日本版「ブルーカラービリオネア」への壁、建設業界の課題
はじめに
海外では「ブルーカラービリオネア」という言葉が注目を集めています。配管工や電気技師など、かつては「ブルーカラー」と呼ばれた肉体労働者が億万長者になる事例が出てきているのです。AI時代に入り、手を使う技能や現場での判断力の価値が相対的に高まっていることが背景にあります。
しかし、日本ではこうした潮流はまだ起きていません。就業者数300万人を抱える建設業界には、能力評価や賃金構造に根深い課題があります。東京大工塾の佐藤義明理事長と、建設作業員の仕事探しを支援する助太刀の関係者への取材から、日本版「ブルーカラービリオネア」を阻む壁を探ります。
若い大工が定着しにくい理由
徒弟制度の名残
建設業界、特に大工の世界には古くからの徒弟制度の名残が色濃く残っています。技能の習得には「見て覚える」という教育方法が根強く、体系的な研修制度が整っていない現場も多いのが実態です。
若い世代にとって、このような教育環境は馴染みにくいものです。明確なキャリアパスが見えにくいことも、入職後の早期離職につながっています。
不安定な雇用形態
建設作業員の多くは日給月給制や、工事ごとの契約という不安定な雇用形態で働いています。景気変動の影響を受けやすく、収入の安定性に欠けることが若者の参入を妨げています。
また、現場が変わるたびに通勤環境が変化するため、生活設計が立てにくいという課題もあります。
賃金上昇を妨げる業界構造
重層下請け構造
建設業界には、元請けから下請け、孫請けへと仕事が流れる「重層下請け構造」があります。中間マージンが各段階で発生するため、実際に作業を行う職人への報酬が圧縮される傾向にあります。
国土交通省のデータによると、建設業の賃金カーブのピークは45〜49歳で、製造業(50〜54歳)より早く到来します。これは、現場の管理や後進の指導といったスキルが十分に評価されていない可能性を示唆しています。
能力評価の難しさ
大工や職人の技能を客観的に評価する仕組みが十分に整備されていません。資格制度はあるものの、実際の現場での能力や経験を適切に賃金に反映させる仕組みが不十分です。
同じ「大工」でも、技能レベルには大きな差があります。しかし、発注者側がその差を判断することは難しく、結果として価格競争に陥りやすい構造があります。
大工の賃金・年収の実態
平均年収は約448万円
厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査によると、大工の年収は月給約33万円に年間賞与約52万円を加えて計算されています。特に50代では年収が約549万円に達し、建設業界内でも比較的高い収入を得ています。
初任給は約24万4,100円で、建設業の中でも高い水準にあります。未経験からでも始められる職種でありながら、業界内でも高めの初任給が設定されているのは魅力といえます。
ただし収入の伸びには限界
収入の上昇には実務経験や信頼度、現場での責任範囲が大きく関係します。年齢だけで自動的に増えるものではなく、独立して工務店を経営するなど、ビジネスとしての成功がなければ大幅な収入増は難しいのが現実です。
年収アップへ向けた取り組み
技能評価制度の整備
建設業界では、技能者の能力を客観的に評価する「建設キャリアアップシステム」の普及が進んでいます。経験や資格、技能を電子的に蓄積し、能力評価に活用する仕組みです。
このシステムが浸透すれば、技能に見合った適正な賃金が支払われる環境が整うことが期待されています。
DX化による生産性向上
建設業界ではドローンを使った現場監視や測量、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の活用など、デジタル技術の導入が進んでいます。
こうしたテクノロジーの導入に伴い、専門知識を習得することで高年収を得られる機会も拡大しています。IT・電気・建設系の専門学校卒業生の就職率はほぼ100%で、待遇改善の結果、高収入を得る例も出てきています。
処遇改善への政策支援
政府も建設業の処遇改善に向けた施策を進めています。公共工事の設計労務単価は継続的に引き上げられており、民間工事への波及も期待されています。
週休2日制の導入や時間外労働の上限規制など、働き方改革も進行中です。労働環境の改善が若者の入職促進につながることが期待されています。
今後の展望
AI時代のブルーカラー価値
AIの進歩により、一部のホワイトカラー業務は機械に置き換えられつつあります。一方、AIでは容易に代替できない「手を使う技能」や「現場での判断力」が求められる領域では、その重要性が相対的に高まっています。
建設業界も例外ではなく、高度な技術を取り入れることで「次世代型」のブルーカラー職へと進化する可能性を秘めています。
課題解決への道筋
日本版「ブルーカラービリオネア」を実現するには、重層下請け構造の改革、能力評価制度の確立、若者が働きやすい環境整備など、複合的な取り組みが必要です。
業界全体の変革には時間がかかりますが、人手不足が深刻化する中、処遇改善は待ったなしの課題といえます。
まとめ
海外で進むブルーカラー再評価の波は、日本の建設業界にも変化をもたらす可能性があります。しかし現状では、能力評価の仕組みや重層下請け構造など、賃金上昇を妨げる課題が山積しています。
建設キャリアアップシステムの普及やDX化の推進、働き方改革などを通じて、技能が正当に評価される環境整備が求められています。
参考資料:
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