米欧関係の亀裂が深まる—トランプ政権と西側秩序の転換点

by nicoxz

はじめに

2024年12月、フランスのマクロン大統領が欧州首脳との協議で「米国が裏切るかもしれない」と発言したとドイツ誌シュピーゲルが報じました。この発言は、戦後80年近く続いた大西洋同盟の基盤である米欧間の信頼が根底から揺らいでいることを象徴しています。トランプ政権の再登場により、欧州への関与を減らすモンロー主義への回帰だけでなく、法の支配や多様性の尊重といった戦後秩序の中核的価値観を軽んじる姿勢が、欧州の対米不信を決定的なものにしました。本記事では、深刻化する米欧関係の亀裂、その背景にある価値観の対立、そして欧州が模索する戦略的自立の道筋について詳しく解説します。

トランプ政権と大西洋関係の変容

2025年の混乱の100日間

トランプ政権の2期目が始まった2025年、最初の100日間は特に混乱に満ちたものでした。貿易、同盟関係、国際秩序全般にわたって、第1期を質的にも量的にも上回る破壊的な政策が展開されました。米国が自国の同盟国を標的にしているかのような印象さえ与えました。

2025年4月2日、トランプ大統領がEUに対する関税を発表すると、EUは報復措置を発表しましたが、トランプ大統領が交渉のための90日間の一時停止を発表すると、EUも同様に報復措置を一時停止しました。この一連のやり取りは、予測不可能性が常態化した新しい大西洋関係を象徴しています。

2025年夏には、NATO、ウクライナ、貿易に関する合意により、やや建設的な期間もありました。しかし、トランプ大統領が数日、時には数時間で政策決定を覆すという予測不可能な行動は、大西洋間の不確実性を常態化させました。

NATOサミットと防衛費増額の約束

2025年6月24日から25日にかけてハーグで開催されたNATOサミットは、表面的には成功に見えました。欧州諸国は防衛予算の増額というトランプ大統領の要求に応じる代わりに、集団安全保障への米国の継続的なコミットメントを得ました。

全32のNATO加盟国が2025年に2%目標を達成または超過する見込みとなり、2035年までに防衛費をGDP比5%に引き上げることで合意しました。具体的には、2035年までにGDP比3.5%を中核防衛に、追加で1.5%をサイバーセキュリティやインフラなどの防衛関連事項に充てることが決まりました。

しかし、この合意の裏には深刻な不安がありました。欧州指導者たちは、トランプ大統領を宥めるためだけでなく、もはや米国に頼れないという認識から防衛費増額を決断したのです。

国家安全保障戦略における欧州軽視

トランプ政権の国家安全保障戦略(NSS)は、欧州に対する軽蔑的な姿勢を明確に示しています。強固な大西洋関係は米国の国家安全保障にとってもはや重要ではないとされ、商業的な取り決めが価値観を覆せるとされています。

NSSは欧州に対し「自国の防衛に対する主要な責任」を取るよう求めており、最近の国防総省会議では、欧州が2027年までにNATOの通常防衛能力の大半を引き継がなければならないと伝えられたとされています。これは実質的に、米国が西側諸国のリーダーとしての役割から退くことを意味します。

マクロン大統領と欧州戦略的自立の追求

戦略的自立の理念

2017年の大統領就任以来、マクロン大統領は欧州の戦略的自立を一貫して主張してきました。「同盟国であることは従属国であることを意味しない」という有名な発言に象徴されるように、米国への依存を減らし、欧州独自の判断力と防衛能力を強化することを訴えています。

マクロンのビジョンは、欧州防衛の強化、米国への依存度低減、ロシアとの新たな力学の確立という3つの柱で構成されています。2026年1月の時点で、マクロン大統領は「軍事的欧州」のリーダーとしての役割を模索し続けています。

中東欧諸国との温度差

しかし、マクロンの戦略的自立論は、欧州内部で一様に支持されているわけではありません。特に中東欧諸国は、米国を主要な安全保障の保証人と信頼しており、フランスが米国を苛立たせながら自国の地位を高めるような主張を、あたかも欧州全体の総意であるかのように提示することに疑念を抱いています。

ウクライナや中東欧のパートナー国の期待とは乖離しているとの批判もあります。マクロンの立場は「EUの東部と西部の間の不信を深めている」との指摘もあり、欧州の戦略的自立は一枚岩ではないことが明らかになっています。

トランプ政権の敵対的姿勢

皮肉なことに、トランプ政権の欧州に対する姿勢は、マクロンの戦略的自立論に追い風となっています。トランプ政権は欧州のリベラル民主主義を文明的対立における敵対者と見なしており、最近の政権ブログでは、リベラル民主主義、国際法、多元的統治の西側制度が「西洋文明そのものに対する運動における武器」になったと主張しています。

トランプ大統領とヴァンス副大統領は、移民反対や反リベラリズムを掲げる欧州の極右政党、さらにはプーチン大統領のリベラリズム批判を含む保守的政治思想と部分的に価値観を共有しています。トランプ政権は、DEI(多様性、公平性、包摂性)プログラムを終了する大統領令を発令し、欧州各国政府や企業にも追随するよう求めており、米欧間のイデオロギー的対立は深まっています。

西側秩序の崩壊と価値観の亀裂

「西側」概念の変容

冷戦時代、「西側」とは、自由民主主義、法の支配、人権、自由市場経済といった共通の価値観を共有する国々の共同体を意味していました。NATO同盟はこの価値観の共同体の軍事的表現でした。

しかし、トランプ大統領は、基本的な多国間慣行と伝統的な大西洋共同体、そして一連のリベラルな価値観の両方に疑問を投げかけており、もはや西側を統一されたリベラルな「我々」として語ることはできなくなっています。

米国は、民主主義や法の支配といった価値観を共有する西側諸国のリーダーであることから退き、国際的な公共財よりも自国の国家利益を優先する「普通の国」へと後退しています。これは戦後史における歴史的転換点であり、いわゆる「西側諸国」の概念が崩れようとしています。

リベラル国際秩序への挑戦

トランプ政権の第1期は、すでにリベラルなルールに基づく秩序と西側同盟に深刻な打撃を与えました。トランプ大統領の支配的な政治的枠組みは「アメリカを再び偉大に(MAGA)」することであり、ルールに基づく秩序はほとんど言及されませんでした。

トランプ大統領は、リベラルな価値観や同類性に対する軽視と、強力な指導者への賞賛を示しており、自身の権力に対する抑制と均衡に不満を抱く「できる強者」型の統治を提供しています。

世界中で、市民はリベラル国際秩序への信頼を失いつつあり、それが自分たちをより安全に、またはより豊かにしてくれなかったことを理由に挙げています。極右政党はリベラル民主主義の両側面とリベラル国際政治の主要要素の両方に挑戦しており、欧州と米国の間で重要な代替的な極右大西洋価値観共同体が出現しています。

欧州の対応:防衛費増額と産業基盤強化

大規模な防衛費増額

EU加盟国は2024年に3,430億ユーロを防衛に支出しており、これは2021年の2,180億ユーロから57%増加しています。2025年の予測では3,810億~3,920億ユーロに達する見込みです。

2025年のEU防衛支出は前年比11%増加し、推定3,810億ユーロに達し、GDP比では推定2.1%になります。2020年と比較すると62.87%の増加を示しています。

国別では、ポーランドがGDP比4.5%で最大の防衛支出割合を示し、リトアニア(4.0%)、ラトビア(3.7%)、エストニア(3.4%)が続いています。リトアニア外相は、2026年から2030年の間にGDP比5~6%を防衛に配分すると述べています。

欧州防衛産業の強化

EUは「欧州のための安全保障行動(SAFE)」を立ち上げており、これは欧州委員会の「ReArm Europe」計画の一部である1,500億ユーロの「武器のための融資」プログラムです。ReArm Europe(Readiness 2030)イニシアチブは、2024年から2033年にかけて複数のメカニズムを通じて8,000億ユーロを動員します。

2025年10月、EU27カ国の首脳は「Defense Readiness Roadmap 2030」に合意し、2026年から始まる大規模投資により、欧州がすべての領域で脅威を抑止し対応する能力を提供することを目指しています。

欧州防衛基金は、2026年に防衛研究開発に10億ユーロの資金を配分する計画で、このうち1億6,800万ユーロが極超音速兵器対策と高高度迎撃に、1億5,000万ユーロが将来の主力戦車プラットフォームと多連装ロケット発射装置の開発に充てられます。

戦略的自立への長い道のり

しかし、専門家は短期・中期的には戦略的自立と自立した欧州防衛部門は実現困難であり、これまで見られなかったレベルでのEU27加盟国間の持続的な政治的コミットメントと協力が必要だと指摘しています。

それでも、2025年は欧州が持続的な再軍備の時代に入ったことを確認した年となりました。防衛と安全保障に関して、欧州は新たな段階に入ったのです。

今後の展望と課題

衝突コースにある米欧関係

米国と欧州は、大西洋関係を根本的に変える衝突コースにあります。ほぼすべての問題で対立が見られ、大西洋間の不信は新政権の行動によって基盤が損なわれています。

ドイツのメルツ首相は就任前に、トランプ大統領がNATOの集団防衛義務を無条件に支持しないかもしれない可能性に欧州は備える必要があると述べています。共和党内部には、NATOからの脱退を求める真剣な声もあります。

「文化戦争」の激化

欧州外交問題評議会のアナリストによれば、トランプ政権はMAGA運動を通じて「西側」が何を意味するかをめぐる対立を深めており、同時に欧州防衛への関与を減らすことを示唆しながら高い関税を課すことで、EUの自律性と信頼性を損なっています。

この「文化戦争」は単なる政策の相違を超えて、民主主義、多様性、人権といった基本的価値観をめぐる根本的な対立に発展しています。

欧州の選択肢

欧州は今、重要な選択を迫られています。米国への依存を続けるか、困難ではあっても戦略的自立への道を歩むか。現実的には、両方の要素を組み合わせたハイブリッドなアプローチが求められるでしょう。

短期的には、NATOの枠組みを維持しながら、欧州独自の防衛能力を強化していく必要があります。中長期的には、欧州防衛産業の統合、共同調達の拡大、指揮統制システムの欧州化などを通じて、真の戦略的自立を目指すことになるでしょう。

日本への示唆

大西洋同盟の動揺は、インド太平洋地域、特に日本にとっても重要な示唆を持ちます。米国の同盟コミットメントの信頼性、価値観を共有する民主主義国家間の連帯の重要性、防衛力の自律性の必要性など、欧州が直面している課題の多くは、日本にとっても他人事ではありません。

「今日の欧州は、明日のインド太平洋」かもしれないという認識のもと、欧州の経験から学び、同盟関係の強化と自律的な防衛能力の向上を同時に追求する必要があるでしょう。

まとめ

マクロン大統領の「米国が裏切るかもしれない」という発言は、単なる懸念の表明ではなく、戦後秩序の根本的な転換を示すものです。トランプ政権の再登場により、米欧関係は単なる政策の相違を超えて、価値観そのものをめぐる対立へと深化しています。

欧州は過去最大規模の防衛費増額と産業基盤強化に乗り出しており、戦略的自立への道を歩み始めています。しかし、その道のりは長く険しいものです。27の主権国家からなるEUが、真に統一された防衛・外交政策を実現できるかどうかは、今後数年間の取り組みにかかっています。

いわゆる「西側諸国」という概念が崩壊しつつある今、民主主義、法の支配、人権といった普遍的価値を共有する国々が、新たな連帯の形を模索する必要があります。大西洋を越えた同盟だけでなく、太平洋を越えた連帯も含めて、自由で開かれた国際秩序を守るための新しい枠組みが求められています。

参考資料:

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