ホンダが半導体分散調達でロームと提携、中国依存脱却へ
はじめに
2026年1月、ホンダが自動車向け半導体の分散調達を本格的に開始しました。これは、2025年秋に発生したネクスペリア半導体出荷停止問題を受けた重要な戦略転換です。中国企業傘下のネクスペリアからの供給途絶により、ホンダは北米・中国・日本の各地で生産停止に追い込まれ、約1,500億円の営業利益減少を余儀なくされました。
今回の分散調達により、ホンダは日本の半導体大手ロームをはじめとする複数の国内外サプライヤーから半導体を調達し、1月中旬から量産車への搭載を順次開始する見込みです。この動きは、自動車産業における中国依存度の低減と、サプライチェーン強靭化の象徴的な事例として注目されています。
自動車産業における半導体の重要性は年々高まっており、1台あたりの半導体搭載数は現在100個に達し、2035年には市場規模が現在の3倍に拡大すると予測されています。本記事では、ホンダの分散調達戦略の背景と意義、そして自動車業界全体への影響について詳しく解説します。
ネクスペリア問題の全貌と自動車業界への衝撃
ネクスペリア接収から輸出規制へ
2025年9月30日、オランダ政府は冷戦時代に制定された緊急事態条項を活用し、中国企業ウイングテック傘下の半導体メーカー・ネクスペリアの経営権を突如接収しました。オランダ政府は、ネクスペリアの当時の最高経営責任者が製品資産、資金、技術、知識を不適切に外国企業に移転し、オランダおよび欧州の戦略的自律性と供給安全保障の利益に反する行為を行ったと説明しています。
これに対し、中国政府は報復措置として10月14日、ネクスペリアの中国製造拠点からの輸出を禁止しました。この輸出規制により、世界の自動車メーカーへの半導体供給に深刻な影響が及びました。
ネクスペリアの自動車産業における地位
ネクスペリアは旧フィリップスグループ系の半導体メーカーで、レガシー半導体(旧世代半導体)、コンデンサ、ダイオードなど、自動車に不可欠な汎用電子部品の世界的サプライヤーです。同社は年間1,100億個以上の部品を出荷し、そのうち自動車業界向けだけで年間630億個を供給しています。レガシー半導体の世界シェアは30〜40%に達し、多くの自動車メーカーが同社の部品に依存していました。
レガシー半導体は最先端の製造技術を必要としないものの、自動車の基本的な制御機能に不可欠です。90年代半ばには乗用車1台につき20〜30個だった電子制御ユニット(ECU)の搭載数は、現在では100個に達しており、これらすべてに半導体が使用されています。
ホンダへの具体的影響
ネクスペリアの輸出停止により、ホンダは複数の生産拠点で操業停止を余儀なくされました。
北米での影響
- メキシコでは小型SUV「HR-V」やアキュラ「ADX」の生産を10月28日から停止
- 米国とカナダでも生産調整を実施
- 影響は約11万台に及び、10月末から11月にかけて北米工場の生産を削減
日本での影響
- 鈴鹿製作所(三重県)と埼玉製作所の寄居工場(埼玉県)で2026年1月5〜6日に生産停止
- 1月7〜9日は減産措置を実施
中国での影響
- 広州汽車集団との合弁会社・広汽ホンダの3工場すべてを2025年12月29日〜2026年1月2日に停止
- これら3工場は2024年に約81万6,597台を生産しており、ホンダの世界生産台数の約22%を占める重要拠点
この一連の生産停止により、ホンダは2026年3月期通期の営業利益予想に1,500億円のマイナス影響を織り込み、世界販売予想も362万台から334万台へと下方修正しました。
ホンダの分散調達戦略の詳細
ロームを中心とした調達先の多様化
ホンダは半導体調達のリスク分散のため、日本の半導体大手ロームを中心に、国内外の複数社から半導体を調達する体制を構築しました。ロームは自動車向け半導体、特に電気自動車(EV)用のSiC(炭化ケイ素)パワー半導体で高い実績を持つ企業です。
ロームは2023年に独自動車部品大手ヴィテスコ・テクノロジーズとSiC製パワー半導体の7年間・1,300億円規模の長期供給契約を締結しており、自動車業界での信頼性は高いです。また、2024年9月からはデンソーと半導体分野における戦略的パートナーシップの構築に向けて協議を進めており、2025年5月に基本合意を発表しています。
調達戦略の実施スケジュール
ホンダは2026年1月中旬から、新たに調達した半導体を量産車に順次搭載していく計画です。この迅速な対応により、ネクスペリア問題による生産停止の長期化を回避し、11月17〜21日頃には生産の正常化を達成する見通しを立てていました。
ホンダの調達部門は、特定の部品について単一企業への依存を避け、複数ソースからの調達を基本方針としています。今回の事態を受けて、この方針をより徹底し、サプライチェーン全体の強靭化を図っています。
中国依存度の低減
ホンダの今回の戦略転換の最大のポイントは、中国依存度の低減です。ネクスペリアは中国企業ウイングテック傘下にあり、中国での生産拠点が主要な供給源でした。中国政府による輸出規制が発動されたことで、地政学リスクが現実のものとなりました。
ホンダは国内メーカーであるロームを主要サプライヤーに加えることで、日本国内での安定供給を確保し、地政学リスクへの耐性を高めています。これは、日本政府が推進する半導体サプライチェーン強靭化政策とも合致する動きです。
日本の自動車産業における半導体戦略の転換
業界全体への波及効果
ホンダのネクスペリア問題への対応は、日本の自動車業界全体に影響を与えています。日産自動車も影響調査と在庫確保を進めており、「グローバルで11月第1週までは大丈夫」としながらも、長期的な対策を検討しています。
一方、トヨタ自動車は比較的影響が少なく、「在庫十分」との見解を示しました。これは、トヨタが2021年のパンデミック時の半導体不足を教訓に、デンソーなどトヨタグループ企業と連携した集中購買体制を構築し、複数ソースからの調達を早期に実現していたためです。
日本政府の半導体戦略との連携
日本政府は2022年7月に「車載用半導体サプライチェーン検討ワーキンググループ」の中間報告を公表し、特定国への依存を回避する形で調達先の複線化を推奨してきました。経済産業省は、半導体サプライチェーンの強靭化に向けた取り組みを産業界に求めています。
こうした政策の一環として、日本政府は以下の施策を推進しています。
TSMC誘致プロジェクト 2021年、政府は台湾積体電路製造(TSMC)にソニーやデンソーとの合弁事業「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」への参加を要請し、熊本に半導体製造工場を建設するため5,000億円の政府補助金を提供しました。この工場の製品は、日本の自動車および家電業界に不可欠なものとされています。
Rapidusプロジェクト 2022年8月、日本政府は先端ロジック半導体の研究開発・製造を目指す新興企業Rapidusに700億円を投資しました。Rapidusは2ナノメートル以下のプロセスルールを持つ半導体の製造を目指しており、自動車産業を含む半導体依存産業への波及効果が期待されています。
世界的な半導体サプライチェーン再編の動き
自動車業界における半導体サプライチェーンの分散調達は、世界的な潮流となっています。2021年のパンデミック時の半導体不足では、世界の自動車生産台数が1,000〜1,200万台減少し、3,000億米ドル以上の売上が失われたと推定されています。
この教訓から、欧州の自動車メーカーも供給元の多様化を進めています。メルセデス・ベンツ、ステランティス、BMWなどは、主要サプライヤーであるボッシュやZFが影響を受けたことで生産調整を余儀なくされ、サプライチェーンの脆弱性を痛感しました。
日本は台湾から半導体輸入の約60%を調達しており、台湾への依存度が高い状況です。このため、国内生産能力の強化と調達先の多様化が喫緊の課題となっています。
今後の課題と展望
サプライチェーン管理体制の強化
今回のネクスペリア問題は、ホンダの部品調達管理体制に課題があったことを浮き彫りにしました。特定の汎用半導体について単一ソースに依存していたことが、生産停止の直接的な原因となりました。
自動車メーカーは、サプライヤーのさらに上流にある原材料や部品の調達状況まで把握する必要があります。いわゆる「Tier2」「Tier3」のサプライヤー管理を徹底し、地政学リスクや自然災害などの潜在的リスクを事前に評価する体制が求められます。
半導体需要の急増への対応
自動車の電動化・自動運転化が進むことで、半導体需要は急速に拡大しています。2035年には自動車1台あたりの半導体搭載数が現在の1.6倍になり、市場規模は約7兆円から21兆円へと3倍に拡大すると予測されています。
このため、自動車メーカーは単なる調達先の多様化だけでなく、半導体メーカーとの長期的なパートナーシップ構築や、共同開発による独自半導体の開発なども視野に入れる必要があります。
地政学リスクへの継続的対応
米中対立の激化や、各国の経済安全保障政策の強化により、半導体サプライチェーンをめぐる地政学リスクは今後も高まる見通しです。中国は半導体自給率を2025年に70%に引き上げる目標を掲げており、国内自動車メーカーに対して調達する半導体の最大25%を現地製にするよう要請しています。
一方、欧米は中国への技術流出を防ぐため、輸出規制を強化しています。こうした環境下で、自動車メーカーは政治的中立性を保ちながら、安定した供給網を維持する難しい舵取りを迫られています。
レガシー半導体の戦略的重要性
今回の問題で明らかになったのは、最先端半導体だけでなく、レガシー半導体の戦略的重要性です。レガシー半導体は製造技術が古く利益率は低いものの、自動車の基本的な制御機能に不可欠であり、需要は安定しています。
かつて最先端だった製造装置は、やがて航空機、家電、自動車といった産業向けのチップ生産に転用され、下流産業を支える重要なインフラとなります。日本が半導体産業で復権を目指す上でも、こうしたレガシー半導体の安定供給体制を確保することは極めて重要です。
まとめ
ホンダの半導体分散調達は、単なる一企業の調達戦略の転換にとどまらず、日本の自動車産業全体のサプライチェーン強靭化への重要な一歩です。ロームを中心とした国内外複数社からの調達により、中国依存度を低減し、地政学リスクへの耐性を高めることができます。
ネクスペリア問題は、グローバル化した現代のサプライチェーンにおいて、単一ソース依存がいかに大きなリスクをもたらすかを示しました。今後、自動車メーカーは調達先の多様化、サプライヤー管理の強化、半導体メーカーとの長期的パートナーシップ構築など、多面的なリスク管理が求められます。
日本政府のTSMC誘致やRapidusプロジェクトと連携しながら、産業界全体で半導体サプライチェーンの強靭化に取り組むことが、日本の自動車産業の競争力維持に不可欠です。ホンダの今回の決断が、業界全体の変革を加速させる契機となることが期待されます。
参考資料:
- Honda extends China production halt over Nexperia crisis | Automotive World
- Honda to temporarily shut down factories in China and Japan because of chip shortage | Tom’s Hardware
- Nexperiaへのオランダ政府介入で高まる緊張 どうなる半導体供給網 | マイナビニュース
- 自動車業界揺さぶる半導体「ネクスペリア」事件の深層 | 東洋経済オンライン
- オランダ政府、物品供給法に基づくネクスペリア管理措置を一時停止 | JETRO
- Strengthening Japan’s Automotive Semiconductor Supply Chain | Linchpin Consulting
- 車載半導体の全貌 ─ 半導体はクルマのどこに載り、どう使われているのか? | TELESCOPE magazine
- デンソーとローム、半導体分野における戦略的パートナーシップ構築に向けて基本合意 | DENSO
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