中国レストラン「西貝」が102店閉鎖、預制菜騒動が招いた消費者離れ
はじめに
中国の大手レストランチェーン「西貝(シーベイ)」が全店の3割にあたる102店舗を閉鎖すると発表しました。約4000人の従業員が転属または解雇となり、関連損失は5億元(約110億円)に上るとされています。
この事態の発端は、2025年9月にあるインフルエンサーがSNSに投稿した批判でした。「預制菜(ユジツァイ)」と呼ばれる調理済み食品の使用を指摘したことがきっかけで、ネット上で大論争が巻き起こり、消費者離れを招きました。
本記事では、西貝閉店の経緯、預制菜をめぐる中国での論争、そして外食産業への影響について詳しく解説します。
騒動の発端
インフルエンサーの告発
2025年9月上旬、中国の実業家で1600万人のフォロワーを持つインフルエンサー・羅永浩(ルオ・ヨンハオ)氏が、西貝の店舗で食事した後、SNSに投稿を行いました。
羅氏は「ほとんどが調理済みの食品を直前に温めたもので、それでいて値段が高過ぎる。本当に気持ち悪い」と批判し、「国は飲食店に対して事前に作り置きの料理の使用について、明記するよう強制的に義務化すべきだ」と訴えました。
羅氏はその夜、800元(約1万6000円)を消費し、料理の多くは温め直した調理済み料理で温度が足りないと指摘しました。この投稿は消費者の共感を呼び、瞬く間に拡散しました。
西貝の反論と謝罪
西貝レストラン側は当初、「預制菜なんか使っていない。告訴してやる」と激しく反論し、論戦を巻き起こしました。しかし批判から5日後の9月15日、西貝は謝罪に踏み切りました。
謝罪声明で西貝は「可能な限り中央厨房での前処理を店舗での調理に切り替える」と表明しました。ただし、自社の工程を「中央厨房(セントラルキッチン)前置加工」と表現し、あくまで「預制菜」ではないとの立場は崩しませんでした。
深刻な売上への影響
店舗ごとの損失
激しい論戦の結果、西貝の顧客は激減しました。羅氏のSNS投稿直後には各店舗それぞれ100万元(約2000万円)の売上減となり、論争が白熱してからは店舗あたり200万〜300万元(約4000万〜6000万円)の売上が流出したとされています。
店舗の一日の売上は50%も激減し、華北地方のある店舗ではランチのピーク時にもかかわらず、わずか5テーブルの客しかいないという状況に陥りました。
102店舗の閉鎖決定
創業者の賈国龍(ジア・グオロン)氏によると、2026年に入ってから店舗の売上が前年比50%減少し続けており、預制菜騒動以降、どの店舗も利益が出ていない状態だとしています。
閉店は主に一級・二級都市に集中しています。上海が19店舗で最多、北京が10店舗、深センが8店舗、広州が5店舗となっています。杭州、武漢、長沙は各4店舗、成都、仏山、昆明、蘇州は各3店舗で、これらの都市で合計約66店舗が閉鎖されます。
102店舗の閉鎖後、西貝は全国で268店舗を維持することになります。
従業員への対応
賈氏は、解雇される従業員について給与は「一銭も欠けることなく」支払うと約束しています。また、年越し料理の予約を受けている店舗については、すぐに閉鎖すれば損失は少なくなるものの、顧客への約束を履行するため「最後の一食を終えて」から閉鎖するとしています。
論争の核心:「預制菜」とは何か
定義をめぐる対立
この騒動の核心にあるのは、「預制菜」の定義をめぐる認識の差です。
2024年に中国の市場監督当局など6部門が共同発表した通知では、「工業的な加工を経た包装済み食品」を預制菜と定義しています。この定義によれば、チェーン店が中央厨房で調理し自店舗に配送する料理は預制菜に含まれません。
一方、羅氏や多くの消費者は「その場で一から調理しないものはすべて預制菜」と考えています。この認識の差が論争を長期化させました。
日本のセントラルキッチン方式との違い
日本では、ファミリーレストランなどがセントラルキッチン(集中調理施設)で下処理した食材を各店舗に配送し、最終調理を行う方式は一般的です。効率化とコスト削減、品質の均一化を目的としたこの方式は、消費者からも広く受け入れられています。
しかし中国では、外食に「できたての手作り料理」を期待する消費者が多く、セントラルキッチン方式への理解が十分に浸透していませんでした。
中国の預制菜市場と規制動向
急成長する市場
中国の預制菜市場は急速に拡大しています。2021年に3000億元規模だった市場は、2026年には1兆元超(約20兆円)に到達すると予測されています。
購買の動機については約7割が「時間の節約」であり、「外食デリバリーより健康、衛生的」との回答も8割を超えています。預制菜販売は全国の一線・二線都市で65%を占め、31〜40歳の層が46%と主要な顧客層となっています。
安全性への懸念
2024年には預制菜のメーカーが法定の処理要求を満たさない製造を行っていたことが発覚し、預制菜に対する安全性への疑問が高まりました。「健康」と「安心」を求める中国消費者への対応を意識した経営が求められるようになっています。
政府による規制強化
中国政府は飲食店の店内調理について、消費者に明示するガイドラインを作る方針を発表しています。飲食店での加工度合いに応じて「手作り」「店内調理」「加熱調理」といった格付け基準を設け、顧客への明示を義務付ける予定です。
消費者保護と産業振興の両立を目指すこの取り組みは、今後の外食産業に大きな影響を与えると見られています。
注意点・今後の展望
SNS時代のリスク管理
西貝の事例は、SNS時代における企業のリスク管理の重要性を示しています。インフルエンサーの一投稿が瞬時に拡散し、企業の存続を脅かす事態にまで発展しました。
特に初期対応として「告訴する」と強硬な姿勢を示したことが、世論をさらに敵に回す結果となりました。企業には、危機発生時の迅速かつ誠実なコミュニケーションが求められます。
透明性の重要性
この事件は、情報開示の透明性が消費者との信頼関係構築に不可欠であることを教えています。調理方法や食材の加工度合いについて、消費者に正直に伝えることが、長期的なブランド価値の維持につながります。
外食産業全体への波及
西貝の騒動は、中国の外食産業全体に影響を及ぼしています。今後、預制菜の使用を明示する動きが広がるとともに、消費者の「できたて」「手作り」への期待に応える店舗が競争優位を持つ可能性があります。
まとめ
西貝の102店舗閉鎖は、単なる一企業の問題にとどまらず、中国の外食産業が抱える構造的な課題を浮き彫りにしました。預制菜をめぐる消費者の認識と業界の実態のギャップ、SNS時代の風評リスク、そして情報開示の重要性という複数の論点が絡み合っています。
中国政府による新たなガイドライン策定を契機に、外食産業は透明性と消費者との信頼関係を重視した経営への転換を迫られています。日本企業にとっても、中国市場で事業展開する際には、消費者の期待値と情報開示のあり方について慎重な検討が必要です。
参考資料:
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