パウエルFRB議長が反撃、刑事捜査に「威嚇」と批判

by nicoxz

はじめに

米連邦準備理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長が、異例の方法で反撃に出ました。トランプ政権の司法省が開始した刑事捜査に対し、パウエル議長は2026年1月11日、ビデオメッセージを公開し「中央銀行の独立性を損なうための口実にすぎない」と強く批判しました。

この動画はYouTubeで24時間足らずで87万5000回以上再生され、金融界から政界まで大きな反響を呼んでいます。欧州中央銀行のラガルド総裁やイングランド銀行のベイリー総裁も連帯声明を発表するなど、国際的な支持が広がっています。

本記事では、この前例のない事態の背景と、中央銀行の独立性が揺らぐことの意味を解説します。

刑事捜査の概要とパウエル議長の反論

FRB本部改修工事を巡る捜査

2026年1月9日、司法省はパウエル議長に対し、大陪審への召喚状を送付しました。捜査の名目は、FRB本部ビルの改修工事に関する2025年6月の議会証言で虚偽の発言をした疑いというものです。

FRB本部の改修プロジェクトは22億〜25億ドル(約3400億〜3900億円)規模で、当初予算を約7億ドル(約1000億円)超過していると報じられています。しかし、パウエル議長はこれを「口実」だと主張しています。

異例のビデオ声明

パウエル議長は1月11日夜(米国時間)、FRBのウェブサイトとYouTubeにビデオ声明を投稿しました。これは、政治的発言を避けてきた従来の姿勢からの大きな転換です。

声明の中でパウエル議長は「誰も法の上にいない。FRB議長も例外ではない。しかし、この前例のない行動は、政権による脅迫と継続的な圧力という広い文脈で見るべきだ」と述べました。

さらに「刑事訴追の脅しは、FRBが大統領の意向ではなく、国民の利益に対する最善の評価に基づいて金利を設定していることの結果だ」と明確に政治的動機を指摘しました。

市場への即座の影響

翌12日月曜日、ダウ平均株価は一時400ポイント以上下落しました。10年物米国債の利回りは4ヶ月ぶりの高水準に上昇し、市場は中央銀行の独立性への懸念を織り込み始めています。

トランプ政権との対立の背景

利下げを巡る確執

トランプ大統領は、自身が第1期に指名したパウエル議長に対し、数ヶ月にわたり激しい批判を続けてきました。「愚か者」「道化」「ジェローム『手遅れ』パウエル」などと呼び、利下げの遅さを非難しています。

トランプ大統領は大胆な利下げを求めていますが、パウエル議長率いるFRBは、インフレ抑制を優先する慎重な金融政策を維持しています。この姿勢の違いが、両者の対立の根本にあります。

捜査開始後も、トランプ大統領はパウエル議長を「無能か不正か」と評し、「あの嫌な奴はもうすぐいなくなる」と発言しています。

5月の任期満了を控えて

パウエル議長のFRB議長としての任期は2026年5月に満了します。トランプ大統領は、利下げに積極的な人物を後任に指名する意向を示しており、すでに後任候補を選定したと報じられています。

ただし、パウエル氏はFRB理事としての任期がさらに2年残っているため、望めば理事として残ることは可能です。

国内外からの支持と懸念

歴代FRB議長らが連名で声明

パウエル議長への支持は急速に広がっています。存命の歴代FRB議長全員が連名で声明を発表し、「パウエル議長に対する刑事捜査は、中央銀行の独立性を検察権を使って損なおうとする前例のない試みだ」と批判しました。

また、与党共和党内からも懸念の声が上がっています。上院銀行委員会のティリス議員(共和党・ノースカロライナ州)は、「この法的問題が完全に解決されるまで、トランプ大統領のFRB理事候補には反対する」と表明しました。

国際的な連帯

欧州中央銀行のラガルド総裁、イングランド銀行のベイリー総裁など、主要国の中央銀行トップが連帯声明を発表し、パウエル議長を支持しました。

元欧州中央銀行総裁のトリシェ氏はCNBCのインタビューで、「トランプ政権は過去50年近く先進国で維持されてきた中央銀行の独立性というコンセンサスを変えようとしている」と警告し、「世界の金融システムに深刻な影響を与える」と述べました。

金融界の反応

JPモルガン・チェースのダイモンCEOは「私たちが知る全員がFRBの独立性を信じている。それを損なうことは、おそらく良いアイデアではない」とコメント。さらに「逆効果となり、インフレ期待を高め、長期的に金利を上昇させる可能性がある」と警告しました。

BNYメロンのCEOも、FRBへの攻撃を「非生産的」と批判しています。

中央銀行の独立性が重要な理由

物価安定と政治的圧力

中央銀行の独立性は、健全な金融政策の基盤とされています。政治家は選挙を意識して短期的な景気刺激を求めがちですが、それは長期的にはインフレを招く恐れがあります。

独立した中央銀行は、政治的圧力から隔離された立場で、長期的な物価安定を追求できます。この仕組みは、1970年代の高インフレを経験した先進国で定着してきました。

日銀との比較

日本銀行も1998年の日銀法改正で独立性が強化されました。「物価の安定」と「金融システムの安定」を目的として明記し、政府(主に財務省)からの独立した運営が確認されています。

現在、日銀は段階的な金融政策正常化を進めており、2025年12月には政策金利を0.75%に引き上げました。植田和男総裁は、経済・物価の見通しが実現すれば利上げを継続する方針を示しています。

今後の展望と注意点

金融政策への影響

アナリストの多くは、この対立が今年のFRBによる利下げの可能性を低下させると分析しています。パウエル議長が政治的圧力に屈したと見られることを避けるためです。

皮肉なことに、トランプ大統領が求める利下げは、この対立によってかえって遠のく可能性があります。

後任人事の行方

5月の任期満了後、トランプ大統領が指名する新議長候補は上院の承認が必要です。ティリス議員のような共和党議員からも反発が出ている状況で、どのような人事になるかは不透明です。

利下げに前向きな人物が議長になれば、短期的には市場にプラスかもしれませんが、長期的にはインフレ期待の上昇や、ドルへの信認低下を招く恐れがあります。

まとめ

パウエルFRB議長による異例のビデオ声明は、中央銀行の独立性を守るための「反撃」といえます。歴代FRB議長、欧州の中央銀行総裁、そして金融界のリーダーたちからの支持により、パウエル議長の立場は当面維持されそうです。

しかし、5月の任期満了を控え、トランプ政権とFRBの対立は収束の兆しを見せていません。中央銀行の独立性という、戦後の金融システムを支えてきた原則が試されています。

参考資料:

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