に対する民主的統制の手段として位置づけられています。
投票方法は、罷免を求める裁判官に「×」印を記入し、信任する場合は何も書かないというものです。「×」印が有効投票の過半数を超えた場合に罷免されますが、制度発足から80年近く経過しても罷免例はありません。
「信任の推定」への批判
国民審査の制度設計に対しては、長年にわたり批判が寄せられています。最大の論点は「何も書かなければ信任とみなされる」という仕組みです。裁判官の情報が十分に周知されない中で、関心を持たない有権者の票がすべて信任票に回る構造は、実質的に罷免が不可能に近いと指摘されています。
また、衆院選と同時に実施されるため、国民審査そのものへの注目度が低くなりがちです。投票所で審査用紙を受け取って初めて制度の存在を知る有権者も少なくないとされています。
不信任率上昇が示すもの
一方で、2024年と2026年の2回連続で不信任率が10%を超えたことは、制度に対する有権者の意識が高まっている可能性を示唆しています。SNSやインターネットを通じて裁判官の判決内容や経歴に関する情報が以前より入手しやすくなったことが背景にあるとみられます。
日本弁護士連合会などの団体が審査対象の裁判官に関する情報提供に力を入れていることも、有権者の判断材料を増やす一因となっています。
注意点・展望
よくある誤解
国民審査については、「×をつけなければ信任」という制度の特性を正しく理解することが重要です。「○をつけて信任する」という制度ではなく、あくまで不信任の意思表示として「×」のみが有効です。「○」や「△」など「×」以外の記号を記入した場合は無効票となります。
また、国民審査は衆院選と同時に行われますが、期日前投票の開始日が異なる場合がある点にも注意が必要です。
今後の見通し
不信任率の上昇傾向が続くかどうかは、今後の最高裁の判決内容や社会的関心の高まり次第です。選択的夫婦別姓訴訟や同性婚訴訟など、社会的注目度の高い案件が最高裁で審理されるたびに、裁判官個人への関心も高まることが予想されます。
制度改革の議論も散発的に行われていますが、憲法改正を伴うため、実現のハードルは高い状況です。当面は現行制度の枠内で、有権者への情報提供をいかに充実させるかが課題となります。
まとめ
2026年2月の国民審査では、高須順一氏(不信任率14.15%)と沖野真已氏(同13.73%)の2人がいずれも信任されました。しかし、2回連続で不信任率が10%を超えた事実は、有権者の司法への関心が高まりつつあることを示しています。
国民審査は日本の民主主義における重要な制度ですが、「何も書かなければ信任」という仕組みや、裁判官の情報が有権者に十分届いていないといった課題も依然として残っています。今後、最高裁が社会的影響の大きい判決を下す場面が増えるにつれて、国民審査の意義はさらに問われることになるでしょう。有権者一人ひとりが裁判官の判断を知り、主体的に審査に臨むことが、制度を実質化させる第一歩です。
参考資料:
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