訪日客に事前入国審査JESTA導入へ、その全容と影響
はじめに
日本政府が訪日外国人向けの事前入国審査制度「JESTA(ジェスタ)」を2028年度中に導入する方針を固めました。2026年2月に特別国会へ提出された入管法改正案に、その全容が盛り込まれています。
JESTAは米国の「ESTA(エスタ)」を参考にした電子渡航認証制度です。ビザ免除対象国からの訪日客に対し、渡航前にオンラインで審査を義務付けます。認証を得ていない旅行者の搭乗を航空会社が拒否する仕組みも導入されます。
2025年の訪日外国人数は約4,268万人と過去最高を記録しました。急増するインバウンドに対応しつつ、不法滞在やテロのリスクを事前に排除する狙いがあります。本記事では、JESTAの具体的な仕組みや手数料、各国の類似制度との比較、そして旅行者への影響について詳しく解説します。
JESTAの仕組みと対象範囲
電子渡航認証の基本的な流れ
JESTAは「Japan Electronic System for Travel Authorization」の略称です。短期滞在ビザを免除している71の国・地域からの訪日旅行者が対象となります。米国、カナダ、英国、ドイツ、フランス、オーストラリア、韓国、台湾、香港、シンガポールなど、主要な訪日市場のほぼすべてが含まれます。
申請の流れは以下のとおりです。旅行者は渡航前にオンラインで専用サイトにアクセスし、個人情報や職業、渡航目的、宿泊先などの情報を入力します。出入国在留管理庁がこれらの情報を審査し、問題がなければ認証が付与されます。認証を受けた旅行者だけが日本行きの航空機や船舶に搭乗できる仕組みです。
航空会社への搭乗拒否義務
今回の入管法改正案で注目すべき点は、航空会社や船舶事業者への義務付けです。JESTA認証を取得していない旅客に対し、搭乗を拒否することが法的に義務化されます。
これは米国のESTAと同様の運用方法です。航空会社のチェックインシステムとJESTAのデータベースが連携し、認証の有無をリアルタイムで確認します。認証がない場合、搭乗手続き自体ができなくなるため、問題のある人物が日本に到着する前に入国を阻止できます。
航空会社にとっては新たなシステム対応が必要になります。ただし、既に米国のESTAやカナダのeTA、オーストラリアのETAなど、同様のシステムに対応した実績があるため、技術的なハードルは比較的低いと見られています。
手数料と在留資格更新費用の引き上げ
JESTA申請手数料は2,000〜3,000円
JESTAの申請時には手数料が課される予定です。政府は2,000円から3,000円程度を検討しています。米国のESTAは21ドル(約3,200円)、EUのETIASは7ユーロ(約1,100円)、韓国のK-ETAは10,000ウォン(約1,100円)であり、JESTAの手数料はこれらの中間的な水準です。
この手数料収入は、入国審査体制の強化やシステムの運用・維持に充てられる見込みです。2025年の訪日外国人が約4,268万人であることを考えると、仮に全員がJESTA申請対象となった場合、年間で数百億円規模の収入になります。
在留資格更新手数料の大幅引き上げ
入管法改正案にはJESTAだけでなく、在留資格に関する手数料の上限引き上げも含まれています。政府は手数料の上限を現行の6,000円から最大30万円程度まで大幅に引き上げることを検討しています。
具体的には、在留資格の変更・更新(1年以上)が現行6,000円から3万〜4万円前後に、永住許可申請が現行1万円から10万円超に引き上げられる方向です。これは欧米諸国の水準に近づける意図があります。
背景には、在留外国人の増加に伴う入管業務の負担増大があります。審査の質を維持しながら処理能力を向上させるための財源確保が目的です。ただし、外国人労働者やその雇用主にとっては大きな負担増となるため、慎重な議論が求められます。
各国の電子渡航認証制度との比較
先行する米国ESTA・EU ETIASの事例
電子渡航認証制度は、すでに多くの国で導入または導入準備が進んでいます。JESTAはこうした国際的な潮流に沿った制度です。
米国のESTAは2009年に義務化されました。ビザ免除プログラム(VWP)参加国からの渡航者に対し、事前にオンラインで渡航認証を取得することを求めます。有効期間は2年間で、費用は21ドルです。テロ対策や不法滞在防止に一定の効果を上げています。
EUのETIASは長らく導入が延期されてきましたが、ビザ免除対象国からの渡航者に事前認証を求める制度です。費用は7ユーロと比較的安価に設定されており、18歳未満と70歳以上は無料です。有効期間は3年間で、複数回の入国が可能です。
アジアにおける動向
韓国は2021年にK-ETAを導入しました。ビザ免除国からの入国者に事前の電子渡航認証を義務付けるもので、費用は1万ウォン(約1,100円)、有効期間は3年です。ただし、2026年末まで一部の国に対して免除措置を適用しており、段階的な運用を行っています。
英国も電子渡航認証(ETA)を導入済みで、費用は16ポンド(約3,100円)、有効期間は2年間です。84の国・地域が対象となっています。
JESTAはこれらの制度を参考にしつつ、日本独自の事情に合わせた設計が求められます。特に年間4,000万人を超える訪日客を円滑に処理するためのシステム設計が重要です。
注意点・展望
導入までのスケジュールと課題
JESTAの導入は2028年度中を予定しています。それまでにシステムの開発・テスト、航空会社との連携体制の構築、多言語対応の整備など、多くの準備が必要です。
懸念されるのは、申請手続きが旅行者にとってハードルとなる可能性です。米国のESTA導入時にも、制度を知らずに空港で搭乗を拒否されるケースが頻発しました。JESTAでも同様の混乱が起きないよう、十分な周知期間と多言語での情報発信が不可欠です。
また、政府が進める「不法滞在者ゼロプラン」との連動も注目されます。2025年に出入国在留管理庁が公表したこのプランでは、退去強制命令を受けた外国人の送還促進や難民審査の迅速化が掲げられています。JESTAは水際での事前スクリーニングを担い、入国後の対策と合わせた総合的な出入国管理体制の構築を目指しています。
観光産業への影響
2025年の訪日外国人消費額は過去最高を記録し、経済効果は約19兆円に達しました。JESTAの導入が観光客の減少につながらないかという懸念もあります。
ただし、米国やオーストラリアなどの先行事例を見る限り、電子渡航認証制度の導入が観光客数の大幅な減少につながったケースは確認されていません。むしろ、入国審査の迅速化により空港での待ち時間が短縮されるメリットも期待されます。一方で、手数料の新設やオーバーツーリズム対策としての国際観光旅客税の引き上げ(2026年7月に1,000円から3,000円へ)と合わせると、訪日旅行のコスト増加が懸念材料となります。
まとめ
JESTAの導入は、急増する訪日外国人に対応しつつ安全保障を強化するための重要な施策です。2028年度の運用開始に向けて、システム開発や航空会社との連携、旅行者への周知など準備が本格化します。
手数料は2,000〜3,000円程度が見込まれ、在留資格関連の手数料も大幅に引き上げられます。各国で同様の制度が普及する中、日本もようやく国際標準に追いつく形です。
旅行者にとっては新たな手続きが加わりますが、事前審査により入国時の手続きが円滑になるメリットもあります。今後の制度設計の詳細や、導入に向けた具体的なスケジュールに引き続き注目が必要です。
参考資料:
- 事前入国審査「JESTA」2028年度中に導入へ 外国人の入国審査を強化(日テレNEWS NNN)
- 日本版ESTA28年に前倒し導入へ──ビザ免除国にも渡航前審査が必須に
- Japan weighs 2,000-3,000 yen fee for new pre-travel screening system - Japan Today
- Japan officializes “JESTA”, its electronic travel authorization system - VisasNews
- 入管手数料の大幅引き上げが検討へ|2026年度以降の変更点と影響
- 2025年訪日客数・消費額が過去最高、経済効果は約19兆円
- JESTA: What Travelers Need to Know - Japan Travel
- 「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」について(出入国在留管理庁)
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