大石芳野が撮り続ける福島とチョルノービリの記憶
はじめに
2011年3月11日、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故は、日本社会に深い傷跡を残しました。あの日から15年が経過した今も、故郷を離れたまま暮らす避難者は少なくありません。この未曾有の原子力災害を、カメラを通じて記録し続けた写真家がいます。
報道写真家の大石芳野氏は、1986年に発生したチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故の被災地を1990年代から繰り返し取材してきました。その経験を持つ大石氏にとって、福島の光景はチョルノービリの記憶と重なるものでした。本記事では、半世紀以上にわたり世界各地の戦禍や災害を記録してきた大石氏の活動を軸に、原発事故の「見えない被害」を写真で伝えることの意義を考えます。
大石芳野という報道写真家の歩み
世界100か所以上を取材した半世紀の記録
大石芳野氏は1944年東京都生まれの報道写真家です。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、ドキュメンタリー写真の世界に入りました。20代でパプアニューギニアを単身訪問し、現地の人々と共に暮らした経験が、その後の写真家人生の原点となっています。
大石氏の取材対象は、ベトナム戦争、カンボジアの大虐殺、コソボ紛争、アフガニスタン、スーダンのダルフール難民など多岐にわたります。国内では広島・長崎の被爆者や沖縄の戦争体験者も撮影してきました。訪れた国や地域は100か所を超え、半世紀以上にわたりカメラを握り続けています。
数々の受賞歴と社会的評価
大石氏の活動は高い評価を受けています。1982年に日本写真協会年度賞、1994年に芸術選奨新人賞を受賞しました。2001年には報道写真の最高峰とされる土門拳賞を獲得しています。2007年には紫綬褒章を受章し、2008年には日藝賞も受賞しました。
また、2004年からは世界平和アピール七人委員会の委員を務めており、写真を通じた平和活動にも積極的に取り組んでいます。サライ誌のインタビューでは「私は世界を知りたい。そして知ったことを伝えたい。そのためにカメラがあるのです」と語っており、その言葉は大石氏の写真哲学を端的に表しています。
撮影機材にはライカを愛用し、カラー用とモノクロ用の2台を携えて現場に入るスタイルを長年続けてきました。35mmレンズを主に使用するのは、被写体に近づいて撮影することを大切にしているためです。
チョルノービリから福島へ――重なる原発事故の記憶
チョルノービリ取材で見た放射能被害の実態
1986年4月26日、当時のソビエト連邦ウクライナ共和国にあるチョルノービリ原子力発電所で、史上最悪の原発事故が発生しました。原子炉そのものが爆発し、大量の放射性物質が広範囲に拡散しました。134名が急性放射線障害を発症し、事故後3週間以内に28名が命を落としています。
大石氏は1990年代からチョルノービリの被災地に足を運び、事故の影響を受けた家族の姿を記録しました。1994年には「チェルノブイリ 家族の肖像」と題したドキュメンタリー作品を発表しています。この作品は全4回のシリーズとして構成され、放射能汚染地域で暮らす人々の日常と苦悩を克明に描き出しました。
チョルノービリ事故では、小児から青年の間で6,000人以上の甲状腺がんが報告されました。甲状腺の平均被ばく線量は約500ミリシーベルトと推定されています。大石氏はこうした健康被害に苦しむ住民の表情を、長期にわたって撮影し続けました。
3.11と福島――「私は加害者」という自覚
2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故が発生した時、大石氏はチョルノービリの光景が脳裏に浮かんだとされます。放射能という「目に見えない」脅威が人々の生活を根底から覆す状況は、かつてウクライナで目撃した惨状と重なるものでした。
大石氏は「私は加害者」という認識を持っていたと伝えられています。電力を消費する都市部の住民として、原発に依存する社会構造の一端を担っているという自覚です。この視点は、単なる外部の記録者ではなく、当事者意識を持った写真家としての姿勢を示しています。
しかし震災直後、大石氏は体調を崩しており、すぐに福島へ向かうことができませんでした。実際に撮影に入れたのは2011年4月末になってからでした。それでも大石氏は、その後も繰り返し福島を訪れ、被災地の人々の姿を記録し続けました。
写真集『福島FUKUSHIMA 土と生きる』が伝えるもの
2013年、大石氏は藤原書店から写真集『福島FUKUSHIMA 土と生きる』を刊行しました。228点の写真で構成されたこの写真集は、第55回JCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞しています。
写真集には、故郷を失った飯舘村の高齢者、仮設住宅で暮らす家族、売り物にならない原乳を泣きながら廃棄する酪農家など、原発事故によって人生を大きく変えられた人々の姿が収められています。「ふるさとの喪失」「20キロ圏内の住民」「畜産農家の苦悩」といった章立てで、放射能被害の多面的な実態を浮き彫りにしました。
女性自身のインタビューで、原発事故の現場に入ることへの恐怖を問われた大石氏は、若い人は相当の覚悟なしに行くべきではないとしつつ、自身の年齢を考えれば許容できると述べ、「この仕事を選んだのは私自身」と語っています。
原発事故の記録が持つ現代的意義
チョルノービリと福島の比較から見えること
チョルノービリと福島の二つの原発事故は、ともに国際原子力事象評価尺度で最高のレベル7に分類されています。しかし、その被害の様相には違いがあります。
福島で放出されたヨウ素やセシウムの放出量はチョルノービリの10から40パーセント程度と試算されています。福島では迅速な住民避難と飲食物の摂取制限が実施され、甲状腺被ばく線量は最大でおよそ50ミリシーベルトに抑制されました。原発作業者に急性放射線障害が確認されなかった点も、チョルノービリとの大きな違いです。
ただし、数値の比較だけでは見えない被害があります。避難生活の長期化による精神的負担、コミュニティの分断、風評被害による経済的損失など、放射線量では測れない苦しみが存在します。大石氏の写真は、まさにこの「見えない被害」を可視化する役割を果たしています。
報道写真がつなぐ記憶と教訓
大石氏は2019年に東京都写真美術館で「戦禍の記憶」展を開催し、約150点の作品を展示しました。約40年にわたる取材の集大成ともいえるこの展覧会は、戦争と災害の記憶を次世代に伝えることの重要性を改めて示しました。
2025年には長崎平和推進協会の主催で「戦世をこえて」と題した写真展が開かれ、被爆者や海外紛争地域の写真61点が展示されています。80歳を超えた今もなお、大石氏は精力的に活動を続けています。
注意点・展望
福島第一原発事故から15年が経過し、社会の関心は薄れつつあります。しかし、廃炉作業は依然として続いており、帰還困難区域も残されています。大石氏のような報道写真家の記録は、風化しがちな記憶をつなぎとめる貴重な役割を担っています。
一方で、報道写真には注意すべき点もあります。被写体となる被災者のプライバシーや尊厳への配慮、写真が伝えきれない文脈の補完、そして「悲劇の消費」にならないための倫理的な視点が求められます。大石氏が一貫して被写体に寄り添い、長期的な関係を築いた上で撮影する姿勢は、報道写真のあるべき形を示しているといえるでしょう。
今後も原発事故の記録を残し続けることは、日本のみならず世界のエネルギー政策を考える上で欠かせない資料となります。写真という視覚的な記録媒体が持つ説得力は、統計データや報告書では伝えきれない人間の感情や生活の実態を浮かび上がらせる力を持っています。
まとめ
報道写真家・大石芳野氏は、チョルノービリと福島という二つの原発事故を記録した稀有な存在です。半世紀以上にわたる取材活動を通じて、戦争や災害がもたらす「見えない傷」を写真で可視化し続けてきました。
「私は世界を知りたい。そして知ったことを伝えたい」という大石氏の信念は、報道写真の原点を体現しています。福島原発事故の記憶が風化しつつある今こそ、大石氏が残した写真の記録に目を向け、原子力災害の教訓を改めて考える意義があるのではないでしょうか。
参考資料:
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