イラン反政府デモが100都市超に拡大、当局の強硬姿勢に懸念
はじめに
2025年12月下旬にイランで発生した反政府抗議デモは、2週間以上が経過した2026年1月現在も収束の気配を見せず、全31州の100都市以上に拡大しています。英BBCは、首都テヘランなどの医療機関が「負傷者であふれている」と指摘する関係者の証言を伝えており、事態の深刻さを物語っています。
今回の抗議運動は、2022年のマフサ・アミニさん死亡事件後の「女性、命、自由」運動以来最大規模であり、一部の分析では1979年のイスラム革命以来最大の蜂起である可能性も指摘されています。特に注目すべきは、これまで政権を支えてきたはずのバザール(伝統的市場)の商人たちがデモに参加していることです。イラン当局は危機感を強め、インターネット遮断による情報統制と強硬な弾圧の可能性を示唆しています。
デモ発生の経緯と拡大
経済危機が引き金に
大規模デモの発端は、2025年12月28日にテヘランのグランド・バザールで発生した店主たちによる抗議でした。当初は記録的なインフレ、食料価格の高騰、通貨価値の暴落に対する不満が中心でしたが、急速に現政権の終焉を求めるより広範な運動へと発展しました。
イランの通貨リアルは、昨年から約80%も価値を失いました。1月初旬には1ドル=142万リアルまで下落し、わずか6ヶ月で56%もの価値下落を記録しました。1月には1ドル=146万リアルという新たな最安値を更新しています。
インフレ率は12月に52.6%に達し、食料価格は前年比平均72%も上昇しています。このような経済状況の中、政府は4人家族に対して月額4,000万リアル(現在の市場レートで約26ドル)の給付金を提供すると発表しましたが、焼け石に水の状態です。
全国への急速な拡大
12月28日に始まった単一の抗議は、大晦日までにイランの31州のうち17州に拡散しました。最初の12日間で、デモは全31州と約110都市に拡大しました。店主や商人から始まった運動は、やがて大学生、そして一般市民へと広がり、主要都市だけでなく小さな集落にまで及んでいます。
参加者たちは反政府スローガンを唱え、政府やイラン革命防衛隊(IRGC)のシンボルを破壊しています。この広がりの速さと規模は、イラン国民の不満がいかに深刻であるかを示しています。
バザール商人の参加が持つ意味
伝統的な政権支持層の離反
今回の抗議運動で最も重要な側面の一つは、バザールの商人たち(バザーリ)が参加していることです。歴史的に、バザーリはイスラム共和国の伝統的な支持者であり、イランの政治史において「キングメーカー」として重要な役割を果たしてきました。
イラン国際放送は、バザール商人がイラン政府から離れたことは「歴史的な決別」を意味すると指摘しています。商人たちが店を閉めているのは、通貨が時間単位で価値を失う環境では、合理的な価格設定が不可能だからです。
経済的実利と政治的不満の融合
バザール商人の参加は、単なる経済的不満だけでなく、政権の統治能力そのものへの不信を示しています。制裁と国内の経営ミスが石油収入、外貨へのアクセス、政策手段を制約し、通貨安を激化させ、中央銀行の安定化能力を制限しているという構造的問題への認識があります。
テヘランのグランド・バザールをはじめとするイランの商業拠点が、不満の爆発地点となったことは、経済危機の深刻さを象徴的に示しています。
当局の対応:インターネット遮断と弾圧
全国規模のインターネット遮断
イラン当局は、抗議活動の拡大を阻止するため、インターネットの遮断という手段に出ています。2026年1月8日、NetBlocksは、抗議活動と死傷者の増加を受けて、現地時間午前8時30分頃から全国規模のインターネット遮断が始まったことを確認しました。
CloudFlareとNetBlocksは共に、この停止がイラン政府の干渉によるものだと断定しています。インターネットアクセスと電話回線は抗議が始まった後に切断されました。このインターネット遮断は、2019年11月の弾圧時を彷彿とさせるもので、当時は数百人が殺害されました。
アムネスティ・インターナショナルは、「包括的なインターネット遮断」を非難し、これが「重大な人権侵害の真の範囲を隠す」ことを目的としていると述べています。実際、インターネット遮断後に暴力が激化する深刻な懸念が高まっています。
武力行使と大量逮捕
イラン当局は、実弾を使用して抗議活動を鎮圧し、一部の都市では広範囲にわたる大量逮捕を実施しています。拘束された人々の数は2,000人を超えています。
1月9日時点で、テヘランだけで少なくとも217人が死亡したと報告されており、病院は負傷者で溢れかえり、その多くが銃創を負っています。イランの司法長官は、抗議者への処罰は「決定的で、最大限で、いかなる法的寛容さもない」と誓約しました。
報告されている死者数は情報源によって大きく異なりますが:
- アムネスティ・インターナショナルとヒューマン・ライツ・ウォッチは、2025年12月31日から2026年1月3日の間に少なくとも28人の抗議者と傍観者(子どもを含む)が殺害されたと報告
- イラン人権団体は、最初の12日間で少なくとも45人の抗議者(18歳未満の子ども8人を含む)が殺害されたと報告
- 米国を拠点とするイラン人権団体HRANAは、1月10日時点で過去14日間に少なくとも78人の抗議者が殺害されたと推定
- イラン国際放送は、1月10日の48時間で少なくとも2,000人の抗議者が殺害されたと報告
最高指導者の強硬発言
2026年1月3日、最高指導者アリ・ハメネイ師は「暴徒は適切な場所に置かれるべきだ」と述べ、強硬な弾圧を示唆しました。IRGC のロレスタン州支部は、「寛容」の期間は終わったと宣言しました。
国際社会の反応と米国の介入警告
トランプ大統領の強硬姿勢
米国のドナルド・トランプ大統領は、Truth Socialに「イランが『慣例である』平和的な抗議者を暴力的に殺害した場合、アメリカ合衆国が彼らを救出する」と投稿しました。さらに「我々は準備万端で、いつでも行動できる状態だ」と付け加え、軍事介入の可能性を強く示唆しました。
トランプ大統領は別の投稿で、イランが抗議者を殺し続ければ米国は介入すると警告し、「準備は整っており、いつでも行動できる」と述べました。
イラン側の反応
イラン当局はトランプ大統領の脅威に強く反応しています。ハメネイ師の顧問であるアリ・シャムハニは、「いかなる口実の下でも、イランの安全保障に近づく介入の手は、行動する前に切り落とされる」と警告しました。
イラン議会のモハマド・バゲル・ガリバフ議長はXへの投稿で、トランプの脅威により「この地域のすべての米軍基地と部隊が、いかなる冒険主義への対応として正当な標的となる」と述べました。
最高指導者ハメネイ師自身も、トランプ氏を「イラン人の血で手が染まっている」として非難しました。
その他の国際的反応
米国国務省は抗議者への支持を表明し、イラン政府に対して市民の権利を尊重し、「暴力的な黙らせ方」に頼るのではなく、彼らの懸念に応えるよう促しました。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、混乱の中で平和的な抗議を尊重するよう求めました。
歴史的文脈と今後の展望
過去の抗議運動との比較
今回の抗議運動は、2022年の「女性、命、自由」運動を上回る規模に発展しており、1979年のイスラム革命以来最大の蜂起となる可能性があります。2019年11月の弾圧では数百人が殺害されましたが、今回はそれを上回る死者が出る懸念があります。
インターネット遮断の逆効果
CNNの報道によれば、テヘランの地元住民は「インターネット遮断は裏目に出たようだ」と述べており、遮断がイランでの抗議を鎮めることに失敗していると指摘しています。情報統制が強まるほど、人々の不満と反発が高まるという逆説的な状況が生まれています。
経済危機の構造的要因
イランの経済危機は一時的なものではなく、構造的な問題を抱えています。制裁、国内の経営ミス、石油収入の制約、外貨アクセスの制限、政策手段の不足などが重なり、中央銀行の安定化能力が限られています。
これらの問題は短期的には解決不可能であり、経済状況の悪化が続く限り、社会不安も継続する可能性が高いと考えられます。
注意点と今後の見通し
情報の信頼性
インターネット遮断により、イラン国内からの情報発信が困難になっており、死者数や被害状況について正確な情報を得ることが難しくなっています。報告される数字には大きな幅があり、実際の状況はさらに深刻である可能性があります。
弾圧の激化リスク
イラン当局が「寛容の期間は終わった」と宣言し、司法長官が「最大限の処罰」を約束している状況では、今後さらに暴力的な弾圧が行われる危険性があります。過去の事例から、インターネット遮断後に死傷者が急増する傾向があることに注意が必要です。
米国介入の現実性
トランプ大統領の介入警告は、イラン政府への圧力となる一方で、地域全体の緊張を高める要因ともなっています。実際の軍事介入が行われれば、中東全体の不安定化につながる可能性があり、慎重な対応が求められます。
体制転換の可能性
バザール商人という伝統的支持層の離反は、イスラム共和国体制にとって深刻な事態です。しかし、過去の抗議運動が強力な弾圧により鎮圧されてきた歴史もあり、今回の運動が体制転換につながるかどうかは不透明です。
まとめ
イランで発生した反政府デモは、経済危機を背景に2週間以上にわたって全国100都市以上に拡大し、1979年以来最大規模の蜂起となる可能性があります。特に、伝統的な政権支持層であったバザール商人の参加は、体制の危機の深さを示しています。
イラン当局はインターネット遮断と武力弾圧で対応していますが、これが抗議活動を鎮めるどころか、かえって反発を強める結果となっています。報告される死者数には幅がありますが、少なくとも数十人から数百人規模の犠牲者が出ており、今後さらに増加する懸念があります。
米国トランプ政権の介入警告は、イラン政府への圧力となる一方で、地域全体の緊張を高めています。今後の展開として、イラン当局のさらなる弾圧強化、抗議運動の持続または鎮圧、米国の実際の介入の有無など、複数のシナリオが考えられます。
イランの政治的・経済的危機は構造的なものであり、短期的な解決は困難です。この抗議運動がイランの将来にどのような影響を与えるかは、今後数週間から数ヶ月の展開にかかっています。国際社会は、人権侵害の監視と平和的解決への働きかけを継続する必要があるでしょう。
参考資料:
- January 10, 2026 — Iran protests spread, death toll mounts amid internet blackout | CNN
- 2025–2026 Iranian protests - Wikipedia
- Iran: Deaths and injuries rise amid authorities’ renewed cycle of protest bloodshed - Amnesty International
- Security forces clash with protesters in Iran’s main market as death toll rises - NPR
- Will Iran’s Protests, Economic Crisis Finally Topple the Government? - Foreign Policy
- Trump says U.S. will intervene if Iran kills peaceful protesters - NBC News
- Iran Human Rights: Internet Blackout Amid Growing Iran Protests
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