トランプ氏のベネズエラ原油増産号令、実現への高いハードル

by nicoxz

はじめに

2026年1月3日、トランプ米大統領はベネズエラに対する軍事攻撃を実施し、マドゥロ大統領を拘束しました。攻撃後、トランプ氏はベネズエラの豊富な石油資源に野心を隠さず、米石油企業を送り込んで数十億ドルを投じて石油インフラを修復し、「途方もない量の富」を掘り出すと述べました。国内では「掘りまくれ(Drill Baby Drill)」と発破をかけたのと同様の前のめりの号令です。

しかし、ベネズエラの原油増産は本当に実現可能なのでしょうか。世界第1位の原油埋蔵量を誇りながらも、重質原油特有の精製の難しさ、インフラの荒廃、そして巨額の投資要件という課題が山積しています。本記事では、トランプ氏の増産号令の背景と、実現への高いハードルについて詳しく解説します。

トランプ政権によるベネズエラ軍事介入の経緯

軍事作戦の詳細

2026年1月2日午後10時46分(米東部標準時)、トランプ大統領がマドゥロ大統領を逮捕する作戦の開始命令を下しました。翌1月3日午前1時50分頃(ベネズエラ標準時)、米軍はベネズエラ軍の行政区域や通信施設、空軍基地、港湾施設に対し、ステルス機による精密爆撃を行いました。

米軍は首都カラカスを含む複数の地点を爆撃したうえで、特殊部隊デルタフォースによりマドゥロ大統領と妻のシリア・フローレスを拘束・連行し、ニューヨークに移送しました。この軍事作戦は「Operation Absolute Resolve(絶対的解決作戦)」とコードネームが付けられました。

軍事介入の名目と真の目的

米当局はマドゥロ氏が麻薬取引に関与していたと指摘しました。実際、米軍は2025年9月以降、麻薬流入阻止を掲げ、ベネズエラに近いカリブ海や東太平洋で「麻薬密輸船」に対する攻撃を繰り返し、これまでに100人以上を殺害してきました。

しかし、トランプ大統領はベネズエラの石油資源に狙いを定めていることも隠していません。トランプ氏は記者会見で「米国は途方もない量の富を地中から取り出す」と述べ、その収益はベネズエラと米国に「ベネズエラがこの国に与えた損害の補償という形で」分配されると語りました。

国際的な反応と法的問題

1月5日、国連安全保障理事会の緊急会合では、グテレス国連事務総長が軍事作戦において国際法の規則が尊重されなかったと懸念を示しました。ベネズエラのほか、中国・ロシアなども米国の軍事作戦は法的根拠を欠くと非難しています。

米国内でも民主党議員の複数が、憲法は差し迫った自衛の場合を除いて議会の投票なしに軍事行動や戦争に従事しないと明記しているとして、この行動は違法だと述べました。民主党のティム・ケイン上院議員は「憲法は明確だ」と批判しています。

この軍事作戦は、主権の尊重、議会承認、戦後の国際ルールという3つの法秩序を無視して実施した可能性があり、「力による支配」が世界に拡散する懸念が強まっています。

ベネズエラの石油資源:世界最大の埋蔵量と現実のギャップ

世界第1位の原油埋蔵量

ベネズエラの原油埋蔵量は3000億バレル超で、中東の産油国を上回り、世界の約17%を占めています。2016年現在、約2999億5300万バレルの確認石油埋蔵量を保有しており、世界第1位にランクされています。

この豊富な資源は主に東部のオリノコ・オイル・ベルト(Orinoco Oil Belt)に集中しており、超重質原油が大量に埋蔵されています。トランプ氏はこの「隠れた宝」に目を付けたのです。

激減した石油生産量

しかし、豊富な埋蔵量とは裏腹に、生産量は大幅に減少しています。2000年に日量320万バレルだった生産量が、2023年には日量73万5000バレルへと約4分の1に落ち込みました。最盛期には日量300万バレルであった産油量も、2019年3月には100万バレルを割り込み、2020年代では80万バレル前後を推移しています。

生産量減少の主な原因

生産量減少の原因は複合的です。政情不安や米国の経済制裁による打撃、インフラの老朽化が進み、生産量が減少しました。また、石油会社の人材も他国に流出し、経済制裁によってナフサなどの希釈剤の輸入も困難になったことで採掘能力も衰えました。

現在、ベネズエラで操業を続けているのが米石油大手シェブロンですが、米政府の認可の下で事業を行っており、活動は大幅に制限されています。

重質原油の精製の難しさ:技術的・経済的課題

物理的特性による課題

ベネズエラの重質原油は糖蜜のように粘度が高く、軽質原油よりも地球温暖化の原因となる炭素濃度が高い特徴があります。硫黄含有量が高いため、ガソリンやディーゼルといった有用な製品への精製も困難でコストも高くつき、特殊な設備とエネルギーを大量に消費する工程が必要となります。

希釈剤不足の深刻な問題

オリノコ・オイル・ベルトで生産される超重質油は粘性が高く、輸送するには軽質原油やナフサなどで希釈する必要があります。しかし、ベネズエラは制裁により十分なナフサを輸入することができなくなっており、主に国産の軽質原油を希釈剤として利用している状況です。

さらに、製油所の稼働率が上昇したことで、国産の軽質原油を製油所と超重質油の希釈用とで奪い合うという構図が出現し、原油生産量にも影響を与えています。

環境リスクの増大

インフラは老朽化し、メンテナンスも不十分なため、メタンの漏出、フレアリング、流出のリスクが高まっている状態です。石油施設は停電、腐食したパイプライン、盗まれた機器に悩まされており、「石油を本当に生産するには、安定した電力網が必要だ」と専門家は指摘しています。

日本市場での利用の難しさ

日本の製油所にとっても、ベネズエラの原油は使いにくい存在です。出光興産の会長は「ベネズエラの原油は重質で硫黄分が多く、中東産の原油に合わせた日本の製油所の装置構成からしても使いづらい」と指摘しています。

増産実現への高いハードル

巨額の投資要件

増産に必要な投資額は天文学的です。独立系調査会社ライスタッド・エナジーは、ベネズエラの石油生産を1990年代の水準に戻すには、10年以上にわたって1830億ドル(約26兆円)が必要だと試算しています。

より控えめな見積もりでも、今後15年間で日量110万バレル程度の生産を維持するだけで540億ドル(約7.8兆円)の投資が必要とされています。数年にわたる投資不足と管理ミスにより、2024年末までに日量20万バレル未満の生産増加に限定される可能性があります。

長期間を要する復旧

「石油の上流生産は電灯のスイッチのようなものではない」と専門家は警告します。「政治的変化があっても、インフラの制約は一夜にして消えない」のです。

表面設備の甚大な損傷やパイプラインの漏洩により、大規模なクリーンアップが必要です。また、頻繁な停電が生産に影響を与えており、石油生産には安定した電力網が不可欠です。

経済性の問題

ベネズエラでのプロジェクトが利益を上げるための損益分岐価格は1バレルあたり約80ドルです。原油価格が60〜70ドルで推移する場合、これらのプロジェクトは経済的に成り立ちません。

さらに、国際エネルギー機関(IEA)は2026年に供給が需要を日量385万バレル上回ると予測しており、世界市場では現在、石油が過剰な状況です。この環境下で、企業がベネズエラの重質原油に投資するインセンティブは限定的です。

「Drill Baby Drill」政策の現実

米国内での増産の壁

トランプ大統領は米国内で「掘りまくれ(Drill Baby Drill)」と発破をかけました。2025年1月20日の就任式直後に「国家エネルギー非常事態」を宣言し、化石燃料の増産によってエネルギー価格を引き下げる狙いを示しました。

しかし、石油会社は「Drill Baby Drillと原油価格低下は両立不可」と指摘しています。原油価格が生産コストと同水準かそれ以下で推移すれば、規制障壁を撤廃しても企業は新たな井戸の掘削に消極的になります。

政策と現実の乖離

ガソリン価格は下がっているものの、これはトランプ大統領が推進するDrill Baby Drillによって国内エネルギー生産が増大し価格が下がったというものではありません。むしろトランプ政権の施策は米国の国内エネルギー生産増大にマイナスに働いているとみる方が正確です。

ベネズエラでも同様の課題

ベネズエラでも状況は同様、あるいはより困難です。米国内で空回り気味な「掘りまくれ」号令が、インフラが荒廃し、重質原油という難しい資源しかないベネズエラで成功する可能性は極めて低いと言えます。

今後の展望と課題

米石油企業の慎重な姿勢

トランプ氏は米石油大手が数十億ドルを投じてベネズエラの石油インフラを修復すると述べましたが、企業側の反応は慎重です。損益分岐価格が高く、投資回収に長期間を要し、さらに政治リスクも高い環境で、民間企業が大規模投資を決断するのは容易ではありません。

国際社会の反発

米国の軍事介入に対する国際社会の反発も無視できません。国連安保理での非難に加え、ラテンアメリカ諸国も主権侵害として批判しています。このような環境下で、国際的な石油企業が参入することには政治的リスクが伴います。

エネルギー市場への影響は限定的

仮にベネズエラでの増産が実現したとしても、その効果が現れるのは数年後です。短期的にはエネルギー価格の引き下げや米国の戦略的優位性の確保という目標の達成は困難でしょう。

国際エネルギー機関が予測する供給過剰の環境下で、高コストのベネズエラ重質原油が市場で競争力を持つかどうかも疑問です。

まとめ

トランプ大統領のベネズエラ原油増産号令は、野心的ではありますが、実現への道のりは極めて険しいと言わざるを得ません。世界第1位の原油埋蔵量という魅力的な数字の裏には、重質原油特有の精製の難しさ、荒廃したインフラ、巨額の投資要件、そして長期の復旧期間という現実があります。

米国内での「Drill Baby Drill」政策が経済的合理性の壁にぶつかっているのと同様に、ベネズエラでの増産計画も一筋縄ではいきません。軍事介入による政権交代は短期間で実現できても、石油生産の回復は「電灯のスイッチ」のように簡単にはいかないのです。

今後、米石油企業がどの程度の投資を決断するか、国際社会の反発をどう乗り越えるか、そして重質原油の市場競争力をどう確保するかが焦点となります。トランプ氏の号令が現実的な成果を生むまでには、相当な時間と困難が待ち受けていることは確実です。

参考資料:

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