2次元アイドルが武道館に立つ、ソニーのロボ技術の全貌
はじめに
2026年1月24日、東京・日本武道館に1万人を超えるファンが集結しました。ステージに立ったのは、生身の人間ではなく、ゲーム発のキャラクター「如月千早」です。バンダイナムコエンターテインメントの人気IP「アイドルマスター」シリーズから生まれた彼女が、シリーズ史上初となるキャラクター個人の武道館単独公演「OathONE(オースワン)」を成功させました。
この公演を技術面で支えたのが、ソニーが開発した群ロボットシステム「groovots(グルーボッツ)」です。LEDパネルを搭載した複数のロボットが、音楽や照明と1フレーム単位で同期しながらステージ上を動き回り、従来のバーチャルライブとは次元の異なる演出を実現しました。本記事では、groovotsの技術的な仕組みと、2次元キャラクターの「実在性」を高める新たなエンターテインメントの可能性を解説します。
groovotsとは何か——ソニーが開発した群ロボットシステム
aiboやドローンの技術を応用
groovotsは、ソニーピーシーエル(ソニーPCL)が開発を進めるエンターテインメント向けのロボットシステムです。ソニーグループが培ってきたコミュニケーションロボット「aibo」やプロ向けドローン「Airpeak S1」の制御技術が応用されています。
ロボットのサイズは2種類あります。標準モデルは約0.3m×1.3m(幅×高さ)のコンパクトな設計で、武道館公演のために新たに開発された大型モデルは約2m×2mの大きさです。いずれもLEDパネルを搭載しており、映像表示と物理的な移動を同時に行えます。
精密な自己位置推定と同期制御
groovotsの最大の特徴は、複数のロボットが「群」として高精度に連携する点です。各ロボットの底面にはイメージセンサーが搭載されており、床面に貼られたマーカーを読み取ることで正確な自己位置を把握します。
制御システムの中核を担うのが、「スポッター」と呼ばれる専用ソフトウェアです。Wi-Fi経由で各ロボットに接続し、PCから一括制御を行います。音楽、照明、映像などの舞台演出との同期には、エンターテインメント業界標準の通信規格「タイムコード」を採用しています。これにより、1フレーム(約33ミリ秒)単位でロボットの位置やLEDの点灯タイミングを制御できます。
武道館公演「OathONE」での実際の活用
キャラクターの「実在性」を高める演出
如月千早の武道館公演「OathONE」では、groovotsが複数の演目で活用されました。大型モデルと標準モデルのロボットがステージ上を移動しながらLED映像を表示し、従来のスクリーン投影では実現できなかった立体的な演出を生み出しました。
この公演は、バンダイナムコが2022年に立ち上げた「“MR”-MORE RE@LITY-プロジェクト」の集大成ともいえる取り組みです。同プロジェクトは、xR(VR・AR・MRの総称)技術やリアルタイムモーションキャプチャ技術を活用し、ゲームの枠を超えたアイドル活動の拡大を目指しています。
300人以上のキャラクターから選ばれた理由
アイドルマスターシリーズには300人以上のキャラクターが存在します。その中から如月千早が単独公演の主役に選ばれた背景には、彼女が作中で「音楽への強い思い入れ」を持つキャラクターとして描かれてきたことがあります。シリーズの原点である765プロダクション所属のアイドルとして、20年にわたりファンに愛されてきた存在です。
翌25日には追加公演も行われ、2日間にわたって武道館を沸かせました。新曲「輝夜」のパフォーマンスや、ファンとの合唱演出など、groovotsの技術を活かした多彩なステージが展開されました。
エンターテインメント×ロボティクスの市場動向
拡大するバーチャルライブ市場
2次元キャラクターやバーチャルアーティストによるライブエンターテインメント市場は急速に拡大しています。VTuberの大型ライブやホログラム技術を活用したコンサートが世界各地で開催され、技術革新が市場成長を後押ししています。
ソニーグループは、こうした市場拡大を見据えてgroovotsの開発を進めてきました。ライブエンターテインメントにおける演出の自由度を高めることで、従来のスクリーン映像とは異なる「空間全体を使った表現」を可能にしています。
ソニーの技術ポートフォリオとの連携
groovotsの開発には、ソニーグループが保有する多様な技術が活かされています。aiboで培った自律移動技術、Airpeak S1で蓄積した精密な制御アルゴリズム、そしてソニーPCLが長年手がけてきたライブ演出のノウハウが統合されています。
イメージセンサーによる自己位置推定技術は、ソニーの半導体事業で世界トップシェアを持つCMOSイメージセンサーの応用です。ハードウェアとソフトウェアの両面でグループの強みを活かした製品といえます。
注意点・展望
groovotsは現時点ではまだ開発段階にあり、今回の武道館公演が大規模な実践投入の初期事例です。今後、他のアーティストやイベントへの展開が進むかどうかが、この技術の普及を左右する重要なポイントとなります。
また、2次元キャラクターのライブにおいては、ロボット技術だけでなく、モーションキャプチャやリアルタイムレンダリングなどの複合的な技術が必要です。groovotsが他の演出技術とどのように統合されていくかも注目すべき点です。
エンターテインメント業界では、物理空間とデジタルコンテンツの融合が加速しています。ソニーのロボット技術が「キャラクターが実在する」という体験をどこまで進化させられるか、今後の展開に期待が高まります。
まとめ
ソニーの群ロボットシステム「groovots」は、aibo やドローンの技術を応用し、LEDパネル搭載ロボットを1フレーム単位で同期制御するシステムです。アイドルマスターの如月千早による武道館単独公演「OathONE」で初の大規模実践投入が行われ、2次元キャラクターによる3次元ライブの新たな可能性を示しました。
バンダイナムコの「MRプロジェクト」とソニーのロボティクス技術の融合は、バーチャルエンターテインメントの新たな形を提示しています。ゲーム発のIPが現実空間で「実在」するという体験は、今後のエンターテインメント産業における重要なトレンドとなるでしょう。
参考資料:
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