写真家・大石芳野が見たアフガニスタンの女性たちの受難
はじめに
日本を代表する報道写真家の大石芳野氏が、日本経済新聞の連載「私の履歴書」で自身のアフガニスタン取材を振り返っています。2002年1月に首都カブールを訪れた際、空港を出た瞬間に広がっていた廃墟のような光景と、暗いまなざしの13歳の少女との出会いが綴られています。
約半世紀にわたり世界の紛争地を撮り続けてきた大石氏の証言は、アフガニスタンの女性たちが経験してきた過酷な受難の歴史を浮き彫りにしています。そしてその受難は、2021年のタリバン政権復帰以降、さらに深刻さを増しているのが現状です。
大石芳野という写真家
紛争地の市民に向けたカメラ
大石芳野氏は1944年東京生まれで、日本大学藝術学部写真学科を卒業後、戦争や内乱によって傷ついた市民の姿を記録するドキュメンタリー写真家として活動してきました。ベトナム、カンボジア、スーダンのダルフール、広島、長崎、沖縄など、訪れた国や地域は100カ所以上に及びます。
その活動は高く評価され、1982年の日本写真協会年度賞を皮切りに、2001年には報道写真の最高峰とされる土門拳賞を『ベトナム凜と』で受賞。2007年には紫綬褒章を受章しています。
大石氏の写真に共通するのは、戦争の加害者側ではなく、被害者である一般市民の日常に焦点を当てる姿勢です。「私は世界を知りたい。そして知ったことを伝えたい。そのためにカメラがあるのです」と語っています。
2002年カブールでの取材
2001年9月11日の米国同時多発テロ事件の後、米国はアフガニスタンへの軍事作戦「不朽の自由作戦」を開始しました。アルカイダの掃討とタリバン政権の打倒を目的とした作戦は、2001年11月中旬には首都カブールの制圧に至ります。
大石氏がカブールに入ったのはその直後の2002年1月でした。空港を出た先に広がっていたのは廃墟のような光景です。アフガニスタンではソ連の侵攻(1979〜1989年)に続く内戦、タリバン政権の支配、そして米軍の軍事作戦と、長年にわたる戦禍が国土を荒廃させていました。
大石氏が出会った13歳の少女の「暗いまなざし」は、長年の紛争がアフガニスタンの人々、特に女性と子どもたちに刻んだ深い傷を象徴するものでした。
アフガニスタンの女性たちの受難
タリバン政権下での系統的な権利剥奪
アフガニスタンの女性たちの受難は、過去の話ではありません。2021年8月にタリバンが再び政権を掌握して以降、女性の権利は組織的に奪われ続けています。
教育面では、2022年3月に少女の中学校への入学が禁止されました。同年12月には女性の大学進学も停止され、2023年1月までに大学受験そのものが禁止されています。さらに2024年末には、最後の砦ともいえた医療系教育機関での女性への教育も停止されました。アフガニスタンは現在、女子・女性の教育が禁止されている世界で唯一の国です。
就労に関しても、2022年12月にはNGOでの女性の就労が禁止され、2023年4月にはこの制限が国連で雇用されているアフガニスタンの女性にも適用されました。公園やジム、スポーツクラブなど公共の場からも女性は締め出されています。2023年7月には美容院の閉鎖まで命じられました。
数字が示す深刻な影響
国連ウィメン(UN Women)の分析によると、2026年までに110万人の少女が学校に通えず、10万人以上の女性が大学教育の機会を失うと推計されています。教育の機会を奪われた影響は健康面にも及び、早産率が45%増加し、妊産婦死亡リスクが少なくとも50%増加するとの予測もあります。
こうした状況下でも、「地下学校」と呼ばれる民間の秘密の学習の場が運営されており、教育を求める女性たちの静かな抵抗が続いています。大石氏が2002年に見た少女たちのまなざしの先にあったのは、20年以上経った今もなお続く受難の歴史でした。
報道写真が持つ力と意義
記録と記憶の継承
大石芳野氏の「私の履歴書」連載は、報道写真が持つ力を改めて考えさせます。紛争の当事者でない私たちが遠い国の人々の苦しみを知るとき、写真はもっとも直接的な媒体の一つです。
大石氏の著作『戦争は終わっても終わらない』というタイトルが示すように、紛争が「終結」した後も、人々の傷は長く残り続けます。アフガニスタンの女性たちの現状は、まさにこの命題を体現しています。2001年の米軍侵攻で「解放」されたはずの女性たちが、20年後のタリバン復権によって再び自由を奪われているという現実は、平和構築の難しさを物語っています。
「知ること」から始まる関心
大石氏が「知ったことを伝えたい」と語るように、遠い地の現実を知ること自体が重要な第一歩です。アフガニスタンへの国際的な関心は、2021年の米軍撤退後に急速に薄れつつあります。しかし、女性たちの権利剥奪は日々進行しており、国際社会の目が離れることでその状況はさらに悪化しかねません。
まとめ
大石芳野氏のアフガニスタン取材の回想は、一人の写真家の個人的な記録であると同時に、紛争下の人々、とりわけ女性たちの受難を伝える証言です。2002年のカブールで出会った13歳の少女の暗いまなざしは、20年以上を経た今、タリバン政権下でさらに厳しい現実に直面する少女たちの姿と重なります。
報道写真は、遠い場所の見えない苦しみを私たちの目の前に届ける力を持っています。アフガニスタンの女性たちの現状に関心を寄せ続けることが、国際社会に求められています。
参考資料:
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