FRBパウエル議長が刑事捜査対象に、中央銀行の独立性は

by nicoxz

はじめに

米連邦準備理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長が、刑事捜査の対象になったことを公表しました。2026年1月11日、パウエル氏は動画声明を発表し、司法省から刑事訴追の可能性を示唆する大陪審への召喚状を受け取ったと明らかにしました。

表向きは昨年6月の議会証言に関する問題とされていますが、パウエル氏は「政権による脅しと継続的な圧力という、より広い文脈で捉えるべきだ」と反論しています。中央銀行トップへの刑事捜査という異例の事態は、FRBの独立性を揺るがす重大な局面を迎えています。この事態の背景と今後の影響について解説します。

事態の経緯と背景

司法省からの召喚状

パウエル議長によると、司法省は1月9日、刑事訴追の可能性を示唆する大陪審への召喚状を送付しました。召喚状の対象となっているのは、FRB本部ビルの大規模改修計画に関する昨年6月の上院銀行委員会での証言です。

この改修工事は2022年に始まり2027年に完了予定で、総額25億ドル(約3,800億円)に及ぶプロジェクトです。予算を7億ドル(約1,000億円)上回ると推定されており、この点についてパウエル氏が虚偽の証言をした疑いがあるとされています。

パウエル議長の反論

パウエル氏は声明で、今回の措置を強く批判しました。「今回の新たな脅しは昨年6月の私の証言やFRBの建物改修に関するものではない」「それらは口実に過ぎない」と断言しています。

そして「刑事訴追の脅しは、FRBが大統領の意向に従うのではなく、公共の利益に関する最善の評価に基づいて金利を設定した結果だ」と指摘しました。パウエル氏は「今後も職務を誠実に遂行し、アメリカ国民に奉仕する決意を持って取り組んでいく」と表明しています。

トランプ大統領との対立

トランプ大統領とパウエル議長の対立は以前から続いていました。トランプ大統領はFRBに大幅な金融緩和を求め、パウエル氏の利下げ判断が「遅過ぎる」と繰り返し批判してきました。

2025年4月にはホワイトハウス高官がパウエル議長の解任を検討していると報じられ、その後も圧力は続いていました。2025年12月にはSNSで「市場が好調なら、新しいFRB議長には利下げしてほしい」「私に反対する者は決してFRB議長にはならない」と投稿しています。

中央銀行の独立性とは

なぜ独立性が重要なのか

中央銀行の独立性は「人類の英知の産物」とも呼ばれる概念です。政府が金融政策に強く関与すれば、緩和的な政策の傾向が強まり、それが通貨価値の過度の下落やインフレを通じて国民生活を損ねる恐れがあります。

歴史的な教訓もあります。1970年代にポール・ボルカーFRB議長が急激なインフレを抑制するため、政策金利を過去最高の20%まで引き上げました。この決断は国民から不人気でしたが、結果的にインフレを収束させることに成功しました。日々の政治的圧力から切り離されることで、中央銀行は長期的視野に立った判断ができるのです。

学術的な裏付け

1993年に発表されたアルベルト・アレシナ教授とローレンス・サマーズ元米財務長官の論文は、独立性を有する中央銀行は政治的に支配されている中銀よりもインフレをコントロールできると結論づけています。

近年では、トルコで大統領がインフレ下で中央銀行に利下げを強いた結果、通貨が暴落して経済・国民生活を混乱させた例があります。独立性が損なわれると高インフレを招く恐れがある一方、独立性を損ねても経済成長率を高められないことが実証されています。

FRBの特殊な位置づけ

FRBは1913年に設立され、議長は「アメリカ合衆国において大統領に次ぐ権力者」と考えられています。大統領に対して政府機関中最も強い独立性を有しており、その歴史的経緯から、政治的介入への耐性を持つ制度設計がなされてきました。

日本でも西南戦争での戦費調達によるハイパーインフレを教訓に、1882年に政府から独立した日本銀行が設立されました。世界は歴史的に中央銀行の独立性を高める方向に動いてきたのです。

金融市場への影響

株式・為替市場の反応

この事態を受けて金融市場は動揺しています。1月12日の米株式相場は反落し、ダウ平均は一時400ドル超の下落を記録しました。中央銀行の独立性が脅かされるとの懸念から、投資家がリスク回避に動いています。

為替市場でも「米国売り」の動きが広がりました。主要通貨に対するドルの総合的な強さを示すドル指数は一時0.5%下落しました。一方、安全資産とされる金は急騰し、初の4,600ドル台を記録しています。

財務長官の警鐘

報道によると、ベセント米財務長官は1月11日、トランプ大統領に対し、パウエル議長への捜査は「混乱を招き」金融市場に悪影響を及ぼす可能性があるとの認識を伝えていました。政権内部からも懸念の声が上がっていたことがわかります。

専門家の見方

FRBの歴史に詳しいペンシルベニア大学のピーター・コンティ・ブラウン氏は「トランプ政権における最低の瞬間で、米中央銀行の歴史において最悪の瞬間だ」と厳しく批判しています。

今後の展望と注意点

パウエル議長の任期

パウエル議長は2026年5月に任期を迎えます。トランプ大統領は次期議長に大幅な金融緩和を進める人物を選ぶ方針を明言しており、最有力候補としてハセット国家経済会議(NEC)委員長の名前が挙がっています。

金融市場では、ハセット氏が新議長となった場合、トランプ大統領の意向に従い、通貨・物価の安定が守られなくなるとの懸念が持たれています。誰が新議長に指名されても、FRBの中立性は大きく毀損されるとの見方が広がっています。

金融政策への影響

パウエル議長は依然としてインフレリスクを注視し、慎重姿勢を崩していません。2025年6月の議会証言では「関税の引き上げは今年、物価を上昇させ経済活動を圧迫する可能性が高い」と述べ、早期の利下げに慎重な姿勢を改めて強調しました。

トランプ大統領の圧力に抵抗するパウエル議長の姿勢は、金融政策の信認にプラスの効果をもたらしているとの評価もあります。しかし、刑事捜査という異例の手段が取られた今、この対立がどのような帰結を迎えるかは予断を許しません。

まとめ

FRBパウエル議長への刑事捜査は、中央銀行の独立性という民主主義社会の根幹に関わる問題です。表向きは議会証言に関する問題とされていますが、パウエル氏が指摘するように、利下げを求める政治的圧力との関連は否定しがたい状況です。

中央銀行の独立性は、インフレの抑制と経済の安定に不可欠であることが歴史的に証明されています。金融市場もこの事態に敏感に反応しており、今後の展開次第では米国経済全体、さらには世界経済にも影響が及ぶ可能性があります。パウエル議長の任期満了まで残り約4カ月、この問題の行方を注視する必要があります。

参考資料:

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