トランプ氏、英国のチャゴス諸島返還を「愚行」と批判
はじめに
2026年1月20日、トランプ米大統領は英国によるインド洋の要衝チャゴス諸島のモーリシャスへの返還を「大変な愚行」と批判しました。これは、トランプ政権が2025年5月の返還協定成立時に支持を表明していた立場からの急転換です。
この批判は、トランプ大統領がデンマーク自治領グリーンランドの取得を求める中で発せられました。グリーンランド取得に反対する英国への圧力という見方が強く、米欧関係にさらなる緊張をもたらしています。本記事では、チャゴス諸島問題の背景とトランプ発言の意図を詳しく解説します。
チャゴス諸島とは
インド洋の戦略的要衝
チャゴス諸島は、モーリシャスの北東約2,000キロに位置するインド洋の島嶼群です。最大の島であるディエゴガルシア島には、米英両軍が共同使用する重要な軍事基地があります。
米国防総省はディエゴガルシア基地を「中東、南アジア、東アフリカでの安全保障作戦に不可欠なプラットフォーム」と位置づけています。約2,500人の軍人・軍属(大半が米国人)が駐留し、艦艇や長距離爆撃機が配備されています。
複雑な歴史的経緯
チャゴス諸島は1814年からイギリスの統治下にありました。1965年、イギリスはモーリシャスの独立(1968年)に先立ち、チャゴス諸島を分離して「英領インド洋地域」としました。
1960年代から70年代にかけて、イギリスは米軍基地建設のため約2,000人の島民を強制移住させました。この移住は長年にわたり人権問題として批判されてきました。2019年には国際司法裁判所(ICJ)が「モーリシャスの脱植民地化は合法的に完了していない」との勧告的意見を出し、イギリスに対してできるだけ早く統治を終了するよう求めました。
2025年の返還協定
2024年10月、キア・スターマー英首相はモーリシャスのプラビンド・ジュグノート首相との共同声明で、チャゴス諸島のモーリシャスへの返還を発表しました。2024年の米大統領選後、新政権の意向を確認するため交渉は一時保留されましたが、2025年4月にトランプ政権が交渉継続を承認し、同年5月に正式に協定が締結されました。
協定の主な内容は以下の通りです。
- イギリスはチャゴス諸島の主権をモーリシャスに移譲
- ディエゴガルシア基地は99年間のリースで維持(更新可能)
- イギリスは年間約1億ドル(約1億3,600万ポンド)の賃借料を支払い
- ディエゴガルシア以外の島への旧島民の帰還を許可
- 他国がディエゴガルシア周辺の島を使用することを禁止
トランプ大統領の批判
「愚行」「完全な弱さ」と非難
トランプ大統領は1月20日、ソーシャルメディアへの投稿で、英国のチャゴス諸島返還決定を「大変な愚行であり、完全な弱さ」と批判しました。さらに、「中国とロシアがこの完全な弱さに気づいていることに疑いの余地はない」と付け加えました。
トランプ氏はこの返還を「グリーンランドを取得しなければならないという国家安全保障上の理由の非常に長いリストに、また一つ加わった」と結びつけました。グリーンランド取得に反対する英国への報復的な批判という見方が広がっています。
以前の支持からの急転換
注目すべきは、トランプ政権が2025年の協定締結時にこの取り決めを歓迎していたことです。当時、米国は「ディエゴガルシア施設の長期的で安定した効果的な運用を確保する」ものとして協定を評価していました。
この立場の急転換について、英国のパット・マクファデン閣僚は「これは本当はチャゴス諸島についてではないと思う。グリーンランドについてだ」と指摘しています。
グリーンランドとの関連
トランプ大統領は同時期、グリーンランド取得を求めて欧州8カ国に追加関税を課すと表明していました。英国はこの8カ国に含まれており、他の欧州諸国と共にトランプ氏のグリーンランド取得要求に反対する共同声明を発表していました。
チャゴス諸島批判は、グリーンランド問題で英国に圧力をかけるための手段という見方が有力です。領土を「手放す」英国の判断を批判することで、グリーンランドを「手に入れる」ことの正当性を主張しようとしているとも解釈されています。
英国政府と各方面の反応
スターマー政権は協定を堅持
英国首相官邸は声明で「英国は国家安全保障で妥協することはない。ディエゴガルシアの基地が裁判所の判決によって脅かされた後、我々は行動した」と反論しました。ダレン・ジョーンズ閣僚は「この協定は今後100年間の軍事基地を確保するもの」だと述べ、「条約はすでに署名されており、変更することはできない」と強調しました。
英国政府は、国際司法裁判所の勧告により法的立場が弱まっていたことを指摘し、協定がなければ基地の将来が不確実になっていたと主張しています。
英国野党は政府を批判
一方、英国内では野党から政府批判の声が上がっています。保守党のケミ・ベーデノック党首は「残念ながら、この問題に関してはトランプ大統領の言う通りだ」と述べ、「スターマー政権のチャゴス諸島を手放す計画は、英国の安全保障を弱め、主権領土を手放すひどい政策だ」と批判しました。
リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首も「ありがたいことに、トランプ氏はチャゴス諸島の引き渡しを拒否した」と発言しています。
モーリシャスの立場
モーリシャスのガビン・グローバー司法長官は「チャゴス諸島に対するモーリシャス共和国の主権は、国際法の下で既に明確に認められており、もはや議論の対象とすべきではない」との声明を発表しました。
2019年の国際司法裁判所の勧告的意見は法的拘束力はないものの、モーリシャスの主権主張を支持する内容でした。モーリシャスにとって、この協定は植民地時代の歴史的不正を是正するものと位置づけられています。
今後の見通しと課題
協定の行方
英国政府は協定が議会で最終審査段階にあると説明しており、成立するとの立場を維持しています。しかし、トランプ大統領の批判により、国内外での議論が再燃する可能性があります。
ただし、条約は既に署名されており、一方的な変更は困難です。米国が公式に協定への反対を表明するかどうかが、今後の焦点となります。
旧島民の帰還問題
協定では、ディエゴガルシア以外の島への旧島民(チャゴシアン)の帰還が認められています。強制移住から50年以上が経過し、多くの旧島民はモーリシャスや英国で暮らしています。帰還の実現には、インフラ整備や支援体制の構築など、多くの課題が残されています。
人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、トランプ大統領の批判が「チャゴシアンの存在を無視している」と指摘しています。
米欧関係への影響
チャゴス諸島問題は、グリーンランド問題と相まって米欧関係に新たな緊張をもたらしています。トランプ大統領の発言は、同盟国の主権に関する決定に介入する姿勢を示すものとして、欧州各国から警戒されています。
一部の専門家は、今回の事態を「1956年のスエズ危機以来の大西洋関係の最低点」と評しており、同盟国間の信頼関係の修復が課題となっています。
まとめ
トランプ大統領によるチャゴス諸島返還批判は、かつての支持からの急転換であり、グリーンランド取得を巡る英国への圧力という側面が強いとみられています。英国政府は協定を堅持する姿勢ですが、国内外で議論が続いています。
この問題は、植民地時代の歴史、軍事戦略、国際法、人権など複雑な要素が絡み合っています。トランプ政権の真意がどこにあるにせよ、チャゴス諸島の人々の歴史と権利が議論の中心に置かれるべきことは忘れてはなりません。米欧関係と国際秩序の今後を占う上で、引き続き注視が必要な問題です。
参考資料:
- Trump says U.K. return of Chagos Islands to Mauritius is reason to acquire Greenland
- Trump Slams UK Deal to Hand Over Chagos Islands After He Previously Backed It
- Trump says UK’s Chagos Islands deal with Mauritius is an act of ‘great stupidity’
- トランプ氏が手のひら返し、英国のチャゴス諸島返還は「大変な愚行」
- Trump Attack on Chagos Island Deal Ignores the Chagossians
- U.K. hands Chagos to Mauritius but U.S. still can use Diego Garcia base
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