トヨタ「チームサラマッポ」に学ぶ外国人定着の新戦略
はじめに
愛知県豊田市のトヨタ自動車元町工場で、ユニークな取り組みが注目を集めています。フィリピン国籍の従業員で構成される「チームサラマッポ」です。「Salamat po(サラマッポ)」はタガログ語で「どうもありがとう」を意味する言葉で、2024年11月ごろから塗装成形部で始まった外国人定着策です。
日本の製造業は深刻な人手不足に直面しています。2024年10月末時点で製造業に従事する外国人労働者は約59万8,000人に達し、業種別で最大の割合を占めています。しかし、人材を採用するだけでなく、いかに定着させるかが大きな課題です。
トヨタの取り組みから、製造業における外国人活用の新たな方向性を読み解きます。
製造業が直面する人手不足の深刻さ
数字が示す現実
日本の外国人労働者数は2024年10月末時点で230万人を超え、過去最高を更新しました。なかでも製造業は全体の26.0%を占める最大の受け入れ業種です。少子高齢化による労働人口の減少が続く中、外国人労働者への依存度は年々高まっています。
自動車産業も例外ではありません。トヨタ自動車のような大手メーカーであっても、工場の現場では人員確保が課題です。特にバンパーの組み付けや塗装といった工程は、技能を要する作業でありながら若手の日本人労働者の確保が難しくなっています。
採用だけでは解決しない「定着」の壁
外国人労働者の受け入れにおいて、最大の課題は「定着」です。厚生労働省のデータによると、外国人労働者の離職率は日本人労働者と比べて高い傾向にあります。言語の壁、文化の違い、職場での孤立感など、離職の原因は複合的です。
特に工場勤務では、作業手順の理解やチームメンバーとのコミュニケーションが安全性にも直結します。単に人材を補充するだけでなく、長期的に活躍できる環境づくりが生産性と品質の維持に不可欠です。
「チームサラマッポ」の取り組みとは
母国語の看板が生む安心感
元町工場の塗装成形部では、職場の看板にタガログ語で「Salamat po」と掲げています。フィリピン国籍の従業員が帽子にフィリピン国旗をつけて働く姿も見られます。こうした取り組みは一見小さなものに思えますが、外国人従業員にとっては「自分のアイデンティティが認められている」という強いメッセージになります。
多くの企業では外国人労働者に「日本に合わせること」を一方的に求めがちです。しかしチームサラマッポでは、母国の文化やアイデンティティを尊重しながら職場に溶け込む環境を整えています。こうした双方向のアプローチが、定着率の向上につながると考えられています。
工場独自の定着策として機能
チームサラマッポは2024年11月ごろから始まった、工場独自の外国人定着策です。同じ国籍の従業員でチームを組むことで、相互サポートの体制を構築しています。新しく配属されたフィリピン人従業員が職場に馴染むまでの間、母国語でコミュニケーションできる先輩がいることは大きな安心材料です。
作業手順の確認や安全上の注意点を母国語で共有できることは、品質管理の面でもメリットがあります。日本語だけでは伝わりにくいニュアンスを母国語で補足することで、作業ミスの防止にもつながります。
日本の製造業における外国人活用の最前線
特定技能制度の拡大
2019年に創設された特定技能制度は、日本の製造業における外国人労働者の受け入れを大きく変えました。産業機械製造業、電気・電子情報関連産業、素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業分野などで、即戦力としての外国人材の雇用が可能になっています。
2026年1月には政府が「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を決定し、外国人労働者の受け入れ拡大と定着支援の方針をさらに明確にしました。制度面の整備が進む中、現場レベルでいかに定着を実現するかが各企業の競争力を左右します。
他企業の取り組み事例
トヨタ以外にも、製造業各社が外国人労働者の定着に向けた独自の取り組みを進めています。
作業手順書を多言語で作成し、業務の標準化を図る企業が増えています。日本語・英語・ベトナム語・タガログ語などで作業マニュアルを整備することで、言語の壁による品質リスクを最小化できます。
資格取得支援制度を設ける企業もあります。工場板金技能士検定やビジネスキャリア検定の受検費用を全額負担し、日本語検定の検定料も会社が負担するケースが見られます。スキルアップの機会を提供することで、外国人労働者のモチベーション維持とキャリア形成を支援しています。
また、トヨタを含む複数の日本企業が共同で、外国人従業員に多言語の相談サービスを提供する支援機関を設立する動きもあります。病気や職場のトラブルに直面した際に、母国語で相談できる一元的な窓口を整備する取り組みです。
地域との共生も重要な要素
工場がある地域との共生も欠かせません。愛知県豊田市は、日系ブラジル人をはじめとする多くの外国人住民が暮らす地域です。地域社会での生活基盤の整備、住居支援、子どもの教育環境の確保など、職場の外での支援も定着率に大きく影響します。
地方圏では、家賃や食費の負担を軽減したり、自動車を貸し出したりといった生活面のサポートが効果的とされています。外国人従業員が地域に溶け込めるよう後押しすることが、長期的な人材確保のカギです。
注意点・展望
「名ばかり多文化共生」に陥らないために
外国人活用の取り組みが形式的なものにとどまるリスクには注意が必要です。母国語の看板を掲げるだけでなく、日常的なコミュニケーションの質を高め、キャリアパスを明確にすることが重要です。管理職への登用や、技能の正当な評価がなければ、優秀な外国人材は条件の良い他社へ流出してしまいます。
技術伝承と人材育成の両立
製造業では技術やノウハウの伝承が競争力の源泉です。外国人労働者が増える中、日本語でのコミュニケーションを前提としてきた技術伝承のあり方も変わる必要があります。映像教材やデジタルツールの活用、多言語対応のOJT体制の構築など、伝承方法のイノベーションが求められています。
今後の展望
製造業における外国人労働者の重要性は今後さらに高まります。日本の生産年齢人口は2030年に向けて減少が加速する見通しで、外国人材なくして生産体制を維持することは困難です。「チームサラマッポ」のような現場発の取り組みが、他の工場や他企業へ横展開されていくことが期待されます。
まとめ
トヨタ元町工場の「チームサラマッポ」は、製造業の人手不足に対する一つの回答です。タガログ語の看板や国旗の着用といった取り組みは小さく見えますが、その本質は「外国人従業員のアイデンティティを尊重する」という姿勢にあります。
製造業が外国人労働者と共に成長していくためには、採用だけでなく定着と活躍を支える仕組みが不可欠です。言語・文化の壁を乗り越える現場の工夫が、日本のものづくりの未来を支えていくことになります。
参考資料:
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