円安でも強い国は実現するか?高市政権の経済戦略を読み解く
はじめに
2026年2月20日の施政方針演説で、高市早苗首相は「成長のスイッチを押して、押して、押しまくってまいります」と力強く宣言しました。衆院選での歴史的圧勝を経て、「責任ある積極財政」を旗印に掲げる高市政権が本格的に始動しています。
その政策の根底にあるのが「為替が変動しても強い経済構造をつくる」という構想です。円安が長期化する中で、為替の逆風を追い風に変え、日本経済の体質そのものを変革するという野心的なビジョンといえます。しかし、この構想は本当に実現可能なのでしょうか。本記事では、高市政権の経済戦略を多角的に分析し、「円安でも強い国」という世界線がどこまで現実味を持つのかを検証します。
高市政権が描く「為替に強い経済構造」の全体像
「責任ある積極財政」の柱
高市政権の経済政策は、大きく二つの柱で構成されています。第一の柱は「危機管理投資」であり、食料・エネルギー・防衛といった安全保障に直結する分野への投資です。第二の柱は「成長投資」で、先端技術や研究開発への大胆な資金投入を目指しています。
2025年11月に閣議決定された総合経済対策は事業規模42.8兆円に達し、歴代6番目の規模となりました。補正予算では総額18.3兆円の追加歳出のうち、約64%にあたる11.7兆円を新規国債の発行で賄う構成です。高市首相は施政方針演説で「複数年度予算や長期的な基金による投資促進策を大胆に進める」と明言しており、従来の単年度予算の枠組みを超えた投資の仕組みづくりにも意欲を示しています。
国内投資の喚起がカギ
高市首相が繰り返し強調しているのが、日本企業の国内投資の少なさです。企業が工場や研究開発拠点を海外ではなく国内に構えるよう促すことで、為替変動の影響を受けにくい経済基盤をつくるというのが基本的な発想です。
衆院選の演説では「為替変動にびくともしない日本をつくる」と述べ、官民協調による国内投資の拡大に強い意欲を見せました。具体的には、事業者が研究開発や設備投資に取り組みやすくなるよう、税制面での優遇措置や補助金制度の拡充が検討されています。半導体やAIといった先端産業の国内立地を促進し、製造業の国内回帰を後押しする方針です。
この戦略が成功すれば、円安による輸入コスト増を国内の付加価値創出で相殺し、結果的に為替変動への耐性が高まるという論理です。
円安がもたらす光と影――構造的課題を直視する
円安のメリットを活かす分野
円安環境には確かにプラスの側面があります。輸出企業にとっては、海外で得た利益を円に換算した際に収益が膨らむ効果があり、自動車や機械など日本の基幹産業にとっては追い風です。
インバウンド観光も円安の恩恵を大きく受けています。2024年の訪日外国人旅行消費額は8.1兆円と過去最高を記録しました。2026年の訪日外国人旅行者数は4,140万人と見込まれており、円安基調が続く限り「日本での買い物・体験が割安に感じられる」という訪日需要の追い風は持続する見通しです。
さらに高市首相が衆院選で言及した外国為替資金特別会計(外為特会)の含み益も、円安がもたらす副産物です。円安局面では外貨建て資産の評価額が膨らむため、政府の保有する外貨準備が帳簿上の利益を生み出します。ただし、この含み益を直接的な財源として活用することには制度的な壁があります。
物価高という深刻な副作用
一方で、円安の副作用は国民生活に直接的な打撃を与えています。日本はエネルギーと食料の多くを輸入に頼っており、円安は輸入物価の上昇を通じて家計を圧迫します。鉱物性燃料の輸入依存度の高さが貿易収支構造の脆弱性となっているのは、長年指摘されてきた構造的課題です。
高市首相が1月31日の衆院選応援演説で「円安で外為特会の運用がホクホク状態だ」と発言した際には、大きな波紋を呼びました。野党からは「円安でスーパーの値札を見ながらホクホクしている人はいるか」と批判が相次ぎ、首相はその後Xで「為替変動にも強い経済構造を作りたいとの趣旨で申し上げた」と釈明する事態に至りました。
構造的な円安圧力の正体
現在の円安は一時的な現象ではなく、日本経済の構造変化を反映した中長期的なトレンドとする見方が有力です。貿易赤字が常態化していることで、海外から輸入する際に円を売って外貨を調達する需要が恒常的に発生し、円安圧力がかかり続けています。
2026年1月の貿易収支は1兆1,526億円の赤字で、前年同月比では58%縮小したものの依然として赤字基調が続いています。少子高齢化による社会保障費の増加や長期にわたる財政赤字も、円の価値を押し下げる構造的な要因です。日米金利差が縮小しない限り、円安圧力は容易には解消されません。
今後の注意点と展望
財政拡張と円安の「負のスパイラル」リスク
高市政権の積極財政には、市場から強い警戒感が向けられています。第一生命経済研究所の分析では「円安・債券安を招いた高市政策」と指摘され、東洋経済オンラインでは「金融抑圧と円安へまっしぐら」との論評も出ています。
最大のリスクは、積極財政による国債増発が財政規律への不信を招き、長期金利の上昇や制御不能な円安を引き起こす「負のスパイラル」に陥ることです。大和総研は「消費税減税を実行すれば、財政への中長期的な懸念が高まり、意図せざる長期金利の上昇・円安を招く可能性が強い」と警告しています。
日銀の金融政策との整合性
2026年の金融政策では、日銀が6月までに追加利上げを行う確率は73%と見積もられています。政策金利が段階的に引き上げられれば、日米金利差の縮小を通じて円安圧力は緩和される可能性があります。しかし、高市政権の積極的な財政拡張が物価上昇圧力を高める場合、日銀は利上げと景気配慮のジレンマに直面することになります。
元財務官の山崎氏は「高市財政路線への理解が進めば円安は沈静化する」との見方を示していますが、一方で為替市場は1ドル145〜160円のレンジで推移するとの予測が多く、劇的な円高転換は見込みにくい状況です。
まとめ
高市政権が掲げる「円安でも強い国」という構想は、国内投資の喚起と産業構造の転換によって為替変動への耐性を高めるという、方向性としては合理的なビジョンです。インバウンド需要の取り込みや輸出企業の競争力強化など、円安のメリットを最大化する施策にも一定の説得力があります。
しかし、その実現には長い時間が必要であり、短期的には積極財政がさらなる円安と物価高を招くリスクが存在します。国債市場や為替市場は「政権に忖度しない」という厳しい現実があり、財政規律とのバランスを欠けば、構想そのものが瓦解しかねません。
「為替変動にびくともしない日本」が実現するかどうかは、成長投資が実際に民間の国内投資を呼び込み、産業の付加価値を高められるかにかかっています。政策の方向性だけでなく、その実行力と市場との対話が問われる局面が続きます。
参考資料:
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