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by nicoxz

高木美帆がミラノ五輪で銅3個、本命1500mは6位に終わる

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はじめに

2026年2月、イタリアで開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックのスピードスケート女子で、高木美帆選手(31歳、TOKIOインカラミ)が3つの銅メダルを獲得しました。500m、1000m、そして女子団体パシュートの3種目で表彰台に立ち、夏冬通じた日本女子選手の五輪通算メダル数を歴代単独最多の10個に伸ばしています。

しかし、4年間の集大成として最も力を注いできた1500mでは6位に終わり、悲願の金メダルには届きませんでした。レース後に涙を流した高木選手は、一夜明けた2月21日の会見で「これがスポーツ」と穏やかに語り、多くのファンの心を打ちました。本記事では、高木選手のミラノ五輪での戦いぶりと、その背景にある4年間の挑戦を振り返ります。

3つの銅メダルが示した底力

500mでの大会初メダル

高木選手のミラノ五輪は、2月15日の500mから始まりました。37秒27のタイムで銅メダルを獲得し、北京五輪での同種目銀メダルに続く2大会連続の表彰台となりました。高木選手は「前回より一つ順位は落ちたけど、素直にうれしい」とコメントしています。

500mはもともと高木選手の主戦場ではなく、中長距離に強みを持つ選手が短距離でもメダルを獲得するという点に、彼女の類まれな総合力が表れています。スプリント種目でも世界のトップクラスと互角に戦える能力は、スピードスケート界でも極めて珍しいものです。

1000mでオリンピック記録の壁に直面

続く1000mでは、オランダのユッタ・レールダム選手が1分12秒31のオリンピックレコードで圧勝しました。フェムケ・コク選手(オランダ)が銀メダルとなり、高木選手は銅メダルを獲得しています。北京五輪の同種目では五輪新記録で金メダルを手にしていただけに、連覇こそ逃したものの、3大会連続で表彰台に立ったことは高く評価されるべき結果です。

高木選手は1000mのレース後、「ゴール直後より表彰台で悔しさが込み上げてきた」と複雑な心境を明かしています。金メダルへの強い思いがあったからこその悔しさでしょう。

団体パシュートで3大会連続メダル

2月18日に行われた女子団体パシュートの3位決定戦では、高木美帆選手、佐藤綾乃選手、野明花菜選手の3人が出場し、米国チームに勝利して銅メダルを獲得しました。これにより日本は、平昌五輪の金、北京五輪の銀に続く3大会連続の表彰台を達成しています。

注目すべきは、準決勝からメンバー構成を変更した戦術的な判断です。堀川桃香選手に代えて野明選手を投入し、佐藤選手をそれまでの2番目から最後尾に配置するという隊列変更を行いました。チームとしての柔軟な対応力が、メダル獲得につながったといえます。

この銅メダルは高木選手にとって五輪通算10個目のメダルとなり、夏冬通じて体操男子の小野喬氏(13個)、加藤沢男氏(12個)に次ぐ日本勢歴代3位タイの記録に並びました。

悲願の1500m金メダルへの4年間

北京五輪後の決断と「チーム・ゴールド」結成

高木選手のミラノ五輪への道のりは、2022年の北京五輪後に始まりました。北京では1000mで金メダルを獲得した一方、最も得意とする1500mでは2大会連続の銀メダルに終わっています。現役続行すら悩んだ末に、1500mでの金メダル獲得を最大の目標に掲げて競技を続ける決断を下しました。

その過程で、日本スケート連盟のナショナルチームから独立し、2023年5月に「team GOLD(チーム・ゴールド)」を立ち上げています。佐藤綾乃選手や堀川桃香選手ら計7名のメンバーで構成されたこのチームは、高木選手が金メダル獲得のために自ら環境を整えた挑戦の象徴でした。

独立という大きな決断には相当な覚悟が必要だったはずです。練習環境の確保やコーチングスタッフの選定など、競技以外の負担も増える中で、それでも「最善の道を選んだ」と高木選手は振り返っています。

世界記録保持者として臨んだ本命種目

高木選手は女子1500mの世界記録保持者です。2019年3月にソルトレークシティで樹立した1分49秒83という記録は、7年間にわたり破られていません。まさに世界最速の称号を持つ選手として、ミラノの氷上に立ちました。

しかし、2月20日の1500m決勝では1分54秒86で6位に終わりました。金メダルはオランダのアントワネット・ライプマ=デ・ヨング選手で、タイムは1分54秒09でした。高木選手はレース終盤のラスト1周で急失速し、メダル圏内から一気に順位を落としています。

ゴール後、高木選手は大粒の涙を流しました。インタビューでは何度も言葉に詰まり、「整理がついていない。言葉にするのは難しい」「自分の挑戦は終わったんだな」と語っています。失速の要因について、後の取材では「たぶん身体面だけではない」との見解を示しており、重圧との戦いもあったことがうかがえます。

今後の展望と日本スピードスケートの課題

高木選手の今後

大会を終えた高木選手は2月21日の会見で、「メダルを取れたことを誇りに思う気持ちもあれば、最後の1500メートルで負けてしまったという気持ちもある」と複雑な胸中を明かしました。今後のキャリアについては「未定です」と述べ、「シーズンが終わってからゆっくり考えて、その時の気持ちを大事にしたい」としています。当面は3月に予定されているオランダでの世界選手権に出場する意向です。

また、「チーム・ゴールド」については今季限りでの解散が2025年12月に発表されています。金メダル獲得という目標のために結成されたチームとしての役割を終えることになりますが、このチームで培った経験や絆は選手たちの今後に生きるでしょう。

日本スピードスケート界への問い

今大会の日本スピードスケート陣のメダルは、すべて高木選手が関わった3つの銅メダルのみでした。「高木美帆だけ」という指摘もあり、世代交代の難しさが浮き彫りになっています。31歳の高木選手が依然としてチームの大黒柱である現状は、後進の育成が急務であることを示しています。

高木選手自身の4年間の挑戦は、金メダルという形での結実こそ逃しましたが、独立してチームを率い、30歳を超えてなお3つのメダルを獲得するという偉業を成し遂げました。「これがスポーツ」という言葉には、全力を尽くした者だけが到達できる境地が感じられます。

まとめ

高木美帆選手のミラノ・コルティナ冬季五輪は、3つの銅メダルと1500m6位という結果に終わりました。悲願の金メダルには届かなかったものの、五輪通算メダル10個は日本女子の歴代最多記録です。北京五輪後に現役続行を決断し、「チーム・ゴールド」を立ち上げて金メダルだけを追い求めた4年間は、結果だけでは測れない価値があります。

「これがスポーツ」という穏やかな言葉の裏には、全身全霊で挑んだからこそ受け入れられる潔さがあるのでしょう。今後のキャリアは未定としていますが、高木選手がどのような道を選ぶにせよ、その決断を多くのファンが見守っています。日本スピードスケート界が次の時代をどう切り拓くか、高木選手の姿勢から学ぶべきことは多いはずです。

参考資料

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