トランプ氏グリーンランド獲得の狙いはレアアース資源
はじめに
トランプ米大統領がデンマーク自治領グリーンランドの取得に向けて圧力を強めています。ホワイトハウスのレビット大統領報道官は「グリーンランドの購入を大統領と国家安全保障チームが活発に議論している」と述べ、米軍の活用も「常に選択肢のひとつだ」と表明しました。すでに現地に米軍基地を構える米国が、なぜここまでグリーンランド取得にこだわるのか。その背景には、ベネズエラの石油権益に続く、レアアース(希土類)という戦略的資源の確保という明確な狙いがあります。本記事では、グリーンランドの資源ポテンシャル、中国のレアアース支配、そしてトランプ政権の資源戦略について詳しく解説します。
グリーンランドのレアアース資源と戦略的価値
世界第8位のレアアース埋蔵量
米地質調査所(USGS)によると、グリーンランドのレアアース埋蔵量は150万トンで世界第8位にランクされています。より楽観的な推計では、グリーンランドは酸化物換算量で3,600万トンから4,200万トンのレアアース埋蔵量を持つ可能性があり、これは中国に次ぐ世界第2位の規模となります。
特に注目すべきは、グリーンランドにはジスプロシウムやネオジムといった重希土類が豊富に含まれている点です。これらの元素は電気自動車(EV)のモーター、風力タービン、そして軍事装備品の製造に不可欠な素材です。例えば、F-35戦闘機には900ポンド(約408kg)以上のレアアースが使用され、バージニア級潜水艦には約9,200ポンド(約4,173kg)が必要とされています。
主要鉱床の開発ポテンシャル
グリーンランドには2つの世界規模のレアアース鉱床が存在します。
Kvanefjeld(クアネフェルド)プロジェクトは、JORC2012基準で1億800万トンの鉱石埋蔵量があり、マインライフは37年と推定されています。年間約3万2,000トンのレアアース酸化物を生産する計画でしたが、2021年にグリーンランド議会がウラン採掘を禁止する法律を可決したことで、随伴ウランを含むこのプロジェクトは頓挫しました。
Tanbreez鉱床は、推定総資源量が約4億5,000万トンで、このうち2億5,400万トンが確定埋蔵量とされています。全希土酸化物(TREO)の平均品位は0.37%です。
戦略的地理位置と軍事的重要性
グリーンランドは単なる資源の宝庫ではありません。北極圏に位置するこの島は、ロシアと米国を結ぶ最短ミサイルルート上にあり、米国のミサイル防衛システムにとって極めて重要な位置を占めています。
米国は現在、グリーンランドに唯一の軍事拠点である「ピトゥフィク宇宙基地」(旧称:チューレ空軍基地、2023年改称)を運営しています。この基地は米国防総省の最北端の施設であり、ミサイル警戒、ミサイル防衛、宇宙監視任務を遂行しています。高度なレーダーと衛星追跡システムを備え、米国およびNATOの早期警戒能力を支えています。
1951年の米デンマーク協定(2004年改訂)により、米国は事前にデンマークとグリーンランドに通知すれば、グリーンランド領土内でほぼ自由に軍事活動を行うことができます。しかし、トランプ氏はこの既存の取り決めでは満足せず、完全な領有を目指しています。
中国のレアアース支配と米国の依存
中国の圧倒的な市場支配力
レアアース市場における中国の支配力は圧倒的です。中国は世界のレアアース生産の70%、レアアース磁石生産の80%以上を占めています。さらに重要なのは、中国がレアアースの精錬・加工能力の85〜90%を支配している点です。
この支配力により、中国は地政学的な武器としてレアアース輸出規制を行使できる立場にあります。2025年10月には、中国は米国向けに7種類のレアアース元素と磁石に対する輸出規制を導入しました。その後、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、ユーロピウム、イッテルビウムの5元素が追加され、精錬技術、設備、わずか0.1%でも中国加工レアアースを含む製品にまで規制が拡大されました。
米国の深刻な依存状況
米国地質調査所によると、米国はレアアース輸入の約70%を中国に依存しています。防衛技術に不可欠なこれらの材料について、米国は完全に中国に依存している状況です。
この依存は米国の国防産業に深刻な脅威をもたらしています。F-35戦闘機、バージニア級およびコロンビア級潜水艦、トマホークミサイル、レーダーシステム、プレデター無人航空機、統合直接攻撃弾薬(JDAM)シリーズのスマート爆弾など、あらゆる先端防衛技術にレアアースが使用されています。
米国国防総省は「中国から独立した鉱山から磁石までのレアアースサプライチェーン」の構築を目標としていますが、最近の投資にもかかわらず、この目標達成には程遠い状況です。採掘および加工能力の開発には長期的な取り組みが必要であり、米国は当面の間、不利な立場に置かれ続けることになります。
中国の対日レアアース輸出規制
中国はレアアース輸出規制を対米だけでなく対日にも拡大しています。2026年1月6日、中国商務省は日本向けの軍民両用(デュアルユース)品目の輸出管理を強化すると発表しました。この規制には複数のレアアースが含まれています。
中国側は、高市早苗首相が国会審議で台湾有事に関する発言を行ったことへの対抗措置としています。1月9日までに、中国は民生用レアアースの対日輸出も制限していることが明らかになり、デュアルユース審査の厳格化により輸出許可が遅延しています。
日本の2010年の経験に基づけば、レアアース輸出規制が3ヶ月続けば約6,600億円(名目/実質GDP約0.11%減)、1年続けば2.6兆円(GDP約0.43%減)の生産損失が見込まれます。中国はレアアース生産の70%、レアアース磁石生産の80%以上を占めており、極めて強い経済的影響力を持っています。
トランプ政権の資源確保戦略
ベネズエラの石油からグリーンランドのレアアースへ
トランプ大統領の資源確保戦略は、グリーンランドだけに限りません。2026年1月、トランプ政権は世界最大の石油埋蔵量を誇るベネズエラに対して軍事行動を実施しました。トランプ大統領は、ベネズエラの石油部門を米国の支配下に置き、米国の石油会社に現地での再建の機会を与えることが主な目的だと述べています。
ベネズエラ産原油は国産原油を品質面で補完しており、この原油を入手すれば、米国は真の自給率100%を達成でき、石油の安全保障を考えなくてもよくなります。
デンマーク王立防衛大学のピーター・ビゴ・ヤコブセン准教授は、産油国ベネズエラとグリーンランドには「明白な類似点がある」と指摘しています。防衛協定を結んでいながら併合にこだわる真の目的が、豊富な鉱物資源にあると分析しています。
グリーンランド取得へのアプローチ
トランプ政権はグリーンランド取得に向けて多面的なアプローチを取っています。
外交的圧力: トランプ大統領は「簡単なやり方で取引したいが、成立しない場合は強硬なやり方で取引することになる」と警告し、「中国とロシアがグリーンランドを占領する」と根拠を示さず主張して正当化を図っています。
経済的誘因: 報道によると、トランプ政権はグリーンランド住民に対し、1人当たり最大10万ドル(約1,500万円)の一時金支給を検討しています。
軍事的選択肢: ホワイトハウスは米軍の活用を「常に選択肢のひとつ」と明言し、軍事力行使も排除していません。
デンマークとグリーンランドの反応
デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は強く反発しています。首相は「米国はデンマーク王国の3つの構成国のいずれかを併合する権利を持っていない」と述べ、トランプ大統領に対してグリーンランドに関する「脅し」をやめるよう要求しました。
フレデリクセン首相は「米国がグリーンランドを支配する必要があると話すことは、まったく意味をなさない」と強調し、もし米国がグリーンランドに侵攻すれば、NATOと第二次世界大戦後の安全保障秩序に関する「すべて」が終わると警告しました。
グリーンランドのニールセン首相は、トランプ陣営の側近がグリーンランドを米国旗色で塗った「SOON」という画像を投稿したことを「無礼だ」と批判しましたが、「パニックになる理由はない」と述べています。ただし、軍事力を排除しないトランプ政権の強硬姿勢に対して、現地では「かなりの反発と不安」が広がっています。
グリーンランド資源開発の現実と課題
開発の実現可能性
専門家は、グリーンランドのレアアース資源開発には重大な障害があると警摘しています。
インフラの欠如: グリーンランドには集落を結ぶ道路がほとんどなく、港湾も限られています。産業規模の採掘を支えるのに十分なエネルギーを生産しておらず、エネルギーインフラも不足しています。
経済的実行可能性: 業界専門家は、グリーンランドのレアアース鉱床開発を「不条理な」解決策と呼んでいます。低品位の鉱床、厳しい気候条件、そして採掘された鉱石は依然として中国で加工される必要があるという現実があります。
開発期間とコスト: 専門家は、インフラと現地の政治的課題を考慮すると、採掘事業の開発には10〜15年かかると推定しています。グリーンランドのレアアース開発には「数十年にわたって数十億ドル」が必要であり、しかも現在存在しない鉱業産業を獲得することになるとされています。
現状: 報告されているレアアース鉱物の豊富さにもかかわらず、グリーンランドには発達した産業採掘セクターがなく、鉱物産業はほぼゼロの収益しか生み出していません。
ウラン規制という障壁
2021年12月1日、グリーンランド議会は「ウランの調査、探査、開発等を禁じるグリーンランド議会法」を可決しました。グリーンランドのレアアース鉱床の多くは随伴ウランを含むため、この規制がレアアース開発の大きな障壁となっています。
クアネフェルドプロジェクトは、まさにこのウラン規制により計画が頓挫した代表例です。トランプ政権がグリーンランドを取得したとしても、この規制を覆すには現地住民の支持が必要であり、容易ではありません。
今後の展望と国際的影響
資源安全保障の新時代
トランプ政権のグリーンランド取得の試みは、資源安全保障が21世紀の地政学における中心的課題であることを示しています。レアアースのような戦略的資源の確保は、単なる経済問題ではなく、国家安全保障の根幹に関わる問題となっています。
中国のレアアース支配に対抗するため、米国以外の国々も動き始めています。EUと日本はグリーンランドのレアアース開発で協力を検討しており、日本も2026年1月11日にはJAMSTECの深海探査船「ちきゅう」が南鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)海域で深海レアアース泥の世界初の試掘を開始する予定です。
同盟関係への影響
トランプ政権のグリーンランド取得の試みは、NATO同盟国であるデンマークとの関係に深刻な緊張をもたらしています。フレデリクセン首相の「NATOの終焉」という警告は、単なる修辞ではありません。
もし米国が同盟国の領土を軍事力で奪おうとすれば、第二次世界大戦後に構築された国際秩序と同盟システムの基盤が根本から揺らぐことになります。この動きは、欧州諸国に対して、米国の安全保障コミットメントへの信頼を再考させる契機となる可能性があります。
中国の戦略的対応
中国は米国のレアアース依存脱却の試みに対して、輸出規制の拡大で対抗しています。ただし、中国にとってもレアアース輸出規制は諸刃の剣です。長期的な規制は、米国や日本などの消費国に代替サプライチェーンの構築を促し、中国の市場支配力を弱める可能性があります。
中国は一時的な輸出規制を通じて政治的圧力をかける一方で、長期的には顧客を失わないよう慎重にバランスを取る必要があります。実際、2025年12月にトランプ・習近平会談で供給協定が結ばれたにもかかわらず、中国は米国向けレアアース制限を維持しているとの報告があり、中国の戦略的な駆け引きが続いています。
まとめ
トランプ大統領のグリーンランド取得への執念は、単なる領土拡張の野心ではなく、レアアースという21世紀の戦略的資源をめぐる地政学的競争の表れです。中国がレアアース市場の85〜90%を支配し、輸出規制を地政学的武器として行使する現状において、米国は自国の防衛産業を守るために代替供給源の確保を急務としています。
しかし、グリーンランドのレアアース資源開発には、インフラの欠如、厳しい気候条件、ウラン規制、そして何よりデンマークとグリーンランド住民の強い反対という現実的な障壁が立ちはだかっています。専門家が指摘するように、仮にグリーンランドを取得できたとしても、実際の資源開発には10〜15年と数十億ドルの投資が必要であり、短期的な解決策にはなりません。
この問題は、資源安全保障、同盟関係、国際秩序という複数の次元で世界に影響を与えています。日本を含む各国は、中国依存からの脱却と自律的なサプライチェーン構築を急ぐ必要があります。同時に、資源確保が国際法と同盟関係を損なうことなく実現される枠組みを構築することが、21世紀の国際社会にとっての重要な課題となっています。
参考資料:
- Fortune: Trump’s Greenland takeover would require ‘billions upon billions’
- CNBC: Trump’s ‘absurd’ Greenland rare earth bet faces reality check
- CSIS: Greenland, Rare Earths, and Arctic Security
- CSIS: China’s New Rare Earth and Magnet Restrictions Threaten U.S. Defense Supply Chains
- Bloomberg: グリーンランド奪取、トランプ氏は本気だ
- 野村総合研究所: 中国が対日軍民両用品の輸出規制を強化
- JOGMEC: グリーンランドウラン新規制法可決後のレアアースプロジェクトの動向
- BBC: デンマーク首相、グリーンランドへの「脅し」やめるようトランプ氏に要求
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