養命酒が非公開化へ、ツムラが薬用養命酒事業の買収を検討
はじめに
400年以上の歴史を持つ「薬用養命酒」を製造する養命酒製造株式会社が、株式の非公開化に向けて動き出しています。筆頭株主である投資会社「湯沢」との協力のもと、非公開化後に主力の薬用養命酒事業を売却する方針で、漢方薬大手のツムラが最有力の買い手候補として浮上しています。
この動きの背景には、主力商品の販売不振や業績低迷、そして「物言う株主」として知られる村上世彰氏の親族が関わる投資会社の存在があります。日本を代表する伝統的なブランドがどのような形で次の時代を迎えるのか、業界関係者の注目を集めています。
本記事では、養命酒製造の非公開化の経緯、ツムラによる事業買収の狙い、そして漢方・生薬業界への影響について詳しく解説します。
非公開化の経緯と背景
投資会社「湯沢」の台頭
養命酒製造の株主構成が大きく変わったのは2025年3月のことです。それまで筆頭株主だった大正製薬ホールディングスが、保有する全株式(議決権ベースで約24%)を投資会社の湯沢(東京・渋谷)に売却しました。
この湯沢という会社には、アクティビスト(物言う株主)として知られる村上世彰氏の親族である野村幸弘氏が資金を提供しています。野村氏は村上氏の長女の夫(娘婿)にあたり、現在は養命酒株の3割超を実質的に保有しています。
KKRとの交渉破談
養命酒製造は2025年8月、大手証券会社をアドバイザーに起用し、非公開化の検討に入りました。同年12月には米投資ファンドのKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)に優先交渉権を付与し、TOB(株式公開買い付け)による非公開化の協議を進めていました。
しかし、筆頭株主である野村氏側が株式売却に応じない意向を示したため、KKRによるTOBは成立しないと判断され、2025年12月30日に優先交渉権は失効しました。事実上、KKRとの交渉は打ち切られた形です。
湯沢との協議へ方針転換
KKRとの交渉破談を受け、養命酒製造は湯沢が株主として残る形での非公開化について協議を進める方針に転換しました。取引条件については「KKR案を上回る水準が必要」との認識を示しています。
2026年2月2日、養命酒製造は湯沢と協力して株式を非公開化し、その後に主力の薬用養命酒事業を売却する方針を固めたことが明らかになりました。事業の売却額は数十億円規模とみられ、早ければ2月中にも発表される見込みです。
業績低迷と経営課題
主力商品の販売不振
養命酒製造の業績は近年、厳しい状況が続いています。主力商品である「薬用養命酒」の販売が減少傾向にあり、物価上昇による消費者の購買行動の変化などが影響しています。
2025年3月期中間期の業績では、養命酒の売上高が前年同期比3.9%減の34億2,300万円にとどまりました。店頭での陳列強化や調剤薬局への配荷拡大など様々な施策を講じたものの、販売減に歯止めがかかっていません。
大幅減益の実態
2025年3月期の経常利益は前期比34.0%減の6.2億円まで落ち込みました。営業利益は前期比で7割もの大幅減少となっています。
第3四半期業績では、売上高77.25億円(前年同期比3.3%減)、営業利益1億円(同76.8%減)と、大幅な減益が続いています。一方で、くらすわ関連事業(レストラン・物販など)は25.4%増と好調で、新規出店効果が表れていますが、主力事業の落ち込みを補うには至っていません。
先行投資の負担
養命酒製造は新たな収益源の確立を目指し、「くらすわの森」(長野県駒ヶ根市)などの新規事業に投資を行っています。しかし、こうした先行投資がコスト増加要因となり、短期的には利益を圧迫しています。
中期経営計画では、最終年度において売上高200億円以上、営業利益率10%、ROE4%という目標を掲げていますが、現状とのギャップは大きい状況です。
ツムラによる事業買収の狙い
買収検討の表明
漢方薬メーカーのツムラは2026年2月3日、養命酒製造の主力製品である「薬用養命酒」事業などの買収を検討していることを明らかにしました。
ツムラが養命酒事業に関心を示す背景には、両社がともに漢方薬の原料となる「生薬」を扱っているという共通点があります。原料の共同調達などによる事業効率化が見込めるとしています。
生薬調達における相乗効果
ツムラは医療用漢方製剤に使用する原料生薬の約9割を中国から調達しています。品質にかなう生薬を安定確保するため、契約した生薬生産団体・産地会社を通じて調達する体制を構築しています。
養命酒も14種類の生薬を配合した製品を製造しており、生薬の調達ルートや品質管理ノウハウには共通点があります。買収が実現すれば、調達スケールメリットを活かしたコスト削減や、安定供給体制の強化につながる可能性があります。
国内市場での圧倒的シェア
ツムラは医療用漢方製剤の国内市場で8割以上のシェアを持つトップメーカーです。健康保険が適用される医療用漢方製剤148処方のうち、129処方を販売しています。
国内市場でのシェア拡大による成長が見込みにくい中、薬用養命酒という消費者向けブランドを取得することで、一般消費者向け市場への展開を強化できる可能性があります。
中国事業との連携
ツムラは中長期的な成長戦略として、中国事業の拡大に注力しています。2031年度には海外売上高比率を現在の1割から50%にまで拡大させる方針です。
中国市場(16兆円規模)でのツムラのシェアはまだ1%未満に過ぎませんが、品質を強みとする製品は現地でも一定のニーズが見込めます。養命酒ブランドを活用した中国市場開拓の可能性も、買収検討の背景にあると考えられます。
薬用養命酒の歴史と価値
400年以上の伝統
薬用養命酒は、慶長7年(1602年)に信州伊那の谷で塩沢宗閑翁が創製したとされる、約400年の歴史を持つ製品です。「世の人々の健康長寿に尽くしたい」という願いのもと誕生し、代々受け継がれてきました。
伝説によると、塩沢宗閑翁が大雪の晩に旅の老人を救い、その老人が3年後に去る際に薬酒の製法を伝授したとされています。製法は一子相伝の秘法として守られ、完成までに2,300日もの時間を要したと古文書に記されています。
14種類の生薬を配合
薬用養命酒には、「巡らせる」「補う」「温める」「取り除く」という4つの働きを持つ14種類の生薬が配合されています。配合生薬のうち12種類は日本薬局方に収載されている医薬品で、品質や純度の基準が厳格に定められています。
具体的には、インヨウカク、ウコン、ケイヒ、コウカ、ジオウ、シャヤク、チョウジ、トチュウ、ニクジュヨウ、ニンジン、ポウフウ、ヤクモソウ、ウショウ、ハンピが使用されています。
ブランド価値の維持
日本最古の商標といわれる「飛龍」のロゴを400年以上使い続けるなど、養命酒は伝統と革新を大切にしてきました。技術は進歩しても基本となる製法の考え方は当時のままで、日本の気候風土や日本人の体質に合わせた独自の処方が特徴です。
飲んだ人の約半数がリピーターになるとされる高い顧客満足度も、ブランドの強みです。
今後の展望と注意点
事業売却後のブランド継続
買収が実現した場合、ツムラが400年の伝統を持つ養命酒ブランドをどのように継承・発展させていくかが注目されます。消費者からの信頼を維持しながら、新たな成長戦略を描けるかどうかが課題となります。
従業員への影響
非公開化と事業売却は、養命酒製造で働く従業員にとっても大きな転換点となります。雇用の継続や待遇の維持など、人事面での対応も今後の協議の焦点になると考えられます。
漢方・生薬業界への波及
国内漢方・生薬業界のトップメーカーであるツムラが、伝統あるブランドを傘下に収めることになれば、業界地図に影響を与える可能性があります。他の漢方メーカーや生薬関連企業の戦略にも影響が及ぶかもしれません。
まとめ
養命酒製造の非公開化と薬用養命酒事業のツムラへの売却は、日本の伝統的な健康産業における大きな転換点となります。主力商品の販売不振や業績低迷を背景に、投資会社「湯沢」との協力のもとで再編が進められています。
ツムラにとっては、生薬調達の効率化や消費者向け市場への展開強化というメリットがあります。一方で、400年の歴史を持つブランドの価値をいかに守り、発展させていくかが問われることになります。
事業売却額は数十億円規模とみられ、早ければ2月中にも正式発表される見通しです。伝統と革新の両立を目指す老舗ブランドの行方に、業界関係者のみならず消費者からも注目が集まっています。
参考資料:
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