トヨタがグリーン鉄を量産車に採用、鉄鋼脱炭素を加速
はじめに
トヨタ自動車が、日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所の鉄鋼大手3社から、製造時のCO2排出量を大幅に削減した「グリーン鉄(グリーンスチール)」の調達を開始しました。グリーン鉄の価格は従来品に比べて約4割高くなりますが、政府のCEV補助金によるグリーンスチール加算措置を活用し、消費者の負担増を抑える方針です。
日本の鉄鋼業は国内産業部門のCO2排出量の約48%を占めており、脱炭素化の最重要セクターと位置付けられています。トヨタという国内最大の鉄鋼需要家がグリーン鉄を量産車に採用する決定は、鉄鋼各社の環境投資を後押しする大きな転換点となります。本記事では、グリーン鉄の仕組みや各社の取り組み、自動車業界全体への影響を解説します。
グリーンスチールとは何か
従来の製鉄プロセスとCO2排出の課題
従来の鉄鋼製造では、高炉に鉄鉱石とコークス(石炭を加工したもの)を投入し、化学反応によって鉄を取り出します。このプロセスでは大量のCO2が発生し、粗鋼1トンあたり約2トンのCO2を排出するとされています。日本全体のCO2排出量の約13%、産業部門に限れば約48%が鉄鋼業由来です。
2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、鉄鋼業の脱炭素化は避けて通れない課題です。日本政府も2030年までに1,000万トンのグリーンスチール供給体制の構築を目標に掲げています。
マスバランス方式による認証の仕組み
現在、日本で流通しているグリーンスチールの多くは「マスバランス方式」と呼ばれる手法で認証されています。これは、鉄鋼メーカーが実際に達成したCO2削減量を「削減証書」として発行し、任意の製品に割り当てる方式です。
具体的には、製造工程全体で25%のCO2削減を実現した場合、4トンの鉄鋼のうち1トンを「CO2排出量100%削減」、残り3トンを「削減なし」として販売できます。日本鉄鋼連盟がガイドラインを策定し、日本海事協会(ClassNK)による第三者認証も行われています。この日本発のガイドラインは、世界鉄鋼協会(worldsteel)のグローバルガイドラインの基礎にもなっています。
鉄鋼大手3社の脱炭素戦略
日本製鉄:水素還元高炉に注力
日本製鉄は「COURSE50」プロジェクトを中心に、水素を活用した高炉でのCO2削減技術を開発しています。2023年には君津地区の水素還元試験炉において、外部から供給した水素を還元材として使用し、CO2排出量を従来比22%削減することに成功しました。
さらに、2050年のカーボンニュートラル実現に向けた「日本製鉄カーボンニュートラルビジョン2050」を策定し、水素還元製鉄の実用化を段階的に進めています。究極的には、高炉で使用するコークスを水素に完全に置き換えることで、製鉄プロセスからのCO2排出をゼロにする技術の確立を目指しています。
JFEスチール:カーボンリサイクル高炉
JFEスチールは「カーボンリサイクル(CR)高炉」の技術開発に取り組んでいます。高炉から排出されるガス中のCO2を水素と反応させてメタンガスに変換し、再び鉄鉱石の還元材として利用する循環型のプロセスです。この技術によって、CO2排出量を従来設備比で約30%削減できる見込みです。
また、フェロコークス技術の開発も並行して進めており、複数のアプローチで脱炭素製鉄の実現を目指しています。
神戸製鋼所:直接還元製鉄のパイオニア
神戸製鋼所はMIDREX直接還元法という独自技術に強みを持っています。2023年には加古川製鉄所の高炉でHBI(ホットブリケットアイアン)を活用し、粗鋼生産時のCO2排出量を2013年度比で約25%削減することを実証しました。
同社が開発した「Kobenable Steel」ブランドのグリーンスチールは、トヨタの水素エンジンカローラの部品にも採用された実績があります。今回の量産車への展開は、この技術のさらなる普及を意味します。
自動車業界におけるグリーンスチールの広がり
国内メーカーの動き
トヨタに先駆けて、いすゞ自動車は商用車の原材料にグリーンスチールを国内で初めて採用しています。神戸製鋼所、JFEスチール、日本製鉄の3社からマスバランス方式を適用した製品の供給を受け、量産トラックに使用しています。日産自動車も高炉各社のグリーンスチール鋼板を量産車に採用する方針を示しています。
トヨタの参入により、国内自動車業界全体でグリーンスチール採用の流れが本格化することが期待されます。鉄鋼は自動車の重量の約60〜70%を占める最大の素材であり、自動車メーカーの調達方針が鉄鋼業界の脱炭素投資に与える影響は極めて大きいです。
海外メーカーとの比較
海外ではメルセデス・ベンツがグリーンスチールの積極的な調達で先行しています。同社はスウェーデンのH2 Green Steel社と提携し、水素還元製鉄によるグリーンスチールの供給を受ける計画を進めています。フォードもドイツ・オランダの鉄鋼メーカー3社と覚書を締結し、グリーンスチールの開発協力を進めています。
一方で、国際クリーン交通委員会(ICCT)の2024年の調査では、トヨタを含む日本メーカーはグリーンスチールの具体的な調達目標の公表で欧州勢に後れを取っていると指摘されていました。今回のトヨタの動きは、この評価を覆す一歩となります。
政府のグリーンスチール支援策
CEV補助金のグリーンスチール加算
経済産業省は2025年度のCEV(クリーンエネルギー自動車)補助金において、グリーンスチール採用車への加算措置を新設しました。EVで最大5万円、軽EVで最大3万円、PHEVで最大5万円が補助額に上乗せされます。この制度により、グリーンスチール採用による価格上昇分の一部を政府が負担する仕組みが整いました。
GX推進と鉄鋼業への支援
政府はグリーンイノベーション基金を通じて「製鉄プロセスにおける水素活用」事業に4,499億円の予算を計上しています。水素還元製鉄の実用化に向けた研究開発を支援し、2050年のカーボンニュートラル達成を後押しする狙いです。また、グリーン購入法の基本方針にグリーンスチールを組み込み、公用車や公共施設の鋼材にもグリーンスチールの優先調達を進めています。
注意点・展望
グリーンスチールの普及にはいくつかの課題が残っています。まず、マスバランス方式はあくまで帳簿上の割り当てであり、実際に使われる鉄鋼材そのものが低CO2で製造されたとは限りません。環境団体からは「グリーンウォッシュ」との批判もあり、実態を伴う削減との区別が重要です。
価格面では、グリーン鉄は従来品より約4割高いため、補助金に頼らない市場での自立が長期的な課題となります。技術革新とスケールメリットによるコスト低下がカギを握ります。
今後の見通しとしては、2030年に向けてグリーンスチールの需要は急速に拡大する見込みです。日本政府が掲げる1,000万トンの供給目標の達成には、トヨタのような大口需要家の参入が不可欠でした。鉄鋼各社も電炉の新設や水素還元技術の実用化を加速させており、日本の製造業全体で脱炭素サプライチェーンの構築が進むことが期待されます。
まとめ
トヨタ自動車によるグリーン鉄の量産車採用は、日本の鉄鋼業の脱炭素化において重要な転換点です。日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所の3社がそれぞれ異なるアプローチで低CO2製鉄に取り組む中、国内最大の需要家であるトヨタの参入は投資回収の見通しを明確にし、技術開発を加速させる効果が見込まれます。
政府のCEV補助金加算やグリーンイノベーション基金による支援も追い風です。自動車業界では日産やいすゞも続いており、グリーンスチールは「一部メーカーの取り組み」から「業界標準」へと移行しつつあります。鉄鋼業のCO2排出削減は日本全体の脱炭素目標達成に直結するだけに、今後の動向が注目されます。
参考資料:
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