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by nicoxz

正社員共働きは持続可能か?通勤と育児の板挟みの実態

by nicoxz
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はじめに

共働き世帯が日本の家族のスタンダードとなりつつある現在、その生活が本当に持続可能なのかという根本的な問いが、研究者の間で注目を集めています。国立研究開発法人建築研究所の中野卓・主任研究員は、国勢調査の膨大なデータを分析し、正社員共働き世帯が「職場の近くに引っ越す」という行動パターンを明らかにしました。通勤と育児の板挟みに苦しむ世帯が、住む場所を変えることで対処しようとしている実態が浮き彫りになっています。

この記事では、共働き世帯を取り巻く現状のデータ、住居移動の背景にある構造的課題、そして住宅支援の拡充に向けた議論について解説します。

急増する正社員共働き世帯の実態

10年で劇的に変化した共働きの「中身」

総務省の労働力調査によると、2024年時点で共働き世帯は約1,300万世帯に達し、夫婦のいる世帯全体の約71.9%を占めています。専業主婦世帯(約508万世帯)の約2.6倍にのぼり、1992年に共働き世帯数が専業主婦世帯数を初めて上回って以降、その差は広がり続けています。

注目すべきは、共働きの「質」の変化です。夫・妻ともに週35時間以上のフルタイムで働く世帯は、2014年の約392万世帯から2024年には約496万世帯へと104万世帯も増加しました。共働き世帯に占める割合も36.2%から38.2%へ上昇しています。かつての「夫がフルタイム、妻がパート」という共働きの典型像は変わりつつあり、夫婦ともに正社員・正職員として働くケースが急速に増えています。

家事・育児負担の偏りという構造問題

厚生労働省の調査によると、6歳未満の子どもがいる共働き世帯では、妻が家事・育児に費やす時間は1日あたり6時間32分であるのに対し、夫は1時間57分にとどまります。その差は約3.4倍です。夫婦ともにフルタイムで働いているにもかかわらず、家事・育児の負担は依然として妻に大きく偏っている現状があります。

この不均衡は、単なる家庭内の問題ではありません。長時間の通勤と重なることで、特に母親側に過大な時間的プレッシャーがかかり、仕事と育児の「板挟み」状態が深刻化しています。

国勢調査3億8000万件が示す住居移動パターン

職場に近づく共働き世帯

建築研究所の中野卓・主任研究員らは、国勢調査の調査票データ(約3億8,000万件)を二次利用した分析を行い、2023年に「正社員・正職員共働き子育て世帯の居住状況と住替え動向」として日本建築学会計画系論文集に発表しました。

この研究では、2010年から2020年にかけての国勢調査データを用いて、正社員共働き世帯の住居移動を追跡しています。その結果、正社員共働き世帯が職場の近くに引っ越す傾向が顕著であることが明らかになりました。通勤と育児を両立させるために、物理的に職場との距離を縮めるという選択をしている世帯が増えているのです。

「職住近接」を求めるニーズの高まり

国土交通省の住宅に関する調査でも、子育て世帯が通勤・通学の利便性を全世帯平均よりも著しく重視する傾向が確認されています。LIFULL HOME’Sが実施した調査によると、共働き世帯は2012年から2022年にかけて19.7%増加し、仕事と育児を両立させるために勤務地近くに住みたいというニーズが強まっています。

しかし、この「職住近接」のニーズと現実の間には大きなギャップが存在します。

住宅価格高騰が生む新たな壁

都心マンション価格は10年で1.7倍に

共働き世帯が職場に近い都心部への移住を望んでも、住宅価格の高騰が大きな障壁となっています。東京23区の新築マンション平均発売価格は2024年に1億1,181万円に達し、10年間で約1.7倍に跳ね上がりました。多摩地域でも約1.3倍、中古マンションの平均価格も23区で1.7倍、多摩地域で1.5倍に上昇しています。

共働きの世帯年収が増えたとしても、住宅価格の上昇ペースがそれを上回っている地域が多く、職住近接の実現はますます困難になっています。理想とする子ども数を持たない理由のひとつに「家が狭いから」という回答が挙がっているように、住宅の問題は少子化にも直結する課題です。

住宅取得と子育ての両立というジレンマ

通勤時間を短縮するために都心部に住もうとすれば住居費が膨大になり、住居費を抑えようとすれば郊外に住んで長時間通勤を余儀なくされる。この構造的なジレンマが、正社員共働き世帯の生活を圧迫しています。片道1時間を超える通勤は、保育園の送迎や急な発熱時の対応を考えると、子育て世帯にとって現実的に厳しいラインとされています。

住宅支援の裾野を広げるべきという提言

現行制度の限界

現在、国の住宅支援策としては「子育てエコホーム支援事業」などがあり、省エネ住宅の新築・リフォームに対して最大100万円の補助が受けられます。また、国土交通省は「子育て支援型共同住宅推進事業」を通じて、事故防止や防犯対策が施された集合住宅の整備を支援しています。

しかし、これらの制度は住宅の「質」に焦点を当てたものが多く、共働き世帯が直面する「職住近接の実現」という根本的な課題への対応としては十分とは言えません。

求められる支援の拡充

中野研究員は、住宅支援の裾野を「もっと広げてもいい」と提案しています。共働きが増えるなかで、従来の住宅政策が前提としてきた「夫が通勤し、妻が家庭を守る」というモデルはもはや現実と合致していません。夫婦ともにフルタイムで働き、ともに育児を担うという新しい家族のかたちに対応した住宅政策が求められています。

具体的には、職住近接を支援する住居費補助、テレワーク環境の整備支援、自治体による子育て世帯向けの都市部住宅確保策など、多角的なアプローチが必要です。

注意点・展望

テレワーク普及の影響と限界

コロナ禍を契機にテレワークが普及し、通勤問題の解決策として期待されました。しかし、出社回帰の動きも進んでおり、すべての職種でテレワークが可能なわけではありません。特に製造業やサービス業など、現場での業務が中心の職種では通勤の問題は依然として残ります。

今後の政策議論の方向性

2025年には令和7年国勢調査が実施され、コロナ後の働き方の変化が住居選択にどのような影響を与えたかが明らかになると期待されています。共働き世帯の居住実態をデータで把握し、エビデンスに基づいた住宅政策を立案することが、今後ますます重要になるでしょう。

少子化対策としても、住宅問題は避けて通れないテーマです。「もう一人子どもが欲しいが、住居が狭くて諦める」という世帯を減らすためには、住宅支援を子育て支援の一環として位置づけ直す視点が不可欠です。

まとめ

正社員共働き世帯の急増は、日本社会の大きな構造変化を反映しています。国勢調査データの分析は、これらの世帯が通勤と育児の両立のために職場近くへ移住するという切実な行動を取っていることを示しました。一方で、都心部の住宅価格高騰はその選択をますます困難にしています。

「共働きが増えるなか、今の社会は持続可能なのか」という問いに正面から向き合い、住宅支援の裾野を広げていくことが、これからの政策議論において重要な論点となるでしょう。働き方だけでなく、住まい方も含めた総合的な支援策が求められています。

参考資料:

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