DEI疲れはなぜ広がる 女性活躍が数値偏重で職場の不信を招く背景
はじめに
DEI(多様性・公平性・包摂性)をめぐる空気が、ここ1年ほどで大きく変わっています。背景にあるのは、理念そのものへの反発というより、現場での運用が「数値を達成するための施策」に見えやすくなったことです。女性比率や採用目標が先に語られ、評価基準や育成機会の整備が後回しになると、当事者には「形だけの優遇」、周囲には「説明のない不公平」と映りやすくなります。
一方で、日本でも女性活躍推進法の改正により、2026年4月から101人以上の企業に男女間賃金差異と女性管理職比率の公表義務が広がります。開示が進むのは前進ですが、数字だけが独り歩きすれば、DEI疲れはむしろ強まりかねません。この記事では、日本の制度改正と国内の実態、海外で進むDEI逆風の調査をつなぎながら、なぜ職場で違和感や不信が生まれるのかを整理します。
数字先行の女性活躍の限界
制度改正と管理職比率の停滞
厚生労働省によると、改正女性活躍推進法では、2026年4月から常時雇用101人以上の企業に男女間賃金差異の公表義務が拡大され、新たに女性管理職比率の公表も必須になります。企業にとっては、女性活躍を「見える化」しやすくなる節目です。裏を返せば、数字で説明できる施策に経営資源が集中しやすくなる局面でもあります。
ただ、日本の職場はまだ土台が十分ではありません。JILPTが2025年にまとめた調査では、課長相当職以上の管理職に占める女性の割合は13.1%にとどまり、部長相当職は8.7%でした。女性管理職がいる企業の割合自体は広がっていても、意思決定層の厚みはなお薄いままです。数値目標を積み上げても、候補者育成、配置、評価、両立支援が追いつかなければ、現場では「一部の人だけが選ばれる競争」に見えやすくなります。
開示だけでは埋まらない評価の納得感
海外でも、女性比率の改善と職場の納得感は同じではないことが確認されています。McKinseyとLean Inの2024年調査では、Cスイートに占める女性比率は2015年の17%から2024年には29%へ上昇しました。一見すると前進ですが、昇進の最初の段差である「ブロークンラング」は解消しておらず、初級管理職への昇進段階で女性が不利な構造が残っています。
同調査では、採用や評価のバイアスを弱める5つの基本施策をすべて導入している企業は4社に1社にすぎませんでした。重要なのはここです。数字の目標だけではなく、どの候補者をどう評価し、誰にどんな機会を与えるのかというルール設計が伴わないと、女性活躍は組織改革ではなく「人選の演出」に見えてしまいます。DEI疲れの核心は、包摂を掲げながら、実務では公平性の設計が弱いことにあります。
公平性を欠く施策の反動
支援縮小と逆風の連鎖
DEIへの逆風は米国でより鮮明です。Lean Inの2025年調査では、女性のキャリア前進を優先すると答えた企業は半数まで低下しました。同じ調査では、管理職昇進で男性100人に対し女性は93人にとどまっています。つまり、企業のコミットメントは弱まりつつある一方、昇進格差はなお残っているということです。この組み合わせは、女性側には失望を、周囲には「結局何を目指しているのか分からない」という不信を生みやすくします。
Pew Research Centerの2024年調査でも、職場でDEIを強めることを「主に良いこと」とみる米国労働者は52%で、2023年の56%から低下しました。「主に悪いこと」と答えた人は21%まで上がっています。DEIへの支持が一気に消えたわけではありませんが、施策の正当性を自明視できる時期は終わったと読めます。
包摂の欠如が疲労感に変わる構図
Deloitteの2025年調査では、過去1年に職場で非包摂的な行動を経験した女性は34%に上りました。さらに、心の健康が良いと答えた女性は約半数にとどまり、上司に不調を打ち明けると否定的に見られると考える人がほぼ9割に達しています。制度があっても、日々の会議や評価面談、昇進打診の場面で安心して声を出せないなら、DEIは現場の体験として根付きません。
この点は、Lean Inの2025年調査とも重なります。報告書は、社員が職場を「公平で包摂的」と感じると、意欲が高まり、燃え尽きが減り、離職意向も下がると示しています。逆に言えば、DEI疲れとは「多様性そのものへの疲れ」ではなく、「公平でも包摂的でもないのに、DEIだけが前面に出る状態」への疲れです。属性を数えるだけで、評価基準、スポンサーシップ、柔軟な働き方、ハラスメント対策が弱ければ、反発は当然起こります。
注意点と今後の焦点
今後の論点は、女性比率を追うべきか否かではありません。数値は現状把握の入口として必要です。世界経済フォーラムの2025年報告では、世界のジェンダーギャップ解消率は68.8%で、完全な均衡には123年かかる計算でした。測定をやめれば、遅れはさらに見えなくなります。
ただし、測るだけでは足りません。日本企業がDEI疲れを弱めたいなら、第一に昇進・評価基準の言語化、第二に管理職候補への育成機会の前倒し、第三に健康課題や育児介護を含む就業継続支援、第四にハラスメント防止の実効性を同時に進める必要があります。公表義務の拡大はゴールではなく、現場の納得感を点検する起点と捉えるべきです。
まとめ
DEI疲れが広がるのは、多様性や女性活躍の考え方自体が限界だからではありません。数字だけが先行し、公平な評価や包摂的な職場づくりが追いついていないからです。実際、日本では女性管理職比率がなお低く、海外でも企業の優先順位低下や社員の懐疑心が確認されています。
これから企業に求められるのは、女性比率を上げるか下げるかという単純な議論ではありません。数値を入口にしながら、誰にとっても納得できるルールと支援策へ落とし込めるかどうかです。DEI疲れを乗り越える鍵は、スローガンの強化ではなく、公平性の設計をやり直すことにあります。
参考資料:
- 女性活躍の更なる推進に向けて ―女性活躍推進法改正で何が変わる?|厚生労働省
- 男性の育児休業取得者の割合が前年から約10ポイント増加し、4割に到達|JILPT
- Women in the Workplace 2024 report|McKinsey
- Women in the Workplace 2025|Lean In
- Women @ Work 2025: A Global Outlook|Deloitte
- US workers’ views of DEI grow slightly more negative|Pew Research Center
- Global Gender Gap Report 2025|World Economic Forum
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