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by nicoxz

東京23区と大阪神戸で家賃負担が危険水準に迫る理由

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はじめに

都市部の家賃が高いこと自体は、いまに始まった話ではありません。ただ、足元で起きているのは「高いまま」ではなく、「賃金の伸びを上回る速度で住居費だけが重くなる」変化です。東京23区では単身向けもファミリー向けも募集家賃が過去最高圏にあり、大阪市や神戸市でも2015年以降の最高値更新が続いています。

問題は、家賃の上昇が単独で起きていないことです。分譲マンション価格も急騰しており、本来なら購入に回るはずの需要が賃貸へ押し戻されています。人口流入、供給の細り、修繕や税負担の増加が重なることで、都市部の居住コストは家計の「調整弁」ではなく、固定的な重荷になりつつあります。本記事では、東京23区がなぜ手取りの4割近い負担感に接近しやすいのか、そして大阪・神戸でも同じ圧力が強まる理由を、公開統計と住宅市場データから整理します。

家賃負担率を押し上げる需給構造

募集家賃の上昇加速

賃貸市場の変化を最も端的に示すのは、民間ポータル各社の募集データです。アットホームによると、2025年5月時点で東京23区のシングル向きマンション平均募集家賃は初めて10万円台に到達しました。その後も上昇は止まらず、2026年2月時点では東京23区のシングル向きマンションが21カ月連続で最高値を更新しています。東京23区は8カ月連続で全面積帯が過去最高という状態です。

LIFULL HOME’Sの2026年2月レポートでは、東京23区のファミリー向き掲載賃料は25万5765円、シングル向き掲載賃料は13万2903円でした。いずれも過去最高で、特にファミリー向けは19カ月連続の上昇です。掲載賃料に対して、実際の需要を表す反響賃料はそこまで上がっておらず、借り手が「希望より遠く、狭く、古い」物件へ移らざるを得ない状況も示されています。

近畿圏でも事情は似ています。LIFULL HOME’Sの2025年総括版では、大阪市のファミリー向け掲載賃料が2024年12月の12万2875円から2025年12月には14万6091円へと1年で18.9%上昇したとされます。2025年6月時点でも、近畿圏ファミリー向け平均掲載賃料は8万6328円で過去最高でした。アットホームも、大阪市のシングル向きマンションが2026年2月まで19カ月連続で最高値更新、神戸市もマンションの全ての面積帯で前年同月を上回ると公表しています。東京だけが突出した例外ではなく、都市圏全体で住居費の基準線が切り上がっているわけです。

人口流入と供給制約

では、なぜ家賃がこれほど上がるのか。第一の要因は人口の都市集中です。総務省の住民基本台帳人口移動報告によると、2025年の東京都の転入超過数は6万5219人で全国最多でした。東京圏全体でも12万3534人の転入超過です。大阪圏も8742人の転入超過で、3年連続の流入超過となりました。働く場や学校、交通利便性が都市へ人を引き寄せる構図は、コロナ後に再び強まっています。

第二の要因は供給の弱さです。国土交通省の建築着工統計では、2025年の新設住宅着工は全体として減少でした。貸家も弱含みで、都市部の需要増に見合うだけの新規供給が十分に増えていません。住宅供給が遅れる一方で、建設工事費デフレーターは高い水準にあり、オーナーやデベロッパーにとって新築や大規模改修のコスト負担は重いままです。建て替えや新規供給が進みにくい環境では、既存ストックの募集賃料を引き上げて採算を合わせる動きが起こりやすくなります。

LIFULL HOME’S総研は、2025年の賃料上昇の背景として、固定資産税・都市計画税、修繕やメンテナンス費用、金利負担の増加を挙げています。これは重要な視点です。都市部の家賃上昇は、単に「人気エリアだから高い」のではなく、貸す側のコスト上昇が恒常化しているため、下がりにくい構造を持っています。

東京23区で4割近い負担感が生まれる仕組み

手取りより速く上がる住居費

家賃負担の重さを考えるとき、見るべきなのは額面収入ではなく手取りです。総務省統計局は、家計調査の可処分所得を「実収入から税金や社会保険料などを差し引いた手取り収入」と定義しています。2025年平均の家計調査では、勤労者世帯の実収入は月65万3901円でしたが、これは税・社会保険料控除前です。実際の可処分所得はここから一段下がります。

この前提で東京23区のファミリー向け掲載賃料25万5765円を見ると、住居費負担はかなり重いと分かります。額面ベースでも収入の4割弱に近く、手取りベースでは4割前後まで膨らみやすい計算になるからです。もちろん全世帯が平均収入で平均家賃の物件を借りるわけではありませんが、公開データだけでも「都市部の標準的な家賃が、一般的な勤労者世帯の可処分所得に強く食い込んでいる」ことは読み取れます。

国際比較でも、この水準は軽くありません。OECDは、住宅費が可処分所得の40%超となる状態を「housing cost overburden」と定義しています。さらに、OECDの住宅政策ページでは、低所得の賃貸世帯の3分の1が住宅費過重負担に陥っていると説明しています。日本の都市部家賃をこの基準にそのまま当てはめることはできませんが、東京23区でファミリー向け賃料が25万円台に乗る現実は、少なくとも「3割で安全」と言い切れる状況ではありません。

持ち家価格の急騰が賃貸市場を押し上げる連鎖

家賃が上がる背景には、購入市場の高騰もあります。LIFULL HOME’Sの2026年2月レポートでは、東京23区のファミリー向け中古マンション掲載価格は1億1932万円でした。2025年総括版でも、東京23区のファミリー向け中古マンション掲載価格は2025年12月に1億1549万円、大阪市でも5518万円まで上昇したとされています。

購入価格がこれだけ上がると、本来は持ち家取得を考える中間層まで賃貸に残りやすくなります。新築の供給が限られ、中古も高いとなれば、賃貸市場には「やむを得ず借り続ける」需要が積み上がります。賃貸の募集賃料が上がっても退去先が見つけにくいため、貸し手は強気の価格設定を続けやすいのです。

LIFULL HOME’Sは、2025年の東京23区シングル向き掲載賃料が1年で16.7%上昇したと分析しています。ファミリー向けも2024年12月の21万7709円から2025年12月には24万8669円へ14.2%上昇しました。購入市場の高騰が賃貸への滞留を生み、その滞留が賃料を押し上げる。東京23区で起きているのは、この連鎖です。

大阪市と神戸市に広がる危険水準

大阪市で進む都心から周辺部への波及

大阪市では、東京ほどの絶対水準ではないものの、上昇率は無視できません。LIFULL HOME’Sは2025年、都心6区を除く「大阪市その他区」のシングル向き賃料が64,130円で前年同月比13.7%上昇し、近畿圏の平均を押し上げたと報告しました。2025年総括版でも、大阪市のシングル向きは1年で14.2%、ファミリー向きは18.9%上昇しています。

ここで重要なのは、上昇が中心部だけにとどまっていないことです。大阪市外でも賃料の伸びが加速しており、近畿圏では郊外が「逃げ場」と言い切れなくなっています。東京で起きた都心高騰から郊外波及という流れが、大阪でも確認され始めたと見るべきです。

総務省統計では、大阪圏は2025年に転入超過が拡大しました。働く場所の集中が続く限り、交通利便性の高い大阪市内とその周辺では住居需要が底堅く、賃料は下がりにくいと考えられます。東京ほどではないから安心、という判断は危うい局面です。

神戸市で起きる相対的な負担増

神戸市は東京や大阪中心部に比べれば家賃水準そのものは低めですが、問題は可処分所得に対する比率です。アットホームによれば、2025年3月、2025年5月、2026年2月の各時点で神戸市のマンション家賃は面積帯全般で前年同月を上回りました。大都市圏のベッドタウン機能を持ちながら、家賃の上昇が続く地域では、絶対額の小ささ以上に「生活費全体の余白」が削られます。

神戸では大阪への通勤圏として住宅選択がなされるケースも多く、近畿圏全体の賃料上昇の影響を受けやすい特徴があります。都心に住めない層が周辺に流れ、周辺の家賃まで押し上げる現象です。こうした連鎖は、低所得層だけでなく、これまで比較的余裕があった中間層にも効いてきます。結果として、教育費や医療費、老後資金の積み立てに回せる余地がじわじわ縮みます。

注意点・展望

都市部の家賃負担を論じる際は、募集家賃と成約家賃の違いを区別する必要があります。募集家賃は貸し手の期待を含むため、実際に入居が決まる水準とはずれが生じます。ただ、LIFULL HOME’Sが示すように、掲載賃料と反響賃料の乖離が拡大していること自体が、借り手の無理な調整を示すサインでもあります。高いから成立していないのではなく、高い中で条件を下げて適応しているわけです。

もう一つの注意点は、「家賃を払えているから問題ない」と見誤ることです。OECDの40%基準はあくまで国際比較の便宜的な線ですが、住居費が3割を超えて4割に近づくと、貯蓄・教育・医療・移動の自由度は急速に落ちます。都市部ほど収入が高いから耐えられる、という議論は一面では正しいものの、同時に都市部ほど他の生活コストも高い点を見落とせません。

今後の焦点は、供給の回復と需要の分散です。住宅着工が弱く、建築コストも高止まりするなら、2026年以降も賃料の上昇圧力は残りやすいでしょう。家計の防衛策としては、通勤時間の許容範囲を見直す、駅距離や築年数の優先順位を再設計する、更新時の住み替えを早めに比較する、といった現実的な対応が重要になります。都市部の家賃は、待てば自然に下がる局面には見えません。

まとめ

東京23区の家賃負担が危険水準に近づくのは、単なる人気エリア化ではなく、人口流入、供給不足、建設コスト高、持ち家価格高騰が同時に進んでいるからです。募集賃料だけ見ても、東京23区ではファミリー向けが25万円台に達し、手取りベースでは4割前後の負担感が現実味を帯びています。

大阪市や神戸市も例外ではありません。近畿圏では都心部から周辺部へ上昇が波及し、相対的な負担増が進んでいます。住居費を抑えるには、同じ市内で探し続ける発想より、通勤圏全体で住まいを再設計する視点が必要です。都市部の家賃高騰は一時的なノイズではなく、生活設計そのものを見直させる構造変化として受け止めるべき段階に入っています。

参考資料:

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