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by nicoxz

「だろう」経営の落とし穴、株主対応の新常識とは

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はじめに

自動車教習所で教わる「だろう運転」と「かもしれない運転」の教え。歩行者が飛び出して「こないだろう」ではなく、「くるかもしれない」と備える心構えが安全運転の基本です。この教訓は、いま企業経営にも当てはまります。

アクティビスト(物言う株主)の活動が年々活発化する中、従来の経験則に基づく「だろう経営」は重大なリスクをもたらしかねません。2024年の株主提案数は過去最高の113社を記録し、大量保有報告書で「重要提案行為」と記載されたケースは前年比55%増の133件に達しました。本記事では、養命酒製造の事例を軸に、「かもしれない経営」への転換がなぜ急務なのかを解説します。

養命酒製造が直面した「だろう経営」の代償

大正製薬の株式売却と想定外の展開

約400年の歴史を持つ養命酒製造が、株主構成の劇的な変化に見舞われました。筆頭株主として長年24%の株式を保有してきた大正製薬ホールディングスが、2025年3月に全株式を投資会社「湯沢」に売却し、資本・業務提携を解消したのです。

養命酒製造にとって、大正製薬は「安定株主であり続けるだろう」という前提で経営を行ってきたと推察されます。しかし、その前提が崩れた瞬間、経営の舵取りは一変しました。

村上世彰氏親族による株式買い増し

大正製薬から株式を取得した投資会社「湯沢」の背後には、アクティビスト投資家として知られる村上世彰氏の親族がいました。村上氏の長女の夫である野村幸弘氏が、共同保有者分と合わせて28.01%まで養命酒株を買い増しました。

その後、2025年12月には米大手投資ファンドKKRが養命酒製造の買収に乗り出し、全株取得による非公開化を目指してTOBの実施を検討しました。時価総額は約800億円規模です。しかし、事実上の筆頭株主である野村氏が株式売却に応じない意向を示したため、KKRへの優先交渉権は失効。養命酒製造は、湯沢が株主として残る形での非公開化について協議を進める方針を打ち出すなど、複雑な局面が続いています。

激変するアクティビスト環境

過去最多を更新する株主提案

養命酒製造の事例は決して特殊なケースではありません。日本におけるアクティビスト投資家の活動は、ここ数年で急速に拡大しています。

2024年6月の株主総会シーズンでは、株主提案を受けた企業数が113社と過去最高を更新しました。アクティビスト投資家等の機関投資家による提案数は59社に達し、高水準で推移しています。世界全体でもアクティビストの提案・要求が2024年に過去最多を記録し、日本を含むアジア圏は全体の2割強を占めるまでに成長しました。

2025年に入っても勢いは衰えず、むしろ一部のアクティビスト投資家は前年以上に活発な動きを見せています。書簡送付や株主提案の公表が相次ぎ、2025年6月の株主総会シーズンに向けた布石が打たれています。

要求内容の多様化

かつてのアクティビストの要求は、配当増額や自己株式取得といった株主還元策が中心でした。しかし近年は、ガバナンス改革、役員報酬の見直し、ESG対応、さらにはM&Aへの介入など、要求内容が多様化しています。

特に注目すべきは「M&Aアクティビズム」の台頭です。非上場化に伴うTOBへの介入だけでなく、アクティビスト自らが非上場化を提案するケースも出てきています。養命酒製造の事例はまさにこの流れを象徴するものです。

「かもしれない経営」への転換

なぜ経験則が通用しなくなったのか

日本企業を取り巻く環境は、過去の経験則では対処しきれないほど複雑化しています。地政学リスク、サイバー攻撃、気候変動など外部環境の変化に加え、株主構成の変動リスクも格段に高まっています。

日本では株主の権利が非常に強く、臨時株主総会の招集請求に必要な議決権割合は3%と、欧米に比べてかなり低い水準です。このため、少数株主であっても経営に大きな影響を与えうる環境が整っています。「安定株主がいるから大丈夫だろう」「うちの会社は狙われないだろう」という思い込みは、もはや危険です。

企業が取るべき備え

「かもしれない経営」への転換には、いくつかの実践的なアプローチが求められます。まず、株主構成の変動シナリオを常に想定し、安定株主が離脱した場合の対応策を事前に策定しておくことが重要です。

次に、日頃からの株主との対話(エンゲージメント)を充実させることです。金融庁が2025年6月に公表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」でも、企業と投資家の対話の質を高めることが重視されています。

さらに、東京証券取引所が公表した「コーポレート・ガバナンス白書2025」によれば、監査等委員会設置会社への移行が進み、東証プライム市場上場企業の48.1%がこの形態を採用しています。ガバナンス体制の強化は、アクティビスト対応の基盤となります。

注意点・展望

過剰防御のリスク

アクティビスト対応を意識するあまり、過度な防衛策に走ることは逆効果です。上場企業の間では買収防衛策が「禁句」となりつつあり、経営者の保身と見なされるリスクがあります。コーポレートガバナンス・コードが目指すのは「攻めのガバナンス」であり、健全な企業家精神の発揮を促しつつ、企業価値の向上を図ることが本質です。

今後の見通し

経団連は2025年12月に「持続的な成長に向けたコーポレートガバナンスのあり方」を公表するなど、産業界全体でガバナンス改革の議論が活発化しています。アクティビストの活動が今後も拡大する中、企業には「備えの経営」が一層求められます。

重要なのは、アクティビストを単なる「脅威」と捉えるのではなく、企業価値向上のための「触媒」として建設的に向き合う姿勢です。「だろう」から「かもしれない」への意識転換は、より強靭な企業経営への第一歩となるでしょう。

まとめ

養命酒製造の事例が示すように、「安定株主がいるから安心だろう」という思い込みは、経営を脆弱にします。2024年の株主提案が過去最高を記録し、アクティビストの要求が多様化する時代において、企業経営者にはあらゆるシナリオを想定した「かもしれない経営」が求められています。

経験則に頼る「だろう経営」から脱却し、株主構成の変動リスクを常に視野に入れた経営体制を構築すること。それが、不確実性の時代を生き抜く企業の新たな常識です。

参考資料:

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