セメント販売41カ月連続減でリーマン期並み、建設現場の構造的危機
はじめに
セメント協会が発表した2026年1月のセメント国内販売量は224万9,000トンで、前年同月比5.4%の減少となりました。これで前年同月比マイナスは41カ月連続となり、リーマン・ショック後の景気後退期(2008年10月~2012年2月)に記録した連続減少期間に並ぶ異例の長期低迷です。
注目すべきは、リーマン・ショック時が需要そのものの消失だったのに対し、今回は建設需要が存在するにもかかわらず工事が進まないという、まったく異なる構造的要因が背景にある点です。本記事では、セメント販売の長期低迷が示す日本の建設業界の構造的課題を多角的に分析します。
数字で見るセメント販売の歴史的低迷
41カ月連続減少の重み
セメントの国内販売量は2022年9月から前年同月比マイナスが続いています。2024年度(2024年4月~2025年3月)の国内需要は約3,266万トンとなり、前年比5.6%の減少を記録しました。これは1966年度以来、実に58年ぶりの低水準です。
ピーク時の1990年度には約8,629万トンだった国内需要は、現在ではその38%程度にまで縮小しています。バブル崩壊後の長期的な縮小トレンドに加え、ここ数年の急激な落ち込みが重なり、業界にとって深刻な状況が続いています。
リーマン・ショック期との決定的な違い
リーマン・ショック後のセメント販売低迷は、世界的な金融危機による建設投資の急激な冷え込みが原因でした。民間の設備投資や住宅着工件数が大幅に減少し、セメント需要そのものが縮小したのです。
一方、現在の低迷は性質がまったく異なります。国土交通省の建設投資見通しによれば、公共投資・民間投資ともに一定の規模が維持されています。大型再開発プロジェクトや防災・減災のためのインフラ整備、老朽化した社会資本の更新需要など、セメントを必要とする案件は数多く存在します。にもかかわらず販売が伸びないのは、需要側ではなく供給側、すなわち建設現場の施工能力に根本的なボトルネックがあるためです。
6年連続マイナスの深刻さ
セメント協会の統計によると、年間ベースでも国内販売量は6年連続で減少しています。セメント協会流通委員会の委員長は「年200万トン超の減少の打撃は大きく、業界として危機意識があるものの底入れの時期はまだ見通しにくい」と指摘しており、回復の兆しが見えない状況です。
工事が進まない三つの構造的要因
深刻化する建設業の人手不足
建設業の就業者数は令和6年平均で477万人となり、ピーク時の平成9年(約685万人)から約30%も減少しています。さらに深刻なのは年齢構成の偏りです。60歳以上の技能者が全体の約25.8%を占める一方、29歳以下の若年層はわずか約12%にとどまっています。
今後10年で60歳以上の大半が引退すると見込まれており、国土交通省の試算では、新規入職者の増加が進まなければ2030年には就業者数が400万人を割り、2040年には300万人を下回る可能性も示されています。建設業は全産業の中で最も正社員不足の割合が高く、東京商工リサーチの2024年4月の調査では84.4%の企業が「正社員不足」と回答しています。
「2024年問題」による施工能力の制約
2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。時間外労働は原則として月45時間以内、年360時間以内に制限され、違反には罰則が科されます。これにより、従来は長時間労働で補っていた施工能力が構造的に制約を受けることになりました。
セメント協会によると、この働き方改革の影響は「想定以上に大きかった」とされ、特に土曜日の出荷量が顕著に減少しました。建設現場における週休2日制の定着が進み、実質的な稼働日数が減少したことで、セメントの消費ペースが鈍化しています。人手不足と労働時間制限の二重の制約が、工事の進捗を大幅に遅らせているのです。
資材価格の高騰と工事の停滞
建設資材の価格高騰も工事の停滞に拍車をかけています。建設物価調査会のデータによると、2021年1月から2025年11月までの建設資材物価は、土木部門で41%、建築部門で37%上昇しました。
特に生コンクリートの値上がりが顕著で、東京17区の現場持ち込み価格は2022年1月の1立方メートルあたり1万4,800円から2024年12月には2万800円へと、3年間で約40%も上昇しています。2025年4月にはさらに1立方メートルあたり3,000円の追加値上げも実施されました。
こうした資材コストの高騰と労務費の上昇により、当初予算では工事を完遂できないケースが増加しています。大型開発プロジェクトの計画見直しや工期の延期、さらには中止に追い込まれる案件も相次いでおり、これがセメント需要の実現を妨げる大きな要因となっています。
注意点・展望
セメント販売の長期低迷は、単なる景気循環の問題ではなく、日本の建設業界が抱える構造的な課題を映し出しています。人手不足、働き方改革、資材高騰という三つの要因は短期的に解消される性質のものではなく、むしろ今後さらに深刻化する可能性があります。
加えて、セメント産業はCO2排出量が多い産業でもあり、脱炭素化への対応も避けて通れません。セメント製造過程のCO2排出のうち約60%は原料の石灰石の熱分解に由来するため、エネルギー転換だけでは解決できないという根本的な課題を抱えています。
一方、防災・減災やインフラ老朽化対策の需要は確実に存在しており、建設業界の生産性向上やDX推進、外国人材の活用拡大といった施策が工事の停滞解消に寄与すれば、セメント需要が回復する余地は残されています。
まとめ
セメント国内販売の41カ月連続減少は、「需要はあるのに工事が進まない」という日本の建設業界の構造的矛盾を端的に示しています。人手不足、2024年問題による労働時間制限、資材価格の高騰が三重の制約となり、建設現場の施工能力がボトルネックとなっている現状は、リーマン・ショック時の需要消失型の低迷とは本質的に異なります。
底入れの時期は依然として見通しにくい状況ですが、この問題の解決には建設業の生産性向上と担い手確保が不可欠です。業界全体でのDX推進や技能者の処遇改善、多様な人材の活用など、中長期的な取り組みの成否が、セメント産業の将来を左右することになるでしょう。
参考資料:
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