野村HD・伊藤忠が中小企業の従業員承継ファンドを設立
はじめに
日本の中小企業が抱える最大の課題の一つが、後継者不足による廃業リスクです。経営者の高齢化が進む中、約127万社が後継者未定の状態にあるとされています。こうした深刻な社会課題に対し、野村ホールディングス(HD)と伊藤忠商事、三井住友信託銀行が新たな解決策を打ち出しました。
2026年2月、3社は中小企業内の従業員への事業承継を支援する「内部承継プラットフォーム投資事業有限責任組合」を設立しました。このファンドはオーナー経営者から株式を買い取り、後継社長となる従業員に段階的に経営権を移す仕組みです。本記事では、このファンドの仕組みや背景、中小企業の事業承継における意義を詳しく解説します。
深刻化する中小企業の後継者問題
後継者不在率の現状
帝国データバンクの2024年調査によると、全国の企業の後継者不在率は52.1%です。2023年の54.5%からは改善傾向にあるものの、依然として半数以上の企業で後継者が決まっていません。7年連続で低下しているとはいえ、予断を許さない状況が続いています。
特に深刻なのは、経営者が70歳以上の企業が約245万社に上るという点です。中小企業庁の試算では、このまま対策を講じなければ2025年までの累計で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があると警鐘を鳴らしています。この問題は「2025年問題」として広く知られ、経済全体への影響が懸念されてきました。
従業員承継が進まない理由
事業承継の方法には、親族内承継、従業員承継(MBO・EBO)、第三者承継(M&A)の3つがあります。近年は親族内承継が減少し、M&Aによる第三者承継が増加傾向にあります。しかし、事業の継続性や企業文化の維持という観点からは、社内の従業員が引き継ぐ「従業員承継」が理想的な選択肢の一つです。
従業員承継が進まない最大の理由は、資金面の壁です。EBO(エンプロイー・バイアウト)では、従業員が自社の株式を買い取って経営権を取得します。しかし、中小企業のオーナーが保有する株式の評価額は数千万円から数億円に達することも珍しくありません。一般的な従業員にとって、この金額を自力で調達するのは極めて困難です。
さらに、金融機関からの借入れにも課題があります。事業承継時に後継者が個人保証を求められるケースが多く、後継者となる従業員が過大な債務リスクを負うことへの抵抗感が、承継を阻む大きな要因となっています。
新ファンドの仕組みと参画企業
「内部承継プラットフォーム」の概要
2026年2月に設立された「内部承継プラットフォーム投資事業有限責任組合」は、中小企業の従業員承継に特化したプライベート・エクイティ・ファンドです。その仕組みは以下の通りです。
まず、ファンドがオーナー経営者から保有株式を買い取ります。これにより、オーナーは株式の売却代金を受け取って引退できます。次に、後継社長となる従業員に対して段階的に経営権を移譲していきます。従業員は一度に全額を負担する必要がなく、時間をかけて株式を取得していく形式です。
この仕組みの最大のメリットは、従業員の資金負担を大幅に軽減できる点にあります。従来のEBOでは後継者自身が巨額の資金を調達する必要がありましたが、ファンドが中間的な役割を果たすことで、無理のない承継を実現します。
参画企業の役割と強み
本ファンドの運営体制は、各社の強みを活かした構成となっています。無限責任組合員(GP)として業務運営を担うのは、野村HDの子会社である野村リサーチ・アンド・アドバイザリーです。同社は投資先の発掘・選定・実行から、投資後の成長支援までを一貫して行います。
有限責任組合員(LP)としては、伊藤忠商事と三井住友信託銀行が主要投資家として参画しています。伊藤忠商事は全国に広がる取引ネットワークを通じて承継候補企業の紹介が可能であり、三井住友信託銀行は信託業務の知見を活かした株式承継スキームの構築に強みを持ちます。
さらに、フリー株式会社と日本M&Aセンターホールディングスもファンドに参画しています。フリーはクラウド会計ソフトの最大手であり、中小企業のバックオフィス支援に強みがあります。日本M&Aセンターは事業承継やM&A仲介で豊富な実績を持つ企業です。こうした多様な企業の連携により、資金面だけでなく経営支援まで含めた包括的なサポートが可能になります。
野村HDの事業承継支援の取り組み
サーチファンドから従業員承継へ
野村HDは事業承継分野で着実に取り組みを拡大してきました。2021年には、ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター(JaSFA)と共同で、経営者候補に先行投資するサーチファンドを設立しています。このファンドは最大60億円規模で、経営に意欲のある人材が中小企業を買収する際の資金を提供する仕組みです。
サーチファンドとは、「サーチャー」と呼ばれる経営者志望者が投資家から資金を調達し、自ら企業を探して経営権を取得する手法です。1984年に米国で始まり、世界的に広がっています。しかし、サーチファンドは外部人材を経営者として送り込む形であり、社内の従業員が引き継ぐ従業員承継とは異なります。
米国Teamsharesとの連携
野村HDは2024年3月、米国の事業承継スタートアップであるTeamsharesへの出資を発表しました。Teamsharesは退任するオーナーから中小企業を買収し、20年かけて従業員の持ち株比率を80%まで引き上げるというユニークなモデルを展開しています。
このモデルの特徴は、従業員が自己資金を使わずに株主になれる点です。Teamsharesが企業を買収した時点で、従業員は自動的に株主となります。2023年7月時点で84社、売上高4億ドル以上、29州42業種にわたって展開し、2,100人以上の新たな従業員オーナーを生み出しています。
今回の内部承継ファンドは、こうした米国での知見を日本市場に応用したものと位置付けられます。野村HDは外部人材によるサーチファンドと、社内従業員による内部承継ファンドの両輪で、中小企業の事業承継を支援する体制を整えたことになります。
注意点・展望
今回のファンドは画期的な取り組みですが、いくつかの課題も考えられます。まず、従業員承継が成功するためには、後継者となる従業員の経営能力が不可欠です。ファンドによる資金面の支援だけでなく、経営者教育やメンタリングなどの人材育成がどこまで充実するかが重要なポイントとなります。
また、すべての中小企業に従業員承継が適しているわけではありません。承継候補となる従業員がいない企業、業績が厳しく将来性が不透明な企業については、M&Aや廃業を含めた多様な選択肢の中から最適な解を探る必要があります。
今後の展望としては、こうしたファンドの成功事例が積み重なることで、中小企業の従業員承継が一般的な選択肢として認知される可能性があります。政府も事業承継時の経営者保証解除に向けた対策を進めており、官民連携による環境整備が加速することが期待されます。
まとめ
野村HD、伊藤忠商事、三井住友信託銀行が設立した「内部承継プラットフォーム投資事業有限責任組合」は、中小企業の後継者問題に対する新たなアプローチです。ファンドがオーナーから株式を買い取り、従業員に段階的に経営権を移すことで、従業員の資金負担を軽減します。
フリーや日本M&Aセンターホールディングスも参画し、資金面だけでなく経営支援まで含めた包括的なサポート体制が構築されています。中小企業の廃業を防ぎ、雇用やGDPの損失を食い止めるうえで、こうしたファンドの役割はますます重要になるでしょう。事業承継に悩む中小企業にとって、新たな選択肢が広がったことは大きな前進です。
参考資料:
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