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by nicoxz

写真家・大石芳野が記録したカンボジア虐殺の真実

by nicoxz
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はじめに

写真家・大石芳野氏が、日本経済新聞の連載「私の履歴書」(2026年2月)で、カンボジアでの取材経験を綴っています。1980年と1981年にポル・ポト政権崩壊直後のカンボジアを訪れ、虐殺の実態を克明に記録した大石氏の証言は、歴史の記録として重要な意味を持ちます。

2025年7月には、大石氏が取材したトゥールスレン収容所(S-21)がユネスコ世界遺産に登録されました。かつて写真集の発表時に「これは嘘だ」と中傷を受けた記録が、いま国際社会から「人類史の重要な証拠」として認められています。

この記事では、大石芳野氏の活動とカンボジア虐殺の歴史、そして記録の意義について解説します。

大石芳野という写真家

半世紀以上にわたる記録活動

大石芳野氏は1944年5月28日、東京都杉並区に生まれました。日本大学芸術学部写真学科を1967年に卒業後、フリーランスのフォトジャーナリストとして活動を開始しました。

在学中にメラネシアの美術に触れたことが大きな転機となり、1966年にはベトナムとカンボジアを訪問しています。以後、西アフリカ、東南アジア、ヨーロッパの紛争地域を取材し、戦火に巻き込まれた人々の姿をカメラに収めてきました。

カンボジアとの出会い

大石氏がカンボジアの虐殺現場を訪れたのは、ポル・ポト政権(1975〜1979年)が崩壊した直後の1980年と1981年です。プノンペンのトゥールスレン監獄を取材し、累々たる屍と無数の骸骨、そして生き延びた人々の証言を記録しました。

トゥールスレンでは、判明しているだけで14,499人が処刑されたと当時伝えられました。大石氏は、言葉では到底表現できない現実に直面しながらも、カメラを通じて事実を記録し続けました。

写真集「無告の民」の衝撃

大江健三郎が序文を寄せた記録

1981年11月、大石氏は岩波書店から写真集『無告の民 カンボジアの証言』を出版しました。序文はノーベル文学賞作家の大江健三郎氏が執筆しています。

この写真集は、ポル・ポト政権による大量虐殺の爪痕と、苦悩を続けるカンボジアの人々の姿を克明に伝えるものでした。1982年には日本写真協会年度賞を受賞し、報道写真の重要な成果として評価されました。

「嘘だ」という中傷との闘い

しかし、写真集の発表は称賛だけでなく、「これは嘘だ」という中傷も招きました。ポル・ポト政権の虐殺の実態が国際社会に十分に認知されていなかった時代、現実離れした残虐さを目にした一部の人々は、その記録を信じようとしなかったのです。

事実と真実の間に横たわる溝は、報道写真が常に直面する課題です。大石氏は批判にひるむことなく、その後もカンボジアをはじめ世界各地の紛争地域を取材し続けました。

その後の活動

大石氏はカンボジアに先立つ1980年にも『女の国になったカンボジア』(潮出版社)を出版しています。さらにベトナム、沖縄、コソボ、アフガニスタン、そして東日本大震災後の福島など、紛争や災害の現場を記録し続けています。東京工芸大学で教鞭をとり、東京都写真美術館に作品が収蔵されるなど、日本の報道写真を代表する写真家の一人です。

トゥールスレン収容所の歴史と現在

S-21の惨劇

トゥールスレン収容所は、もともと高校の校舎でした。1976年4月頃、クメール・ルージュ(ポル・ポト派)がこの建物を「反革命分子」を尋問・拷問するための施設(通称S-21)に転用しました。

収容されたのは、学生、僧侶、技術者、教授、旧政府関係者、主婦など、あらゆる階層の人々です。推定15,000〜20,000人が収容され、拷問の末に処刑されました。生還者はわずか数名とされています。

処刑はトゥールスレンではなく、約15km南にあるチュンエク(キリング・フィールド)で夜間に行われました。1977年から1979年の間に、推定20,000人がチュンエクで殺害されたとされています。

2025年の世界遺産登録

2025年7月11日、ユネスコの世界遺産委員会は「カンボジア記念遺跡群」として、トゥールスレン虐殺博物館、チュンエク虐殺センター、M-13収容所の3施設を世界遺産リストに登録しました。

この登録は、カンボジアにとって近代の紛争に関連する遺跡として初めての世界遺産申請であり、世界的にも近年の紛争に関する記念遺跡の登録として先駆的な事例です。ユネスコは「深刻な人権侵害の証拠」として「人類史の重要な段階を示す際立った例」と評価しています。

記録と記憶の保存

現在、トゥールスレン虐殺博物館では、収容者の白黒の証明写真や、拷問に使われた器具が展示されています。この博物館は犠牲者の追悼と歴史教育の場として機能し、未来の世代が過去を理解するための重要な役割を果たしています。

注意点・展望

記録の力と責任

大石氏の活動が示すように、報道写真には「事実を事実として伝える」という根源的な使命があります。しかし、その記録が常に歓迎されるとは限りません。不都合な真実を前にしたとき、否定や中傷が起きることは、カンボジアの事例に限らず今日でも繰り返されています。

記憶の風化への懸念

ポル・ポト政権の虐殺から約50年が経過し、カンボジア国内でも若い世代への記憶の継承が課題となっています。世界遺産登録は、この記憶を国際社会の共有財産として保存する重要な一歩です。

戦後80年の節目に

2025年は戦後80年の節目でもあり、トゥールスレン虐殺資料館を題材にした教育イベントも開催されています。大石氏の「私の履歴書」での証言は、記録の価値を改めて問い直す機会となっています。

まとめ

大石芳野氏がカメラで記録したカンボジアの虐殺の真実は、約45年の時を経て世界遺産という形で国際的に認められました。「これは嘘だ」と否定された記録が、いまや「人類史の重要な証拠」として保存されています。

事実を記録し、伝え続けることの意味を、大石氏の半生は静かに、しかし力強く物語っています。カンボジアの悲劇を繰り返さないためにも、記録と記憶の継承は私たち一人ひとりに問われているテーマです。

参考資料:

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