米ドル信認低下の背景とFRB議長人事の影響
はじめに
2026年1月下旬、主要通貨に対する米ドルの強さを示す「ドル指数(DXY)」が約4年ぶりの低水準となる96台前半まで下落しました。ブルームバーグ・ドル・スポット指数も2022年3月以来の安値を記録しています。
背景には、トランプ米大統領の予測困難な政策運営に対する市場の不信感、FRB(米連邦準備制度理事会)の次期議長人事をめぐる思惑、さらには米国の財政赤字拡大や政府閉鎖リスクなど、複合的な要因があります。本記事では、ドル安の構造的な背景と今後の展望を整理します。
ドル指数急落の直接的な要因
トランプ政権への不信感と「アメリカ売り」
1月27日、ドル指数は4日連続で下落し、96.2まで低下しました。市場では「アメリカ売り」とも呼ばれる動きが広がっています。
その背景には、トランプ大統領によるグリーンランド取得の示唆、国際機関への拠出金停止、同盟国との関係軽視といった一連の動きがあります。投資家は米国の政策決定の予測可能性が著しく低下していると判断し、ドル建て資産からの資金流出が加速しています。
トランプ大統領自身はドル安について「素晴らしい状況だ」と記者団に語り、問題視しない姿勢を見せました。米国の輸出競争力を高めるドル安は、同大統領にとってむしろ好ましいとの立場です。
FRB次期議長人事の思惑
ドル安を加速させているもう一つの大きな要因が、FRBの次期議長人事です。現在のジェローム・パウエル議長は2026年5月に任期満了を迎えます。トランプ大統領は1月中に後任を指名すると表明しており、候補者の顔ぶれが市場の関心を集めています。
現在の主要候補は以下の4人です。
- ケビン・ハセット氏(ホワイトハウスNEC委員長):最有力候補とされるが、ホワイトハウスとの近さからFRBの独立性への懸念が指摘されています
- ケビン・ウォーシュ氏(元FRB理事):CNBC調査では回答者の50%が同氏の指名を予想。パウエル議長よりもハト派と見られています
- クリストファー・ウォラー氏(現FRB理事):2020年にトランプ大統領が指名した内部候補で、最近は利下げ支持の姿勢を示しています
- リック・リーダー氏(ブラックロックCIO):予測市場ではリードしているとの報道もあります
いずれの候補もパウエル議長と比較してハト派的な姿勢を持つと見られており、次期議長の下で利下げが加速するとの観測がドル売りにつながっています。
ドル安の構造的背景
拡大する財政赤字と政府閉鎖リスク
米国の財政赤字は拡大を続けており、長期的なドルの信認を損なう要因となっています。さらに、民主党指導部が国土安全保障関連の追加予算を含む1.2兆ドル規模の資金パッケージを阻止すると表明したことで、政府閉鎖の再燃リスクが浮上しました。
仏ソシエテ・ジェネラルの為替戦略責任者キット・ジャックス氏は「政府機関の一部閉鎖の可能性が出てきており、ドル強気派にとっては今も懸念材料が山積している」と指摘しています。
日米共同為替介入の憶測
市場では、米国と日本の当局が円を支えるために協調介入を行う可能性も取り沙汰されています。1月14日には1ドル=159円台前半と約1年半ぶりの円安水準を記録した後、日本政府による為替介入への警戒感が強まりました。
ただし、対ドルで円が上昇しているものの、他の主要通貨に対する円の上昇は限定的です。これは今回の動きが「円高」というよりも「ドル安」の側面が強いことを示しています。
今後の見通しとリスク
各社の予測
主要金融機関の2026年末のドル円予測は、総じて円高方向を見込んでいます。
- 野村證券:2026年末に1ドル=140円と予想
- 三井住友DSアセットマネジメント:年末着地で150円を予想
- ニッセイ基礎研究所:年末にかけて140円台中心のボックス圏を想定
いずれも現在の水準からは円高・ドル安方向の見通しです。メインシナリオに対するリスクバランスとしては、円安よりも円高リスクの方が高いとの見方が大勢です。
注視すべきポイント
今後のドル相場を左右する主な要因は以下の通りです。
- FRB次期議長の正式指名と上院承認:ティリス上院議員やマーコウスキー上院議員がFRBの独立性を理由に候補者の承認に反対する姿勢を示しており、人事が難航する可能性があります
- トランプ政権の関税政策:過度な関税がインフレを加速させれば利下げが困難になる一方、景気後退を招けば利下げ加速の圧力が強まります
- 2026年11月の中間選挙:選挙を意識したトランプ大統領がドル安政策を本格化させるかが注目されます
まとめ
米ドルの信認低下は、単なる一時的な調整ではなく、政治・経済両面にわたる構造的な要因が重なった結果です。FRB次期議長の人選は金融政策の方向性を大きく左右するため、今後数週間の動向が極めて重要です。
為替市場への影響は、日本の輸出企業の収益や輸入物価、さらには個人の外貨建て資産にも及びます。FRB人事の行方と米国の政策動向を注視し、為替変動への備えを検討する必要があります。
参考資料:
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