衆院選の争点「賃金底上げ」、積極財政と円安の板挟み
はじめに
高市早苗首相は1月14日、自民党幹部に衆議院を解散する意向を伝えました。2月上中旬の投開票が有力視される中、選挙戦の争点として「物価高に負けない賃金の底上げ」が浮上しています。
しかし、事態は単純ではありません。高市政権が掲げる積極財政路線は、円安を助長し、かえって物価高を加速させる懸念があります。実質賃金は11カ月連続でマイナスが続いており、「経済の好循環」実現への道筋は不透明です。
本記事では、賃金と物価をめぐる最新の動向と、衆院選で問われる経済政策の課題について解説します。
衆院解散と選挙の背景
高市首相が解散を決断した理由
高市首相が衆院解散に踏み切る背景には、高い内閣支持率があります。日本経済新聞社の世論調査によると、高市内閣の支持率は2025年12月時点で75%を記録し、発足以来70%台を維持しています。
現在、自民党と日本維新の会による連立与党の衆院会派議席は過半数ギリギリの233議席です。参院では少数与党の「ねじれ国会」状態にあり、政権運営は不安定な状況が続いています。高支持率のうちに選挙を行い、政権基盤を強化する狙いがあります。
2月衆院選は36年ぶり
選挙日程は「1月27日公示、2月8日投開票」が有力です。1月23日解散、2月8日投開票となれば、解散から16日後の投開票は戦後最短となります。2月の衆院選は実に36年ぶりのことです。
ただし、この日程には批判も出ています。物価高対策を盛り込んだ2026年度予算の成立が4月以降にずれ込むのは確実であり、「経済と国民生活をないがしろにする」という声が与野党双方から上がっています。
実質賃金マイナスの現状
11カ月連続でマイナス継続
厚生労働省の毎月勤労統計によると、2025年11月の実質賃金は前年同月比でマイナスとなり、11カ月連続の減少を記録しました。2022年のロシアによるウクライナ侵略以降始まった物価高により、賃金上昇が追いついていない状況が続いています。
2025年10月時点で、現金給与総額は前年比2.6%増加しましたが、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)は前年比3.4%の上昇となっており、物価の伸びが賃金を上回っています。
政府の楽観的な見通しと懸念
政府は電気・ガス代への補助復活などの政策効果により、2026年度には実質賃金がプラスに転じると見込んでいます。第一生命経済研究所の予測でも、2026年2〜3月にはCPIコアが前年比2%を割り込み、実質賃金が小幅プラスとなる可能性が示されています。
しかし、楽観はできません。電気・ガス代補助が縮小・終了に向かう4月以降については不透明感が残ります。また、円安が続けば企業の値上げ意欲が再び積極化し、物価上昇率が高止まりするリスクがあります。
積極財政と円安のジレンマ
財政拡張が円安を招くメカニズム
高市政権は積極財政を経済政策の柱に据えていますが、これが皮肉にも円安・物価高を助長する構図が指摘されています。
大規模な財政出動は需要超過を招き、物価上昇圧力を強めます。このインフレ予想が通貨価値を押し下げるため、円安が進行します。さらに、財政赤字の拡大は新規国債発行を積み増すことになり、債券需給を悪化させて長期金利上昇を促します。
大和総研の分析によると、「責任ある積極財政」の下で長期金利上昇と円安が同時進行しており、この背景には財政・金融政策への市場の懸念があると指摘されています。
悪循環のリスク
第一生命経済研究所の試算では、ドル円レートが165円を超えると企業の価格転嫁行動が急激に積極化し、円安による物価押し上げ効果が大きくなるとされています。
物価高対策として財政出動を行えば、それがさらなる円安を招き、物価高を加速させる悪循環に陥るリスクがあります。この悪循環が進めば、金融引き締めが後手に回る「ビハインド・ザ・カーブ」の状況となり、物価上昇に歯止めが利かなくなる恐れがあります。
2026年春闘と賃上げの見通し
3年連続5%台の賃上げが焦点
2025年春闘では、連合の集計で5.25%(加重平均)の賃上げが実現しました。厚生労働省の調査でも賃金改定率は4.4%、改定額は13,601円と、いずれも前年を上回る水準でした。
2026年春闘について、連合は「賃上げ分3%以上+定昇相当分込みで5%以上」を目安に掲げています。第一生命経済研究所は2026年の春闘賃上げ率を5.20%と予測しており、3年連続で5%台の高い賃上げが期待されています。
中小企業との格差が課題
賃上げには企業規模間の格差があります。厚生労働省の調査では、従業員5,000人以上の企業で改定率が5%を超える一方、300〜999人では4.0%、100〜299人では3.6%と、規模が小さくなるほど改定率は低くなる傾向があります。
連合は中小労組に対し「6%以上」の目安を掲げ、格差是正を促していますが、原資に限りがある中小企業にとって高い賃上げのハードルは依然として高いのが現状です。
経済好循環は実現するか
デフレ脱却に向けた歩み
2024年12月の月例経済報告では、「四半世紀にわたり続いた、賃金も物価も据え置きで動かないという凍りついた状況が変化し、賃金と物価の好循環が回り始めている」と評価されています。
2025年の春季労使交渉では2年連続で高い賃上げが実現し、「賃金と物価の好循環」は定着しつつあります。日本経済は「デフレではない」状況にありますが、「デフレ脱却」の宣言には至っていない微妙な段階にあります。
2026年の展望と課題
2026年の日本経済は、価格転嫁の一巡と政府の物価高対策により物価上昇が鈍化し、実質賃金の上昇による消費拡大が期待されています。需給ギャップの解消とともに、インフレ経済の定着・正常化が進む見通しです。
ただし、サービス業における値上げの浸透が不十分であることや、米国の関税政策による下振れリスクなど、好循環の持続を阻む要因も存在します。また、物価と賃金の相互参照が十分に根付いておらず、サービス価格主導のインフレには至っていないという構造的な課題もあります。
まとめ
衆院選で「賃金底上げ」が争点となる中、高市政権は積極財政による円安・物価高の加速という矛盾に直面しています。実質賃金のプラス転換は視野に入りつつありますが、その持続性には不透明感が残ります。
有権者に問われるのは、短期的な物価高対策と中長期的な経済成長のバランスをどう取るかという難しい選択です。3年連続の5%台賃上げが実現しても、それが物価上昇に追いつかなければ国民生活の改善にはつながりません。「経済好循環」の実現に向け、財政政策と金融政策の整合性が改めて問われています。
参考資料:
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